49・宮本武蔵「水の巻」「河童(3)(4)」


朗読「49水の巻13.mp3」16 MB、長さ: 約11分18秒

 武蔵むさし黙然もくねんのまえに、ひざをかかえていたが、たのむように――
小僧こぞう、もうそのはなしは、やめにせい」
 ざとく、そのかおいろをさとって、城太郎じょうたろう武蔵むさしからいわれるさきに、
「おじさん、今夜こんやあそんでいってもいいだろ?」
 と、あしあらいにかかる。
「うム。うちはよいのか」
「あ、みせはいいの」
「じゃあ、おじさんと一緒いっしょに、御飯ごはんでもおべ」
「そのかわり、おらが、おさけかんをしよう。おさけかんは、れているから」
 のぬくはいに、つぼけて、
「おじさん、もういいよ」
「なるほど」
「おじさん、酒好さけすきかい」
きだ」
「だけど、貧乏びんぼうじゃ、めないね……」
「ふム」
兵法家へいほうかっていうのは、みんな大名だいみょうのおかかえになって、知行ちぎょうがたくさんれるんだろう。おら、みせのおきゃくいたんだけど、むかし塚原卜伝つかはらぼくでんなんかは、道中どうちゅうするときにはおとも乗換馬のりかえうまかせ、近習きんじゅうにはたかこぶしにすえさせて、しち八十人はちじゅうにん家来けらいをつれてあるいたんだってね」
「うむ、そのとおり」
徳川様とくがわさまかかえられた柳生やぎゅうさま江戸えどで、一万一千五百石いちまんいっせんごひゃっこくだって。ほんと?」
「ほんとだ」
「だのに、おじさんはなぜそんなに、貧乏びんぼうなんだろ」
「まだ勉強中べんきょうちゅうだから」
「じゃあ、幾歳いくつになったら、上泉かみいずみ伊勢守いせのかみや、塚原卜伝つかはらぼくでんのように、沢山たくさんともをつれてあるくの」
「さあ、おれには、そういうえら殿様とのさまにはなれそうもないな」
よわいのかい、おじさんは」
清水きよみず人々ひとびとうわさしておるだろうが、なにしろおれは、げてたのだからな」
「だから近所きんじょものが、あの木賃きちんとまっているわか武者修行むしゃしゅぎょうは、よわよわいって、この界隈かいわいじゃ評判ひょうばんなんだよ。――おら、しゃくにさわってたまらねえや」
「ははは、おまえがいわれておるのではないからよかろう」
「でも。――後生ごしょうだからさ、おじさん。あそこの塗師屋ぬしやうらで、紙漉かみすきだの桶屋おけやわかしゅうたちがあつまって、剣術けんじゅつをやっているから、そこへ試合しあいって、一度いちどっておくれよ」
「よしよし」
 武蔵むさしは、城太郎じょうたろうのいうことには、なんでもうなずく、かれ少年しょうねんきなのだ。いや自分じぶんがまだ多分たぶん少年しょうねんであるゆえに、すぐ同化どうかすることができるのだった。また、おとこ兄弟きょうだいがなかったせいもあろうし、家庭かていのあたたかさをほとんらなかったことなども、その一因いちいんといってよい。つねなにかでそれに愛情あいじょうのやりもとめて、孤独こどくなぐさめようとする気持きもち無意識むいしきにひそんでいた。
「そのはなし、もうよそう、――ところでこんどはおまえにくが、おまえ、故郷くにはどこだ」
姫路ひめじ
「なに、播州ばんしゅう
「おじさんは作州さくしゅうだね、言葉ことばが」
「そうだ、ちかいな。――して姫路ひめじでは何屋なにやをしていたのか、おとうさんは」
さむらいだよ、さむらい!」
「ほ……」
 そうだろう! 意外いがいかおはしたが、武蔵むさしは、たして――というようにうなずいてもいた。それからちちなるひとただすと、
「おっさんは、青木丹左衛門あおきたんざえもんといって、五百石ごひゃっこくってたんだぜ。けれど、おらがむっツのときに、牢人ろうにんしちゃって、それから京都きょうとてだんだん貧乏びんぼうしちまったもんだから、おらを、居酒屋いざかやへあずけて、自分じぶんは、虚無僧寺こむそうはいッちまったんだよ」
 と述懐じゅつかいする。
「だから、おら、どうしても、さむらいになりたいんだ。さむらいになるには、剣道けんどう上手じょうずになるのが一番いちばんだろう。おじさん。おねがいだから、おらをお弟子でしにしてくれないか――どんなことでもするから」
 いいしたらかないをしている。しかしあわれに少年しょうねんすがるのだった。――武蔵むさしはそれにだくいなかをこたえるよりも、あのどじょうひげの――青木丹左あおきたんざというものれのてをおもいもかけず、おもっていた。兵法へいほううえでは、るかられるかのいのちがけを、朝夕あさゆうしているではあるが、こういう人生じんせい流転るてんせつけられると、それとはべつなさびしさに、いもめてこころむしばまれるのであった。

 これはんでもない駄々だだだ、なんとすかしてもくどころか、木賃きちん老爺おやじが、くちくして、しかったりなだめたりすれば、かえって、あくたれをたたき、一方いっぽう武蔵むさしへは、よけいにしつこくなって、うでくびをつかむ、きついて強請せがむ、しまいにはいてしまう。てあまして、武蔵むさしは、
「よし、よし、弟子でしにしてやろう。――だが、今夜こんやかえって、主人しゅじんにもよくはなしたうえ出直でなおしてなければいけないぞ」
 それで城太郎じょうたろうは、やっと得心とくしんしてかえった。
 あくあさ――
「おやじ、ながいこと世話せわになったが、奈良ならとうとおもう。弁当べんとう支度したくをしてくれ」
「え、おちで」
 老爺おやじはその不意ふいなのにおどろいて、
「あの小僧こぞうめが、んでもないことをおせがみしたので、きゅうにまあ……」
「いやいや、小僧こぞうのせいではない。かねてからの宿望しゅくぼう大和やまとにあって有名ゆうめい宝蔵院ほうぞういんやりにまいる。――あとで、小僧こぞうまいって、そちをこまらすだろうが、何分なにぶんたのむ」
「なに、どものこと、一時いちじはわめいても、すぐケロリとしてしまうにちがいございませぬ」
「それに、居酒屋いざかや主人しゅじんも、承知しょうちはいたすまいし」
 武蔵むさしは、木賃きちんのきた。
 泥濘ぬかるみには、紅梅こうばいちていた。今朝けさぬぐったようにあめもあがり、はだにさわるかぜあじもきのうとちがう。
 みずかさがした濁流だくりゅう三条口さんじょうぐちには、仮橋かりばしのたもとに沢山たくさん騎馬武者きばむしゃがいて、武蔵むさしばかりでなく、往来人おうらいにんはいちいちめてあらためていた。
 けば、江戸将軍家えどしょうぐんけ上洛じょうらくちかづき、その先駆せんく大小名だいしょうみょうがきょうもくので、物騒ぶっそう牢人者ろうにんものを、ああしてりしまっているのだといううわさ
 われることへ、無造作むぞうさこたえて、なんもなくとおってたが、武蔵むさしはいつのまにか、自分じぶん大坂方おおさかがたでもなく、また徳川方とくがわがたでもない、無色無所属むしょくむしょぞくのほんとの一牢人いちろうにんになっていることに、あらためてづいた。
 ――いまかえりみるとおかしい。
 せきはらえきに、槍一本やりいっぽんかついでかけたあのときむこずな壮気そうき
 かれは、ちちつかえていた主君しゅくん大坂方おおさかがたであったし、郷土きょうどには、英雄太閤えいゆうたいこう威勢いせいふかみこんでいたし、少年しょうねんのころ、べりにかされたはなしにも、その英雄えいゆう現存げんぞんえらさとをふかあたまえこまれてたので、いまでも、
関東かんとうへつくか、大坂おおさかか)
 とわれれば、血液的けつえきてきに、
大坂おおさか
 と、こたえるにためらわない気持きもちだけは、こころのどこかにのこっていた。
 ――だが、かれは、せきはらまなんだ。歩卒ほそつくみじって槍一本やりいっぽんを、あの大軍たいぐんなかでどうまわしたって、結局けっきょく、それがなにものもうごかしていないし、おおいなる奉公ほうこうにもなっていないということをである。
(わがおも主君しゅくんにごうんあれ)
 とねんじて、ぬならばいい。それでぬことも立派りっぱ意義いぎもある。――だが、武蔵むさし又八またはちのあのとき気持きもちはそうでない。えていたのは、功名こうみょうだった、資本もとでいらずに、ろくひろいにたにぎない。
 その生命いのちたま、と沢庵たくわんからわれた。よくかんがえてみると、資本しほんいらずどころではない、人間最大にんげんさいだい資本しほんひっさげて、わずかな禄米ろくまいを――それもくじくような僥倖ぎょうこうをたのんでったことになる。――今考いまかんがえると、その単純たんじゅんさが、武蔵むさしはおかしくなるのである。
「――醍醐だいごだな」
 はだあせをおぼえたので、武蔵むさしあしをとめた。いつのまにか、かなりたか山道さんどうんでいる。するととおくで、
 ――おじさアん……
 しばらくいて、
 ――おじさアアん
 とまたきこえる。
「あっ?」
 武蔵むさしは、少年しょうねんかおかぜいてはしッてくるさまを、すぐにうかべた。
 あんのじょう、やがてその城太郎じょうたろう姿すがたが、みち彼方かなたにあらわれて、
うそつきッ。おじさんのうそつき!」
 くちではののしり、かおには、いまにもきだしそうな血相けっそうをもって、いきあえあえいついてるのであった。