467・宮本武蔵「円明の巻」「十三日前(3)(4)」


朗読「467円明の巻62.mp3」7 MB、長さ: 約 7分 53秒

さん

どこかやす木賃きちんへでもと、づれの又八またはち朱実あけみが、裏町うらまちまがりかけると、
「そちらへか」
と、うしろについて上品じょうひんたび老婆ろうばは、にこやかにわかれの会釈えしゃくおくり、ことのついでとおもしたように、
「あなたがたも、たびしゅうらしいが、佐々木小次郎ささきこじろう住居すまいは、どこのあたりか、ごぞんじはないかの」
と、たずねた。
それならたったいまさきたずねてったおさむらいがある。紫川むらさきがわそばとかいうこと――と又八またはちおしえると、老婆ろうばかるく、
「かたじけない」
と、とも下男げなんをうながして、まっすぐにった。
又八またはち見送みおくって、
「……ああ。おれのおふくろさまも、どうしてござるやら?」
しみじみ、つぶやいた。
って、かれはじめて、このごろわかりかけてたここちがする。
「――あなた、きましょう」
りあやしながら、朱実あけみはうしろでっていた。だがなお、又八またはち茫然ぼうぜんと、彼方かなたおな年頃としごろ老婆ろうば見送みおくっていた。

きょうはたか小次郎こじろうも、屋敷やしきうちにいた。夜来やらいからの来客らいきゃくは、庭内ていないめている。まさか主人しゅじん鷹野たかのにもられなかった。
なにしろ、よろこぶべきことだ」
巌流先生がんりゅうせんせい名声めいせいも、これでいなやなく、一決いっけつする」
「めでたいといってもよかろう」
「そうだとも。曠世こうせい御名誉ごめいよにもなることだ」
「しかし、てき武蔵むさし。そこは十分じゅうぶん御自重ごじちょうしていただかぬと」
大玄関だいげんかんにも、脇玄関わきげんかんにも、遠来えんらいきゃくのわらじでちていた。
はるばる、京大坂きょうおおさかからたというもの。また、中国筋ちゅうごくすじものとおいのでは、越前えちぜん浄教寺じょうきょうじむらからというきゃくもある。
家人かじんではりないので、岩間角兵衛いわまかくべえ家族かぞくてもてなしている。また、家中かちゅうさむらいで、平常へいぜい巌流がんりゅう師事しじしている人々ひとびとも、かわかわり、ここにめて、明後日あさって十三日じゅうさんにちっているのだった。
明後日あさってというても、もう明日一日あしたいちにちだからのう」
およそここにいる縁故えんこ門流もんりゅうかおぶれをると、武蔵むさし人物じんぶつを、るとらないにかかわらず、なにかの気持きもちから、武蔵むさし敵視てきししていないものはない。
わけて、吉岡よしおか門流もんりゅうものは、諸国しょこくわたって、非常ひじょうかずであるから、いまもって、一乗寺下いちじょうじさがまつうらみは、その人々ひとびとむねにある。
そのほか武蔵むさし十年じゅうねんまっしぐらな生活せいかつあいだ武蔵自身むさしじしんらぬてきが、ずいぶん出来できていた。その全部ぜんぶでなくても、一部いちぶ人間にんげんは、なんらかの機縁きえんから、武蔵むさし反対側はんたいがわにある小次郎こじろうもんをくぐっていく。
上州じょうしゅうから、おきゃくでござる」
若侍わかざむらいが、また一名いちめいきゃく玄関げんかんから大勢おおぜいのいる広間ひろまれてた。
自分じぶんは、いち宮源八みやげんぱちもうもので――」
と、質朴しつぼくきゃくは、大勢おおぜいむかって、挨拶あいさつし、らぬかおなかじって、つつしんでいた。
「ほ。上州じょうしゅうから」
と、人々ひとびとは、その遠路えんろをねぎらうように、源八げんぱちまもった。
源八げんぱち上州白雲山じょうしゅうはくうんざんのお神札ふだをうけてたから、これを神棚かみだなげておいてくださいと門人もんじんわたした。
御祈願ごきがんまでして――」
と、並居なみいものは、その奇特きとくなこころざしに、いよいよつようして、
十三日じゅうさんにちは、晴天せいてんじゃろう」
と、ひさしごしに、そらた。その十一日じゅういちにちもはやれかけて、夕焼ゆうやけだった。

よん

広間ひろまめている大勢おおぜいきゃくのうちの一人ひとりがいう。
「あいや、上州じょうしゅうからおしの、いち宮源八みやげんぱちどのとやら。巌流先生がんりゅうせんせいのため、勝祈かちいのりまでなされて、遥々はるばるとおでとは、ご奇特きとくなこと。――して先生せんせいとは、どういうご縁故えんこでござるのか」
われて、源八げんぱちは、
「てまえは、上州じょうしゅう下仁田しもにたの、草薙くさなぎ家来けらいでござる。草薙家くさなぎけ亡主天鬼様ぼうしゅてんきさまは、鐘巻かねまき自斎先生じさいせんせい甥御おいごでござった。――で、小次郎こじろうどのとは、御幼少ごようしょうからぞんじておるので」
「あ。巌流先生がんりゅうせんせいには、少年しょうねんころ中条流ちゅうじょうりゅう鐘巻自斎かねまきじさいもとにおられたそうだが」
伊藤いとう弥五郎やごろう一刀斎いっとうさい。あのおかたとは、同門どうもんでございました。その弥五郎やごろうどのより、小次郎こじろうどのの太刀たちのほうが、はげしいはげしいと、手前てまえなどもよくいていたもので」
源八げんぱちはまたそれから、小次郎こじろう自斎じさい印可目録いんかもくろくして、独自独創どくじどくそう流儀りゅうぎてる大志たいしはやくからいだいていたことだの、少年時代しょうねんじだいけぬだった逸話いつわだのを、わるるまま物語ものがたりしていると、
先生せんせいは? ……。先生せんせいはここにはおえなさいませぬか」
取次とりつぎ若侍わかざむらいが、そこへていった。若侍わかざむらいは、大勢おおぜいのなかを物色ぶっしょくしたが、見当みあたらないので、ほか座敷ざしきさがしにきかけると、きゃくたちが、
なんじゃ、なにようか」
と、たずねた。
「はい。岩国いわくにからたが、小次郎こじろうわせてくだされと――お身寄みよりのかたらしいご老婆ろうばが、ただいま玄関げんかんえられましたので」
取次役とりつぎやくは、いそがしげに、いうことだけをいうと、あしうつして、つぎをのぞき、また、つぎをさがし、小次郎こじろう姿すがたもとめてった。
「はて、お居間いまにもえぬが」
つぶやいていると、そこをかたづけていた小間使こまづかいのおみつが、
たか小屋ごやにいらっしゃいます」
と、おしえた。