459・宮本武蔵「円明の巻」「世の潮路(5)(6)」


朗読「459円明の巻54.mp3」9 MB、長さ: 約 10分 06秒

「どこへったのやら?」
光悦こうえつ権之助ごんのすけとは、みちをもどって、れの姿すがたを、夕方ゆうがた往来おうらいにさがした。
又八またはちは、とはしたもとに、ぼんやりっていた。
なにて? ……」
と、あやしみながら、かれ様子ようす二人ふたりとおくからまもっていると、又八またはちは、河原かわらにあって、夕方ゆうがた仕掛しかけいそがしい鍋釜なべかまだの、野菜物やさいものだの、玄米くろごめだのをあらっているこの附近ふきん長屋女房ながやにょうぼうのかしましいれに、じっとそそいでいるらしいのである。
「はての、あの容子ようすは」
凡事ただごとでないその面持おももち遠方えんぽうからもさっしたので、わざと二人ふたりは、しばらくかれのままにいて、言葉ことばをかけずにっていた。
「……ああ、朱実あけみだ。……朱実あけみにちがいない」
又八またはちは、ひとり、そこにたたずんでうめくようにくちびるかららした。
河原かわら女房にょうぼうたちのなかに、その朱実あけみのすがたを、かれ見出みいだしていたのだった。
偶然ぐうぜん――というもしたが、偶然ぐうぜんでない一層強いっそうつよくした。
かりそめにも、江戸表えどおもてしば長屋ながやでは、女房にょうぼうとよんだおんなである。そのときは、宿世すくせのふかいえんなどとはもとよりおもいもしなかったが、時経ときへて、まして黒衣こくいをつつんでのちは、そうしたごとたことも、ごととはなしれない、罪業ざいごうむねびていた。
――が、朱実あけみ姿すがたは、はなはだしくかわっていた。
そのかわった姿すがたを、とおりすがりのはしうえからひと目見めみて、すぐ、
(あっ、朱実あけみ
と、胸打むねうつほどのものは、おそらく自分じぶんだけしかあるまいとおもう。偶然ぐうぜんではない、生命いのち生命いのちとの交流こうりゅうは、おなつちいきづいている以上いじょう、いつかこうあるのが本当ほんとうである。
それはさてき。
かわてた朱実あけみには、つい一年いちねんあまりほどまえいろ姿態しなもなかった。きたな負紐おいひもで、なかには、二歳にさいばかりの嬰児あかご背負せおっていた。
朱実あけみんだ
又八またはちむねには、まずそれがどきっとひびいたにちがいない。
朱実あけみおもても、ちがえるほど、せている。それに、かみほこりのままのつかがみで、木綿筒袖もめんつつそでの、見得みえふりもないのを裾短すそみじかうでにはおもたげな手籠てかごをかけ、口達者くちだっしゃ長屋女房ながやにょうぼう揶揄からかい半分はんぶんさえずりのなかに、物売ものうりのこしひくめているのだった。
手籠てかごなかには、海草かいそうだの、はまぐりあわびなどがのこっていた。なかのが、時々泣ときどきなくので、かごしたいては、をあやし、きやむと、女房にょうぼうたちへむかって、あきないをせがんでいるふうだった。
(……あ。あのは?)
又八またはちは、両手りょうてで、自分じぶんほおをぎゅっとおさえた。むねうちで、歳月さいげつをかぞえた。二歳にさいとしたら? ああ江戸えど時分じぶんになる。
――と、すれば。
数寄屋橋すきやばしはらで、奉行所衆ぶぎょうしょしゅう割竹わりたけしたに、むしろをならべて、とも百叩ひゃくたたきにったあげく、西にしひがしはなたれたあのときは――もう彼女かのじょ肉体にくたいに、いまどもは胎内たいないにあったわけである。
「…………」
夕方ゆうがたうすが、河原かわら河水かわみずから又八またはちかおらいで、かおじゅうがあふれるなみだみたいにえた。
うしろをいそがしい往来おうらいながれているのもかれわすれていた。やがて、なにらない朱実あけみが、れない手籠てかごものうでにかけて、また、とぼとぼと、河原かわらさきあるしてゆくのをると、かれは、なにもかもわすれて、
「おういっ」
げて、はしりかけた。
光悦こうえつ権之助ごんのすけとは、そこではじめて、りながら、
又八またはちどの。なんじゃ。どうなすったのだ?」
と、びかけた。

ろく

又八またはちは、はっと振向ふりむいて、れのものに、心配しんぱいをかけていたことを、はじめてづいたかのごとく、
「あっ。すみませんでした。……じつはその」
じつは――といったものの、そのじつをひとにつたえるには、急場きゅうば言葉ことばではわかってもらえそうもない。
ことに、いまふと、むねによびおこしたかれ発心ほっしんは、彼自身かれじしんでも、説明せつめいにむずかしかった。
いきおい、いうことは、そこで唐突とうとつにならないわけにゆかない。又八またはちは、のどにつかえるこもごもな感情かんじょうなかから、もっとっとりばやいことだけいった。
「――すこしその、わけがありまして、きゅうわたしは、還俗げんぞくしようとおもちました。もっとも、まだ、和上わじょうから、ほんとの得度とくどもうけていないですから、還俗げんぞくするといっても、いわなくても、元々もともと、ありのままなんですが」
「え……還俗げんぞくする?」
又八またはちは、辻褄つじつまっているつもりだが、平静へいせいものには、ひどく辻褄つじつまわなすぎた。
「それはまた、どういう仔細しさいかな。どうもご容子ようすがちとへんだが」
くわしいことは、いえませんし、いっても、他人たにんには馬鹿ばかげていますが、以前いぜん一緒いっしょくらしていたおんなにそこでいました」
「ははあ。むかしなじんだ女子おなごに」
あきがおする二人ふたりに、しかもかれ生真面目きまじめであった。
「そうです。その女子おなごが、嬰児あかごぶっているので――。年月ねんげつってみると、どうも自分じぶんませたちがいありません」
「ほんとですか」
「ほんとにぶって、河原かわら物売ものうりしてあるいていたんで」
「いやいや、落着おちついて、よくかんがえてごらんなさい。いつわかれた女子おなごらぬが、ほんとに、自分じぶんかどうか」
うたがってみるまでもありません。いつのにか、てまえはおやになっていたのです。……らなかった。まなかった。……きゅういまむねめつけられました。てまえはあのおんなに、あんなみじめな物売ものうりはさせてはかれません。また、たいしても、ちちらしいつとめをしなければなりません」
「…………」
光悦こうえつは、権之助ごんのすけと、かお見合みあわせて、多少たしょう不安ふあんおぼえながらも、
「……では、いたはなしではないのじゃなあ」
と、つぶやいた。
又八またはちは、法衣ころもき、数珠ずずともに、光悦こうえつたくして、
「まことに、はばかりですが、これを妙心寺みょうしんじ愚堂様ぐどうさまに、ご返上申へんじょうもうしてください。そしておそりますが、いまのようにっしゃって、又八またはち大坂おおさかでひとまずおやになって、はたらくとつたえてくださいませぬか」
「いいのかな。そんなことで、これをおかえもうして」
和上様わじょうさまは、常々つねづねてまえにいっていました。まちかえりたかったらいつでもれよと」
「ふうむ……」
「また。修行しゅぎょうてらでもできぬことはないが、世間せけん修行しゅぎょう難事なんじきたないもの、けがれたものをいとうて、てらにはいってきよいとするものより、うそけがれ、まどい、あらそい、あらゆる醜悪しゅうおのなかにんでも、けがれぬ修行しゅぎょうこそ、しんぎょうであるともいわれました」
「むむ、いかさまの」
「で、もう一年いちねんも、おそばにおりますが、てまえにもまだ、法名ほうみょうくださいません。きょうまで、又八またはち又八またはちましていました。――あとでまた、いつでも、自分じぶんでわからないことができたら、和上様わじょうさま御門ごもんけこみます。どうぞ、そうおつたきくださいまし」
いいおわると、又八またはち河原かわらり、もう夕霧ゆうぎり仄暗ほのぐら人影ひとかげを、あれかそこかとってった。