451・宮本武蔵「円明の巻」「風便り(5)(6)」


朗読「451円明の巻46.mp3」8 MB、長さ: 約 8分 30秒

佐用さよ部落ぶらくであろう、彼方むこうに、ひとつ、ポチとえる。
やまも、桑畑くわばたけも、河原かわらも、ただひろやみだった。――そして、今越いまこえてたうしろの三日月みかづきとうげも。
あしに、いしころをみ、みみ佐用川さよがわ水音みずおとくと、
「おい。てよ」
と、うしろの一人ひとりは、まえ二人ふたりびとめた。
その二人ふたりは、素縄すなわうしからげたおつうを、囚人しゅうじんのように、てていた。
「どうしたか、あとからくといったおばばが、まだやってぬ」
「ウム、そういえば、もういついてそうなものだが」
「きかぬでも、ばばのあしでは、間道かんどうのぼりが、ちとほねなのだろう。手間取てまどっているにちがいない」
「ここらで一休ひとやすみしていようか。――それとも佐用さよまでって、二軒茶屋にけんぢゃやでもたたいてつとするか」
「どうせつなら、二軒茶屋にけんぢゃや一杯いっぱいやっていようじゃないか。……こういうお荷物にもつっぱっていることだし」
で、その三名さんめい水明みずあかりをさぐって、浅瀬あさせえかけたときである。
「おおオいっ」
と、とおやみからこえがした。
って、
――はて?
みみましていると、二度にどめのこえは、よりちかく、オオーイとまたきこえた。
「おばばかな?」
「……いや、ちがう」
だれだろう」
おとここえだ」
「でも、おれたちんだのじゃあるまいが」
「そうだ。おれたちものはないはずだ。おばばが、あんなこえはずもなし」
あきみずは、刃物はもののようにつめたい。ざぶ、ざぶと、みずてられるおつうあしには、そのつめたさがなおさらむ。
と。うしろから。
タタタとはや跫音あしおとだった。みみにそれがわかったときは、もう、って何者なにものかのかげは、その三名さんめいそばをいきなり、
「おつうさん! ――」
と、さけびながら、水煙すいえんびせて、ざざざッと、むこきしまで一気いっきわたってしまったのである。
「――あっ?」
びた飛沫しぶき身振みぶるいしながら、三名さんめい郷士ごうしは、おつうかこんで、あさかわ立竦たちすくんでしまった。
さきけて、かわえた城太郎じょうたろうは、かれらのがろうとする河原かわら水際みずぎわちふさがって、
てっ」
と、両手りょうてひろげていた。
「や。なにやつだ。おのれは」
何者なにものでもよい。おつうさんを、何処どこれてゆくか」
「さては、おつうかえしにたな」
「いかにも」
「つまらぬところへでしゃばると、いのちがないぞ」
「おぬしらは、おすぎばばの一族いちぞくものであろう。おばばの吩咐いいつけだ。おつうさんをわしのわたせ」
なに。おばばの吩咐いいつけだと」
「おお」
うそをいえ」
郷士ごうしたちは、嘲笑あざわらった。

ろく

うそではない。これをよ」
城太郎じょうたろうは、ふさがったまま、鼻紙はながみいてある、ばばの手蹟しゅせきをつきつけた。
不首尾ふしゅび今更いまさらせんもなし
つう、ひとまず
じょう太郎たろうにかえし
わがれにかえ
るべくそうろう
「? ……。なんだこれは」
って、まゆをひそめた郷士ごうしたちは、城太郎じょうたろう姿すがたを、あしもとから見上みあげ、そのあいだに、れたあしみずからげて、河原かわらきしにかたまった。
たらわかるであろう。文字もじめぬのか」
「だまれ。このなかにある、城太郎じょうたろうとは、おのれとみえるな」
「そうだ。拙者せっしゃは、青木城太郎あおきじょうたろう
というと――
「あっ……城太じょうたさん!」
とつぜん、おつうが、絶叫ぜっきょうして、まえへのめりかけた。
先刻さっきから、彼女かのじょは、かれ姿すがた凝視ぎょうししていた。なかばはうたがい、なかばはおどろきにたれ、もがきをしていたが、城太郎自身じょうたろうじしんが、城太郎じょうたろう名乗なのったので、はっと、われをわすれた絶叫ぜっきょうたのであった。
「ア。さるぐつわがゆるんだぞ。なおしておけ」
と、城太郎じょうたろう応対おうたいしていた郷士ごうしは、うしろへいってまた、
「なるほど、これはおばばの筆蹟にはちがいないが、そのおばばが、わがれにかえさるべくそうろう――といているのは、どうした次第しだいか」
血相けっそういでめよると、城太郎じょうたろうは、
人質ひとじちってある」
と、まして、
「おつうさんをわたせば、おばばの居場所いばしょおしえてやる。いやおうか」
と、いった。
さてこそ、いくらおばばをっていてもあとからないはず――と、三名さんめい目顔めがお見合みあわせていたが、そういう城太郎じょうたろうのまだちちくさい年頃としごろ見縊みくびって、
「ふざけたことをもうすな。どこの青二才あおにさいらぬが、おれたちを、なんだとおもう。しもしょう本位田ほんいでんといえば、姫路ひめじ藩士はんしなら一応いちおうっているはず
面倒めんどういやおうか、それだけこう。いやというなら、おばばのは、ほうっておくまでのこと。やまじにさせるがよい」
「こいつ」
びかかって、一人ひとり城太郎じょうたろううでくびをり、一人ひとりつかをにぎって、かまえをせた。
「たわごともうすと、くびをたたきおとすぞ。おばばのを、どこへかくした?」
「おつうさんをわたすか」
わたさんっ」
「では、拙者せっしゃもいわん」
「どうしても」
「だから、おつうさんを、かえせ。そうすれば、双方怪我そうほうけがなくことはすむ」
「ちッ。この青二才あおにさい
じあげたをそのまま、足搦あしがらみにけて、まえたおそうとすると、
なにを」
城太郎じょうたろうは、反対はんたいに、かれちから利用りようして、そのおとこ肩越かたごしにげつけた。
しかし、途端とたんに、
「あっ……」
城太郎じょうたろうしりもちついて、みぎ太股ふとももおさえた。
げつけたおとこから、抜打ぬきうちに一太刀ひとたち、ぴゅっとねられたのである。