481・宮本武蔵「円明の巻」「魚歌水心(3)(4)」


朗読「481円明の巻76.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 56秒

さん

 その禁令上きんれいじょう試合しあい立会たちあ役人側やくにんがわでは、そういう処置しょちったものの、しかし、藩士はんし八分はちぶまでは、当然とうぜん同藩どうはん巌流がんりゅうたせたいといのっていたし、また、おもうのあまりから、そういう行動こうどう門下もんかたちに、はらでは同情どうじょうもよせていた。
 で、一応いちおう
 役儀上やくぎじょうかれらを船島ふなじまからははらったものの、すぐそば彦島ひこじまうつっていることなら、不問ふもんましておくかんがえだった。
 なお。
 試合しあいがすんで――
 万一まんいちにも、巌流がんりゅうのほうがけた場合ばあいは、それも船島ふなじまうえではこまるが、船島ふなじま武蔵むさしはなれてからならば、巌流がんりゅう雪怨せつえんという意趣いしゅから、どういう行動こうどうようとも――それは自分じぶんらのかかわったことではない。
 ――というのが、処置しょちった役人側やくにんがわいつわらぬはらだった。
 彦島ひこじまうつった巌流がんりゅう門下もんかたちはまた、それを見抜みぬいている。そこでかれらは、漁村ぎょそん小舟こぶねあつめ、約十二やくじゅうにさんへさき勅使待てしまちうらけておいた。
 そして、試合しあい様子ようすを、ぐここへ報知ほうちする伝令でんれいを、やまうえたせておき、万一まんいち場合ばあいには、すぐさん四十人よんじゅうにん各々おのおの小舟こぶね海上かいじょうて、武蔵むさし帰路きろさえぎり、陸路りくろ追跡ついせきしてるなり、場合ばあいによっては、かれふねくつがえして、海峡かいきょうそこほうむってしまおうとも――しめあわせていたのだ。
「――武蔵むさしか」
武蔵むさしだ」
 わして、かれらは、小高こだかところがったり、をかざして、真昼まひるのぎらぎら反射はんしゃする海面かいめんへ、ひとみをこらしていた。
船往来ふねおうらいは、今朝けさからまっている。武蔵むさしふねにちがいない」
一人ひとりか」
一人ひとりのようだ」
「つくねんと、なに羽織はおってすわっておるぞ」
したへ、小具足こぐそくでもけてたものだろう」
なんせい、手配てはいをしておけ」
やまへ、ったか。見張みはりに――」
のぼっている。大丈夫だいじょうぶ
「では、われわれは、ふねのうちへ」
 いつでも、つなれば、られるように、さん四十名よんじゅうめい者達ものたちは、どやどやと、おもおもいに小舟こぶねへかくれた。
 ふねには、一筋ひとすじずつの長槍ながやりせてあった。物々ものものしい扮装振いでたちぶりは、巌流がんりゅうよりも、また、武蔵むさしよりも、その人々ひとびとなかられた。
 ――一方いっぽう
 武蔵見むさしみえたり!
 というこえは、そこのみでなく、おなころに、船島ふなじまにも当然伝とうぜんつたわっていた。
 ここでは。
 なみおとまつこえ雑木ぞうき姫笹ひめざさそよぎもじって、全島ぜんとう今朝けさからひともないような気配けはいだった。
 のせいか、蕭殺しょうさつとして、それがきこえた。長門ながとりょうやまからひろがった白雲はくうんが、ちょうど中天ちゅうてん太陽たいよう時折ときおりかすめて、かげると、全島ぜんとう樹々きぎしののそよぎが、くらくなった。――とおもうと、一瞬いっしゅんにまた、くわっとった。
 しまは、近寄ちかよってても、きわめてせまい。
 きたはややたかおかをなして、まつおおい。そこからみなみふところが、平地へいちから浅瀬あさせとなったまま海面かいめんへのめりこんでいる。
 そのおかふところの平地へいちからいそへかけて、きょうの試合場しあいばさだめられていた。
 奉行ぶぎょう以下いか足軽あしがるまでのものは、いそからかなりへだたったところに、からへ、まくめぐらし、りをひそめていた。巌流がんりゅう藩籍はんせきものであり、武蔵むさしところないものなので、それが相手方あいてがたへの威嚇いかくにならない程度ていどには、こころしてひかえている陣容じんようだった。
 しかし約束やくそく時刻じこくが、もう一刻以上いっこくいじょうぎていること。
 二度にども、ここからの飛脚舟ひきゃくぶね催促さいそくをやってあることなどで、静粛せいしゅくなうちにも、やや焦躁しょうそう反感はんかんとを一様いちよういだいていたところである。
武蔵むさしどの! えましたっ」
 絶叫ぜっきょうしながら、いそってていた藩士はんしが、とお床几しょうぎまくえるほうけてった。

よん

「――たか」
 岩間角兵衛いわまかくべえは、おもわずいって、床几しょうぎからがった。
 かれは、きょうの立会人たちあいにんとして、長岡佐渡ながおかさどともに、派遣はけんされて役人やくにんではあるが、かれがきょうの武蔵むさし相手あいてとする人間にんげんではない。
 しかし、口走くちばしった感情かんじょうは、自然しぜん流露りゅうろであった。
 かれのわきにひかえていた従者じゅうしゃ下役したやくものも、みなおな眼色めいろって、
「お! あの小舟こぶねだ」
 と、一緒いっしょがった。
 角兵衛かくべえは、公平こうへいなる藩役人はんやくにんとして、すぐそのづいたらしく、
ひかえろ」
 と、まわりのものいましめた。
 じっと、自分じぶんも、こしをすえた。――そしてしずかに、巌流がんりゅうのいるほうへながおくった。
 巌流がんりゅうのすがたはえなかった。ただ、山桃やまもも樹四きし五本ごほんのあいだに、龍胆りんどうもんのついたまくがひらめいていた。
 まくのすそには、青竹あおだけのついた柄杓ひしゃくえたあたらしい手桶ておけ一箇いっこあった。だいぶ早目はやめしまいた巌流がんりゅう相手あいて時刻じこくおそいので、さっき、水桶みずおけみずをのんでいた。そしてとばりかげ休息きゅうそくしていたが、いまは、そこに見当みあたらなかった。
 そのとばりはさんで、すこさき土坡どばむこがわには、長岡佐渡ながおかさど床几場しょうぎばがあった。
 ひとかたまりの警固けいごと、かれ下役したやくと、かれ従者じゅうしゃとして伊織いおりがわきにひかえていた。
 いま――武蔵むさしどのがえた! というこえれながら、いそのほうから一人ひとりけて、警備けいびなかにはいりむと、伊織いおりかおいろは、くちびるまでしろくなった。
 正視せいししたまま、うごかずにいた佐渡さど陣笠じんがさが、自分じぶんたもとるように、ふとよこ――
伊織いおり
 と、低声こごえでよんだ。
「……はっ」
 伊織いおりは、ゆびをついて、佐渡さど陣笠じんがさうち見上みあげた。
 あしもとからふるえてくるような全身ぜんしんのおののきを、どうしようもなかった。
伊織いおり――」
 もいちど、そのへ、じっといって、佐渡さどおしえた。
「よう、ておれよ。うつろになって、のがすまいぞ。――武蔵むさしどのが、一命いちめいさらして、そちへ伝授でんじゅしてくださるものとおもうて今日きょうておるのだよ」
「…………」
 伊織いおりは、うなずいた。
 そしていわれたとおり、きょのようにみはって、いそのほうへけていた。
 いそまで、一町いっちょうはあろう。波打際なみうちぎわしろいしぶきが、むほどだったが、人影ひとかげといっては、ちいさくしかえないのである。試合しあいとなっても、実際じっさい動作どうさ呼吸こきゅうなどを、つぶさに目撃もくげきするわけにはゆかない。――しかし、佐渡さどがよくよとおしえたのは、そういうわざすえのことではあるまい。ひと天地てんちとの微妙びみょう一瞬ひととき作用さようよといったのだろう。また、こういう場所ばしょのぞむもののふの心構こころがまえというものを、後学こうがくのため、とおくからでもよく見届みとどけておけといったのであろう。
 くさなみてはきる。あおむしがときおりとぶ。まだひよわいちょうが、くさはなれ、くさにすがっては、何処いずこともなくってゆく。
「――ア。あれへ」
 いそさきへ、徐々じょじょと、ちかづいて小舟こぶねが、伊織いおりにも、今見いまみえた。時刻じこくはちょうど、規定きてい刻限こくげんよりもおくれること約一やくいっとき――下刻げこく十一時じゅういちじ)ごろとおもわれた。
 しいんと、しまうちは、真昼まひるだけにひそまりかえっていた。
 そのとき床几場しょうぎばのあるすぐうしろのおかから、だれやらりてた。佐々木巌流ささきがんりゅうであった。ちしびれていた巌流がんりゅうは、小高こだかやまのぼって、ひとこしかけていたものとみえる。
 左右さゆう立会役たちあいやく床几しょうぎれいをして巌流がんりゅうは、いそのほうへむかい、しずかに、くさんであゆしていた。