452・宮本武蔵「円明の巻」「風便り(7)(8)」


朗読「452円明の巻47.mp3」9 MB、長さ: 約 9分 44秒

なな

城太郎じょうたろうは、ひとげるわざっていたが、まだ、ひとげるほうわきまえていない。
げられる相手あいても、ものであるからには、ただげられたままではいない。途端とたんに、かたなこうし、無手むてでもあしへしがみついて可能性かのうせいがある。
てきげるには、げるまえにまずその考慮こうりょがなければならないのに、かえるでもたたきつけるように、脚下きゃっかげつけ、しかも退くことをしなかったので、
(してやった)
と、おもった瞬間しゅんかんに、太股ふともものあたりをはらわれて、かれもまた、相仆あいたおれに、負傷てきずおさえたまま、こしをついてしまった。
しかし、さいわいにきずあさかったとみえ、城太郎じょうたろうき、相手あいてがると、
るな」
手捕てどりにしろ」
と、ほか郷士ごうし呶鳴どなって正面しょうめん相手あいてちからあわ三方さんぽうから城太郎じょうたろう体一からだひとつへみついてた。
城太郎じょうたろうってしまえば、おすぎばばを何処どこへどうして人質ひとじちにしてあるか、それをみちがなくなるからであろう。
同様どうように、城太郎じょうたろうもまた、ここでうるさい郷士ごうしらと、ることはけるかんがえだった。はんきこえをおもい、ちちるいおよぼすまいとするために。
けれど、ものはずみは、そんなつね思慮しりょささえのつかないところにある。一人ひとり三人さんにんとの格闘かくとうでは、当然とうぜん一人ひとりほうから、憤怒ふんぬせきってしまうし、城太郎じょうたろうはまた、多分たぶん血気一途けっきいちずでもあった。
相手あいて三人さんにんに、
「このなまめ」
小癪こしゃくな」
「これでもかっ」
なぐられ、かれ、足蹴あしげにされてそれへせられそうになると、
なにをっ」
今度こんどは、かれが、先刻せんこくうけた不意打ふいうちぎゃくって、いきなり脇差わきざしくなり、しかかっているおとこ腹部ふくぶきとおした。
「……うッ。ち!」
梅酢うめずたるへでもっこんだように、柄手つかでから肩半分かたはんぶんまで、あけになると、城太郎じょうたろうあたまには、もうなにもない。
「くそっ、貴様きさまもか」
がるなり、また一名いちめいこうなぐろした。ほねにぶつかったかたなは、よこて、はすかいにげたので、さかな切身きりみぐらいな肉片にくへんが、さきからんだ。
「わ。や、やったな」
おめいたが、相手あいては、あわすのもわないのである。あまりに自分じぶん三名さんめいちからしんぎていただけに、狼狽ろうばいもひどい。
「こいつら。こいつらっ」
城太郎じょうたろうは、呪文じゅもんのように、一刀いっとうごとにおめきながら、のこ二人ふたりてきにまわしてりむすぶ。
かれ刀法とうほうはない。伊織いおりのように武蔵むさしからただしい刀法とうほう基本きほんさずけられていなかったためである。しかし、びておどろかないことと、ものをって、としげない度胸どきょう無茶むちゃのあることは、おそらく、かれ三年さんねんあいだとも暗黒あんこく行動こうどうしていた奈良井ならい大蔵だいぞう訓練くんれんるところであろう。
郷士ごうしたちのほうは、二人ふたりといっても、すでに一人ひとりっているので、まったく逆上あがっていた。城太郎じょうたろう太股ふとももへんからも、鮮血せんけつはそこらへるし、文字もじどおりりつられつの修羅図しゅらずであった。
ほうっておけば、相打あいうちか、わるくすれば、城太郎じょうたろうりになる。――おつうはわれをわすれて、河原かわらけ、いましめのためかぬ両手りょうてをもがきながら、やみむかって、かみ救援きゅうえんをさけんでいた。
くださいっ。どなたでも、たすけてくださいっ。あそこにっている年若としわかいおさむらいかたを!」

はち

――が、さけんでも、けめぐっても、十方じっぽうやみかわ水音みずおとと、虚空こくうをゆくかぜこえしか、彼女かのじょこたえるものはない。
そうしたときよわ彼女かのじょも、自力じりきがついた。
ひとすくいをぶまえに、なぜ自分じぶんちからしてみないかに、はっとづいたのである。
「――ちイッ」
河原かわらすわって、いわのかどで、いましめをこすった。それは郷士ごうしらが路傍ろぼうひろったわら素縄すなわにすぎなかったので、たちまちぷっとれた。
と――おつうは、両手りょうて小石こいしをつかみ、しぐらに、城太郎じょうたろう二人ふたり郷士ごうしっているほうしてった。
城太じょうたさん!」
と、さけびながら、その城太郎じょうたろう相手あいて面部めんぶへ、ひとげつけた。
「わたしもいる! もう大丈夫だいじょうぶっ! ……」
と、またひとつ。
「……ちイッ。城太じょうたさんッ、慥乎しっかりして!」
ぴゅっと、さらにひとつ。
だが、いしは、みっつとも相手あいてのどこにもあたらず、みなそれてしまった。
彼女かのじょいそいで、またつぎ小石こいしひろった。――すると、郷士ごうしのひとりが、
「あっ、この阿女あま
城太郎じょうたろうから、ふたびほどおどって、彼女かのじょへ、かたなのみねちをろそうとした。
――やッては!
と、城太郎じょうたろうった。
そして、その郷士ごうしおとこが、頭上ずじょうからかたなろす間髪かんはつに、
「こいつめ」
城太郎じょうたろうこぶしが、かれなかへかにぶつかっていた。すぐけてった脇差わきざしが、相手あいてからはらきぬけて、つばこぶしまったのである。
それはすさまじいはたらきだったが、城太郎じょうたろう脇差わきざしは、屍肉しにくからけなくなってしまった。かれがあわてている間隙かんげきに、もう一名いちめい郷士ごうしが、びついてたらどうなるか。
結果けっか明白めいはくである。
だが、のこった郷士ごうし一人ひとりは、さきっていたし、ちからたのほうが、悲惨ひさん最期さいごをとげたので、それも狼狽ろうばいしていた。
――れば、彼方かなたを、あしれた蟷螂かまきりのように、そのおとこはよろよろげてゆくのだ。城太郎じょうたろうは、それをて、自分じぶん狼狽ろうばいからうかびあがった。あしをふんがけて、脇差わきざしをひきいた。
てッ」
当然とうぜんいきおいである。
それにもうやぶれかぶれなもちもある。いかけざま一打ひとうちとしかけたのだった。すると、おつうが、むしゃりついてさけんだ。
「およしなさいっ。……およしなさい。げてものを! ……あんなにきずっているものを!」
そのこえの、骨肉こつにくかばうような真剣しんけんさに、城太郎じょうたろうはびっくりした。ここまで自分じぶんくるしめてものをなぜかばうのか、心理しんりうたがった。
「それよりも、種々くさぐさと、そののはなしがきたい。わたしもはなしたい。……城太じょうたさん、一刻いっこくもはやく、ここからげて」
――そうだ。
城太郎じょうたろうも、それには異議いぎがない。ここはもう讃甘さぬも山一重やまひとえだ。もし変事へんじありと、しもしょうにでもきこえたら、本位田ほんいでん縁類えんるいたちが、び、さとげて、襲撃しゅうげきしてることはれきっている。
けられるかい。おつうさん」
「ええ。だいじょうぶ!」
二人ふたりは、ずっと以前いぜんの、小娘こむすめ小童こわっぱころおもしながら、やみからやみへ、いきのきれるまでけた。