450・宮本武蔵「円明の巻」「風便り(3)(4)」


朗読「450円明の巻45.mp3」8 MB、長さ: 約 9分 12秒

さん

――こたえるはずもない。万兵衛まんべえはすでに、このいきをしていないのだ。
「……ア、あ?」
ばばは、いきんで、その万兵衛まんべえよこたわっているそばに、ぬっとえた人影ひとかげをこらした。
やいば。――ぬられたその太刀たち。ぎらりとげている。
「……た、たれじゃ?」
「…………」
だれじゃ。……を、かしおろう」
ばばは、かわいたこえ無理むりっていった。
このばばの、としがいもない虚勢きょせいと、恫喝どうかつするやまいは、いまなおまないものとみえる。――が相手あいてはそのれているものらしく、やみをうごかして、かすかにかたをゆすぶった。
「わしだよ。……おばば」
「え」
「わからないか」
わからぬ。いたこともないこえ物盗ものとりであろが」
「ふ、ふ、ふ。物盗ものとりなら、おぬしのような、貧乏婆びんぼうばばはつけぬ」
「なんじゃと。……では、わしにをつけてたとか」
「そうだ」
「――わしに?」
「くどい。万兵衛まんべえごときをるために、わざわざこの三日月みかづきまでってはぬ。おぬしにおもらせるためだ」
「ひぇっ」喉笛のどぶえやぶれたようなこえらして、ばばはよろめきながら、
人違ひとちがいじゃろが。おぬしはだれじゃ。わしは、本位田ほんいでん後家ごけ、おすぎというもの
「おう、そうくだに、なつかしやおれうらみ、いまはらしてやろうぞ。おばば! おれをだれおもう。この城太郎じょうたろうわすれたか」
「……げっ? ……じょ……城太郎じょうたろうじゃと」
三年さんねんたてば、嬰児あかごみっつになる。おぬしは老木ろうぼく、おれは若木わかぎのどくだが、もうおばばに、はなたらしあつかいにはなっておらぬぞ」
「……おう、おう。ほんにおことは、城太郎じょうたろうよのう」
「よくも、なが年月ねんげつ、お師匠ししょうさまをくるしめたの。武蔵むさしさまは、おぬしを年寄としよりおもえばこそ、相手あいてにならず、げまわっていた。――それをよいことにして、諸国しょこく江戸表えどおもてにまでて、あしざまにへいいらし、仇呼かたきよばわりをするのみか、御出世ごしゅっせみちさまたげおったな」
「…………」
「まだある。――その執念しゅうねんで、おつうさままでを、おりあるごとに、くるしめた。もうよいほどに、さとって、故郷こきょう引籠ひきこもったかとおもうていたら――なおも、麻屋あさや万兵衛まんべえ手先てさきに、あのおかたを、どうかしようとたくらんでおる」
「…………」
にくんでもきたらぬばばめ。一太刀ひとたちるのはやすいが、この城太郎じょうたろうも、いまでは浪々ろうろう青木丹左あおきたんざではない。ちち丹左たんざも、ようやくもと姫路城ひめじじょうへ、帰参きさんかなって、このはるからは、以前いぜんのとおり池田家いけだけ藩士はんし。……またぞろ、ちちに、るいおよぼしてはならぬゆえ、生命いのちだけはたすけておくが」
城太郎じょうたろうは、まえた。
たすけておくが――とはいったが右手めてげているしろやいばは、まださやかえってはいないのである。
「……?」
ばばは、一歩一歩後いっぽいっぽうしろ退がりながら、きょうかがっていた。

よん

すきたか、ばばは、杉林すぎばやし小道こみちへと、さっとはしりかけたが、やらじと城太郎じょうたろう一跳ひととびに、
何処どこへ」
と、そのくびおさえられ、くわっとくちひらくと、
なにしやるっ」
としこそれ、きかない気性きしょうが、はずみにて、きざま、脇差わきざし抜打ぬきうちに、城太郎じょうたろう脾腹ひばらよこはらった。
城太郎じょうたろうも、もう以前いぜんどもではない。退しりぞけながら、ばばのからだまえかえしていた。
「わ、わっぱッ。やりおったの」
くさむらのなかへ、くびっこみながら、彼女かのじょおめいた。あたまつちにぶつけても、彼女かのじょあたまのなかにある、小童こわっぱ城太郎じょうたろうという観念かんねんけなかった。
なにを」
と、城太郎じょうたろうわめいた。そしてめばれもしそうな、ばばのぼねへ、あしけ、するもなくぎゃくげてしまう。
かれもまた、かれである。そのばばががみを、あわれとている勘弁かんべんなどはないのだ。小童こわっぱ時代じだいけて、こそおおきくなったけれど、からだおおきくなったという事実じじつだけで、大人おとなになったとはだれにでもゆるせるものではない。
もう十八じゅうはちきゅう。よい若者わかものにはちがいないが、気持きもち多分たぶんにまだちちくさい。それに積年せきねんのうらみともいえる憎悪ぞうおつもつもってのことである。
「どうしてくれよう」
引摺ひきずってて、山神やまがみ御堂みどうまえにたたきつけ、なお、闘志とうしくさないほそからだまえながら、ころしてはまずいし、かしておくのもしゃくなこのばばの始末しまつにちょっと当惑とうわくした。
いや、それよりは、さきにおばばの指図さしずで、しもしょう屋敷やしきとかへ、手取てど足取あしどりしてった――おつうがなお、そうしているあいだあんじられるのだ。
そもそも――といえば、あまりに由来ゆらいでもありそうだが、おつう飾磨しかま染屋そめやにいることを、たまたまかれったわけは、かれちち丹左衛門たんざえもんともに、ちかくの姫路ひめじ定住ていじゅうしていたおかげであって、このあき浜奉行はまぶぎょうまで使つかいにることがしげく、その数度すうど往復おうふくのうちに、ふと垣間見かいまみて、
(よくひと――)
と、注意ちゅういしていたことから、こういう彼女かのじょにも、危急ききゅうにも、偶然ぐうぜん出会であったわけだった。
かみみちびきと、城太郎じょうたろうおもいがけない機縁きえん感謝かんしゃした。同時どうじに、おつうたいしての、くなきおばばが迫害はくがいを、骨髄こつずいからにくんで、わすれかけていた数々かずかず口惜くやしさまでをあらたにおもした。
(このばばをのぞかぬうちは、おつうさんは、安心あんしんしてはきてゆかれない)
かんがえ、一時いちじ殺意さついをさえおこしたが、折角せっかくちち丹左たんざ城下じょうか帰参きさんしたばかりでもあるし――元来がんらいうるさい山郷士やまごうし一族いちぞくなどと、ことかまえてはと――その程度ていどには大人おとならしくも思慮しりょして、とにかくうんと彼女かのじょらしめ、そしておつう無事ぶじすくえばよいとめているのだった。
「ウウム。いい隠居所いんきょじょがある。おばば、こうい」
城太郎じょうたろうは、彼女かのじょえりがみをつかんでたせようとしたが、ばばがべたりといてたないので、
面倒めんどう
と、かかえて、御堂みどううらけてった。
そこに、このほこらてるときに、いだがけ断面だんめんがあり、そのしたに、やっと人間にんげんって出入でいりできるくらいな洞穴ほらあながあった。