465・宮本武蔵「円明の巻」「鷹と女と(4)(5)」


朗読「465円明の巻60.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 24秒

よん

おこるな。むりもない」
岩間角兵衛いわまかくべえは、そうなだめて、巌流がんりゅうやわらぐのをてから、
「――おんなとしては、むしろあんじるのが当然とうぜんじゃろ。其許そこもとこころうたがうのではないが、このままで、どうなるのかと、すえを、かんがえるのは、だれでものこと」
「ではおみつから、すべてのこと、おりでござろうが……。いや、面目めんぼくもない事情じじょうで」
「なんの――」
巌流がんりゅうが、ややじるのを、角兵衛かくべえして、
男女だんじょあいだ、ありがちなことじゃ。いずれ其許そこもとも、しかるべく妻帯さいたいもし、家庭かていらしゅう、一戸いっこていてねばならぬ。おおきな屋敷やしきみ、おおくの門人召使もんじんめしつかいったからには」
「しかし、いちど小間使こまづかいとして、屋敷やしきにおいただけに、世間せけんのてまえも」
「というて、いまさら、おみつ捨去すてさるわけにもなるまい。それもつまとして不足ふそくおんなならまた、かんがえようじゃが、すじもただしい。しかもけば江戸表えどおもて小野おの治郎右衛門じろうえもん忠明ただあきめいじゃということではないか」
「そうです」
「おが、その治郎右衛門忠明じろうえもんただあき道場どうじょうへ、単身たんしん試合しあい出向でむいて、忠明ただあきをして、小野派一刀流おのはいっとうりゅう衰退すいたいを、覚醒かくせいせしめたとかいう事件じけんのあったおり――ふと、したしくなったとのことだが」
相違そういございませぬ。おはずかしいでござるが、恩人おんじんたる貴方あなたへ、かくしだてしては心苦こころぐるしい。いつかは自分じぶんからお打明うちあけしようとおもっていましたこと。……っしゃるとおり、小野忠明殿おのただあきどの試合しあいして、そのかえるさ、もうよいとなりましたので、あの小娘こむすめが――そのころはまだ叔父おじ治郎右衛門忠明じろうえもんただあきそばつかえておりましたいまのおみつが――小提燈こちょうちんをもって、皀莢坂さいかちざかくらみちを、まちまでおくってくれました」
「ウム。……そんなはなしだな」
なにげなく、まったく、なんのふかい量見りょうけんもなく、その途中とちゅうたわむれにもうした言葉ことば真実しんじつって、そのあと治郎右衛門忠明じろうえもんただあきが、出奔しゅっぽんあと自分じぶんたずねてまいりましたので」
「いや、もうよい。……事情じじょうはそのくらいでな。ははは」
角兵衛かくべえは、あてられたというかおして、った。
しかしそれからもなく、江戸表えどおもてしば伊皿子いさらごはらって、この小倉こくらうつってるまでも、そういう女性じょせいかれかげにいたことなどは、角兵衛かくべえはつい先頃さきごろまでらずにいたので、自分じぶん迂濶うかつあきれるとともに、巌流小次郎がんりゅうこじろうのそのほう才気さいきうで周到しゅうとうなる要意よういのほどにも、じつしたいたのであった。
「まあ。そのことは、わしにまかせておくとせい。いずれにしても、ここのところでは、にわかに妻帯さいたい披露ひろうもおかしい。――首尾しゅびよく、大事だいじ試合しあい仕果しはたしたうえのはなしに」
角兵衛かくべえはいって、ふと、そのほう要談ようだんおもした。
角兵衛かくべえっては、相手あいて武蔵むさしごときは、巌流がんりゅうして、何者なにものでもないがした。むしろ巌流がんりゅう地位ちい名声めいせいをして、いよいよ、だいならしめるための試錬しれん――とすら自負じふしきっていた。
さきほどいった、御評議ごひょうぎうえけっした試合しあい場所ばしょじゃが、それは、まえにもいったとおり、御城下ごじょうかでは、所詮しょせん混雑こんざつはまぬかれまいとの見越みこしから、いっそ海上かいじょうがよかろう、しまがよいとなって、赤間あかませき門司もじせきとのあいだ小島こじま――穴門あなとしまとも、またの船島ふなじまともいうところですることと決定けっていいたした」
「ははあ、船島ふなじまで」
「そうじゃ。――で、武蔵むさしかぬうちに一度いちど、よくそこのんでおくほうが、何分なんぶでも、勝目かちめるというものではあるまいか」

試合しあいまえに、試合場所しあいばしょっておくことは、有利ゆうりにちがいなかった。
当日とうじつ進退しんたいに、足拵あしごしらえに、また、附近ふきん木立こだち有無うむとか、太陽たいよう方向ほうこうによって、どっちへてきたせてむかえるかなど、すくなくもいきなりって勝負しょうぶにかかるよりは、作戦上さくせんじょうにもこころ余裕よゆうにもがあろう。
岩間角兵衛いわまかくべえは、明日あすにでも、ひとつ釣舟つりぶねでもやとって、船島ふなじま下見したみってみてはと、巌流がんりゅうにすすめたが、巌流がんりゅうがいうには、
兵法へいほうではすべて、早速さそくというものをとうとぶ。こちらにそなえあるも、てきそなえをやぶるにそなえのうらいて場合ばあいは、かえって、こちらが出鼻でばな誤算ごさんってしまうようなれい往々おうおうある。臨機りんき自由じゆうにありのままなこころをもってのぞむにかずです」
角兵衛かくべえは(もっともな意見いけん)と、うなずいて、船島ふなじま下見したみは、もうすすめなかった。
巌流がんりゅうはおみつをよんでさけ支度したく吩咐いいつけた。それからよいにかけて打解うちとけて二人ふたりさかずきしたしんだ。
岩間角兵衛いわまかくべえにしてみれば、自分じぶん世話せわした巌流がんりゅうが、今日きょうかくのごとく名声めいせい君寵くんちょうあつく、おおきなやしきあるじともなってくれて、そのやしきでこうして一杯いっぱいさけ馳走ちそうにでもなるということは、世話せわがいがあったという気持きもちから、人生じんせいうれしいことのひとつをさかずき一口一口ひとくちひとくちめているようなかおつきだった。
「もう、おみついて、いうてもよかろう。ともかく、試合しあいんだら、国元くにもとから年寄身寄としよりみよりの近親きんしんび、婚儀こんぎ披露ひろうし、剣道けんどうへの執心しゅうしんは、勿論もちろんよいが、ひとまず家名かめい土台どだいかためることだな。そこまでのことがすめば、角兵衛かくべえ世話せわも、まず……というものじゃが」
親代おやがわりになっているかれは、ひとりで上機嫌じょうきげんだったが、巌流がんりゅうはしまいまでわなかった。
一日いちにちごとに、かれ無口むくちだった。試合しあいちかづくにつれ、きゅうに、人出入ひとでいりがおおくなった。隔日かくじつ登城とじょうがないかわりに、接客せっきゃくにわずらわされて、静養せいよう意味いみはなくなった。
そうかといって、かれは、もんじてきゃく謝絶しゃぜつするにもなれなかった。巌流殿がんりゅうどのもんめてひとにもわぬ――といわれるのは、なに卑怯ひきょうめいてきこえやすい。そういうところかれ割合わりあいつかった。
辰之助たつのすけたかせ」
野支度のしたくして、天弓あまゆみこぶしえ、朝早あさはやくからかれ屋敷やしきることにきめた。これはいい思案しあんであったと自分じぶんおもった。
気候きこうのよい四月しがつ上旬じょうじゅんを、こぶしたかをすえて野山のやまあるくことは、あるくだけでもおおいにやしなった。
琥珀色こはくいろひとみを、油断ゆだんなくぎすまして、獲物えものそらたか姿すがたを、巌流がんりゅうがまた、っていた。
獲物えものを、たかつめにかけると、チラチラと、とりそらからってた。――巌流がんりゅういきもしなかった。自分じぶんたかになりきってていた。
「……よし。あれだ」
かれは、たかとして、さとるところがあった。一日いちにちごとに、かれ面上めんじょうに、自信じしんいろがついてた。
が、夕方屋敷ゆうがたやしきかえってみると、いつもおみつは、れていた。それをよそおかくしているだけ巌流がんりゅうむねいたんだ。だんじて、武蔵むさしおくれはらぬと、かたい自信じしんがありながら、おみつのそんな姿すがたると、
(……おれにわかれたら)
などと、ふと死後しごのことがかんがえられたりした。それからまたみょうに、つねにはかんがえもしないははのことなどもおもされた。
(もう、あと幾日いくにちもない)
おもってねむごとに、かれまぶたには、琥珀色こはくいろたかと、うれいにれているおみつとが、こもごもにえて、そのあいだに、はは姿すがた明滅めいめつしていた。