457・宮本武蔵「円明の巻」「世の潮路(1)(2)」


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潮路しおじ

いち

翌年よくねんのことだった。くわしくいえばそのとしは、慶長十七年けいちょうじゅうななねん四月しがつにはいったばかりのころである。
泉州せんしゅう堺港さかいからは、そのも、赤間あかませきかよふねが、旅客りょかくれていた。
廻船問屋かいせんどんや小林太郎左衛門こばやしたろうざえもんみせにやすんでいた武蔵むさしは、やがてふねるとのらせに、床几しょうぎって、
「――では」
と、見送みおくりの人々ひとびとへ、挨拶あいさつをして、のきた。
「ご機嫌きげんよう」
ひとしく、そういいながら、見送みおくにんたちは、武蔵むさしかこんで、船着ふなつきのはままであるいてった。
本阿弥光悦ほんあみこうえつかおえた。
灰屋はいや紹由しょうゆうやまいのよしでられなかったが、息子むすこ紹益しょうえきていた。
紹益しょうえきうつくしい新妻にいづまれていた。その新妻にいづまうるわしさは、人目ひとめをそばだたせるものがあった。
「あれは、吉野よしのやないか」
柳町やなぎまちの?」
「そうじゃ、扇屋おうぎや吉野太夫よしのたゆう
と、そでひきおうてささやいた。
武蔵むさしは、紹益しょうえきから、
(わたくしのつまで……)
とはわされたけれど、まえ吉野太夫よしのたゆうであるとは紹介しょうかいされなかった。
また、かおにも、おぼえがない。扇屋おうぎや吉野太夫よしのたゆうならばゆきよる牡丹ぼたんいてもてなされたことがある。彼女かのじょ琵琶びわにも耳澄みみすましたおぼえがある。
が、武蔵むさしっているそのひと初代吉野しょだいよしのであって、紹益しょうえきつまなる女性じょせい二代吉野にだいよしのなのであった。
花散はなち花開はなひらく。――さと年月ねんげつはいとどながれがはやい。
あのゆきも、あの牡丹ぼたんまきほのおも、いまゆめかのようである。そのとき初代吉野しょだいよしののすがたも、いまはどこに、人妻ひとづまになっているやら、孤独こどくやら、うわさもないし、ひとえてない。
「はやいものですね。はじめておにかかったころからおもうと、もうしち八年はちねんっている」
光悦こうえつも、ふねまであるきながら、ふとつぶやいたことだった。
「……八年はちねん
武蔵むさしも、うたた歳月さいげつおもいにたえなかった。――今日きょう船出ふなでが、なんとなく、人生じんせいいち期劃きかくのようにおもわれもして。
さてまた。
そのかれをここに見送みおくった人々ひとびとなかには、以上いじょうふたりの旧知きゅうちはじめ、妙心寺みょうしんじ愚堂門下ぐどうもんかにずっといる本位田ほんいでん又八またはち京都三条車町きょうとさんじょうくるまちょう細川邸ほそかわていさむらいたち三名さんめい
また、烏丸光広卿からすまるみつひろきょう名代なだいとして供連ともづれの公卿侍くげざむらい一行いっこう
それから、半年はんとしほどの京都滞在中きょうとたいざいちゅうに、なにかといになったものや、かれこばんでもこばんでも、かれ人間にんげんけんしたって、かれとよぶものたちが、それは無慮むりょ三十名以上さんじゅうめいいじょうもあろうか――なにしろ武蔵むさしにとってはやや迷惑めいわくすぎるほどな同勢どうぜいをもって、見送みおくりにくわわっている一団いちだんもあった。
で――
おくらるる武蔵むさしは、かたりたいものとはかえってかたりあうもなくひとふねうつってしまったのであった。
さきは、豊前ぶぜん小倉こくら
そしてかれ使命しめいは、細川家ほそかわけ長岡佐渡ながおかさど斡旋あっせんで、佐々木小次郎ささきこじろうと、積年せきねん宿題しゅくだいたる試合しあいやくを、はたすにあった。
もちろん、このはなしが、具体的ぐたいてきにきまるまでには、藩老長岡佐渡はんろうながおかさど奔走ほんそう文書ぶんしょ交渉こうしょうがかなりあって、武蔵むさしが、昨秋以来さくしゅういらいきょう本阿弥ほんあみ光悦こうえつ長屋ながやにいるということがわかってからでも、約半年やくはんとしもかかって、ようやく、まとまったことなのであった。

巌流佐々木小次郎がんりゅうささきこじろうと、いつかは一度いちど一期いちご面接めんせつがたいであろうとは、武蔵むさししていたことだった。
――ついに、そのた。
だが。
武蔵むさしは、こんなはれがましい人気にんきってそののぞもうなどとはつゆだにも予期よきしていなかった。
きょうの出立しゅったつにしてもしかりである。こういう大仰おおぎょう見送みおくりなど、こころうちではもってのほかなとおもう。
おもいつつ、こばないのは、世間せけん人々ひとびと好意こういである。
武蔵むさしこわいのである。理解りかいあるひと好意こういには、えりただすが、その衆望しゅうぼう浮薄化ふはくかして、人気にんきというようななみせられることを、おそろしいとおもった。
ふとすれば、自分じぶん凡夫ぼんぷだし、おもがらないものでもない。
いったい今度こんど試合しあいにしてもそうである。だれが、こういう切迫せっぱくってたか。かんがえてみると、小次郎こじろうでも、自分じぶんでもないがする。むしろ周囲しゅういだとおもう。いつとはなく、二人ふたり対峙たいじさせ、二人ふたり試合しあわせてみることに、世間せけんさきに、興味きょうみ期待きたいおおきくかもして、
(やるそうだ)
と、いい、
(やる)
と、だんじ、ついに、
(いつの何日なんにち
と、まだうわさのうちから、まで取沙汰とりざたされてたのだった。
こういう世評せひょう対象たいしょうになったことを、武蔵むさしはひそかにいている。かくては自分じぶん名声めいせいとやらは喧伝けんでんされるにきまっているが、かれいまけっしてそんなものをもとめていなかった。むしろ、もっとひとりの沈潜ちんせんと、ひとりの黙思もくしとを必要ひつようとしている。――というて、それは拗者すねもののすねたこころではさらさらない。ぎょう工夫くふうとの合致がっちのために。――そして愚堂和尚ぐどうおしょう啓蒙けいもうをうけてからあとは、なおさら、道業どうぎょう生涯しょうがいとおいことを、かれ痛感つうかんしているのであった。
(――さはいえ)
と、かれはまた、おもうのである。
世間せけんおんというものを。
きていること、それはすでに、世間せけんおんであった。
今日きょう
この船出ふなでに、まとうているくろ小袖こそでは、光悦こうえつははみずかはりってうてくれたものである。
あたらしいかさ草鞋わらじ。その他一物たいちもつたりともなに世間せけんひとなさけのこもったものでないものはない。
いわんや、碌々ろくろくこめつくらずぬのらず、百姓ひゃくしょうのたがやすあわっているは――まさしく世間せけんおんきている。
なにをもってむくいようか)
こころをそこにおくときかれは、世間せけんたいしてつつしこころこそあれ、迷惑めいわくがるもちなどおこすのは勿体もったいないとるのだったが――しかし、その好意こういあまりに、自分じぶん真価しんかたいして過大かだいでありぎるときかれは、世間せけんおそれずにいられなかった。
とつこうつ。
別辞べつじ
また、海上無事かいじょうぶじいのり。
はたやら、会釈えしゃくやら。
おくものおくらるるものあいだに、にみえぬときはながれて、
「――おさらば」
「おさらば」
ふねは、ともづなき、武蔵むさしふねに、人々ひとびときしのこって、あいだに、おおきな青空あおぞらつばさった。
すると、一足ひとあしおくれて、
「しまった」
と、船出ふなであとへ、けつけてたびものがあった。