462・宮本武蔵「円明の巻」「待宵舟(5)(6)」


朗読「462円明の巻57.mp3」9 MB、長さ: 約 10分 17秒

かなりときった。だが、ひとはなかなかなかった。
ばばは、おつうひとりをふねのこして、きしがった。城太郎じょうたろう案内あんないしてはず武蔵むさしかげを、そこにたたずんでちあぐねている様子ようす――
つうは。
やがて、武蔵むさしがここへるかとおもうと、人知ひとしれず動悸どうきって、しずかによこたえてもいられないらしい。
木枕こまくら臥床ふしどを、とますみしやって、えりをあわせたりおびむすびをなおしたりした。こいおぼえそめた十七じゅうしちはち年頃としごろ動悸ときめきも、いま動悸ときめきも、彼女かのじょにはすこしもかわってたふうがない。
小舟こぶねへさきには、篝火かがりってあった。よる江口えぐちにそのりはえて、おつうむねにも赤々あかあかえさかった。
彼女かのじょいまやまいわすれていた。小舟こぶねへりからしろをのばし、くしをぬらしてかみであげた。そしててのひらすこしの白粉おしろいき、それともれぬほどうすかおよそおった。
彼女かのじょひとにもいている。
さむらいですら、ふかねむりをとったあととか、からだのすぐれぬときなどに、やむなく君前くんぜんたりひとときは、手水ちょうずをつかうにそっと手早てばやく、ほおかくべによそおって、はればれしく対語たいごするとか――いうこころがけを。
「……だが、なんといおう」
つうはまた、武蔵むさしったうえのことが心配しんぱいになった。
かたれば、生涯しょうがいはなしても、きないほどなものはある。
けれど、いつもいつも、えばなにもいえなかった。
なんのために!
と、かのひとはまたおこるかもしれないとおそれる。
おりおりである。
世上せじょうにもきこわたって、天下てんか衆目しゅうもくなかいま佐々木小次郎ささきこじろうとの試合しあいにゆく途中とちゅうとあれば、かれ気性きしょうかれ信念しんねん、おそらく自分じぶんうことなど、たのしいこととはおもうてもくれまい。
が――それだけに、彼女かのじょにとっては、なおさら一期いちごおりであった。相手あいて小次郎こじろう武蔵むさしやぶれるとはおもえなかったが、不測ふそく敗北はいぼくがないとはまた、いえないもする。いやいや、いずれがつか、という世評せひょうでは、武蔵むさしつよしとするもの小次郎こじろうすぐれたりというものあいなかばしているのである。
もし、きょうというおりいて、まんいちにも、このままふたたびこの相見あいみることができないような不幸ふこうが――かりにもあったとしたら、いは百年ひゃくねんあとすことができないであろう。
てんにあっては比翼ひよくとりっては連理れんりえだとならん――と来世らいせねがった漢帝かんてい悔恨かいこんを、むねうたかえして、んでもいつかないことである。
――なんしかられても。
と、彼女かのじょ病苦びょうくひとへはかるせてまで、つよ気持きもちでここへはたのであったが、こうして愈々いよいよ、そのひとときせまってみると、むねいたいほどときめき、こころ武蔵むさしがどうおもうかをおそあんじて、うてのうえのことばすら、つからなかった。
きしがってたたずんでいるおばばはまたおばばで、こよい武蔵むさしったら、なによりも積年せきねんうらみや誤解ごかいみずながして、こころ重荷おもにきほぐしたい。また、そのあかしとして、かれなんといおうと、おつう生涯しょうがいは、かれたくされなければならない。をついてたのんでも、そうしてやらねばおつうにもすまない――
などとひとり、むねちかいながら、水明みずあかりの宵闇よいやみまもっていると、
「――ばば殿どのか」
けて城太郎じょうたろうかげが、ちかづきながらびかけた。

ろく

ちかねていた。城太じょうたどのよ。――して、武蔵むさしどのには、ぐこれへえますかの」
「ばば殿どの残念ざんねんだ」
「え。残念ざんねんとは」
いてくれ。仔細しさいはこうだ」
仔細しさいなどは、あとでよい。いったい武蔵むさしどのには、これへるのか、ないのか」
ぬ」
「なに、ぬと」
ばばは茫然ぼうぜん、そういって、おつうともに、ひるからちぬいていたこころりをくずして、るにたえない失望しつぼういろかおにあらわした。
――で、いいにくそうに、城太郎じょうたろうがやがて説明せつめいしていうには。
じつはあれから、ややしばし、同藩どうはん人々ひとびとともに、便船びんせんからがって武蔵むさし軽舸はしけっていたところ、いつになっても、沙汰さたもなし、軽舸はしけない。
でも、太郎左衛門船たろうざえもんぶねかげは、遠浅とおあさおきとまって、えているので、なにかの都合つごうで、おくれたのであろうかと、うわさしながら、一同いちどうなお浜辺はまべならんでいたが、やがておきむかえにったお船手ふねて軽舸はしけものが、もどって様子ようす
やれ、えた――
おもったのもつかれば軽舸はしけうえには、武蔵むさし姿すがたえぬ。どうしたわけか、とたずねると、
(こんどの船都合ふねつごうは、この飾磨しかまがる旅客きゃくもなし、すこしの積荷つみには、沖待おきまちの船頭せんどうから受取うけとったので、ふねはすぐここからむろまわし、さきいそぐので)
という便船びんせんもの言葉ことばだとある。
そこで、軽舸はしけものはまた、
(この便船びんせんには、宮本武蔵みやもとむさしもうさるるおひとあわせておるはず。姫路藩ひめじはん家中かちゅうものでござるが、一夜いちやはおとまりとぞんじ、ほかもの大勢おおぜいはままでおむかえにまいっております。わずかなあいだでも、ちょっとこの軽舸はしけでおがりくださるまいか)
そうもうれたところ、船頭せんどう取次とりつぎいて、やがて武蔵むさし姿すがたともふなべりにあらわれ、した軽舸はしけむかっていうには、
(せっかくの御好意ごこういなれど、このたびは、御承知ごしょうちのとおり大事だいじ一儀いちぎにて、小倉こくらにおもむく途中とちゅうのかたがた、便船びんせんもこよいのうちむろへまわるよし。あしからず御一同ごいちどうへおつたえを)
とのことむなくかえしてると、その軽舸はしけはまもどって報告ほうこくしているあいだに、太郎左衛門船たろうざえもんぶねはふたたびり、いま飾磨しかまうらからったばかり――というのであった。
城太郎じょうたろうは、こう仔細しさいげ、
是非ぜひもないと、家中かちゅうもの一同立いちどうだった。――だが、ばば殿どの此方こちらなんとしたものだろう」
かれ失望しつぼうそこちたようにちからなくいうと、
「なんじゃ、ではもう、太郎左衛門船たろうざえもんぶねは、このうらて、むろむこうたというか」
「そうだ。……あれ、ばば殿どのにはえぬか。いまさき松原まつばらわして、西にしふねが、太郎左衛門船たろうざえもんぶね。……あのともには武蔵様むさしさまっているかもれぬ」
「おう……あの船影ふなかげか」
「……残念ざんねんながら」
「これ城太じょうたどの。自体じたい、そなたが落度おちどであろうが。なぜ、むかえの軽舸はしけ自分じぶんって」
「いまさらなにもうしても」
「ええまあ、みすみすふねかげをそこにながら、口惜くちおしいことわいな。……おつうに、なんというてかそうぞ。城太じょうたどの、わしにはいえぬ。……そなたから仔細しさいげてたも。……したが、よう落着おちつかせてからはなさぬと、一層いっそう病気びょうきわるうするかもしれぬぞよ」