446・宮本武蔵「円明の巻」「円(3)(4)」


朗読「446円明の巻41.mp3」12 MB、長さ: 約 10分 17秒

さん

軒並のきならしずまっていた。昼見ひるみ大津絵屋おおつえやも、混雑こんざつ旅籠屋はたごやも、くすり看板かんばんも、しまって、ひとなき深夜しんや往来おうらいは、ただつきばかりがおそろしくしろい。
大津おおつまち
そこも、またたくぎて。
みちは、のぼりになる。三井寺みいでら世喜寺せきでらやまには、ひっそり夜霧よぎりがかぶっていた。ひとまれだ。ほとんどない。
やがて、とうげうえた。
「…………」
さき愚堂ぐどうちどまっている。又八坊またはちぼうなにはなしかけ、つきあおいで一息ひといきついている姿すがただった。
もう、きょうした振返ふりかえれば、琵琶びわうみもひとめのたかさ。けれど、一輪いちりん月以外つきいがいは、一色いっしょくである。雲母光きららびかりの夜霧よぎりうみである。
武蔵むさしは、一足遅ひとあしおくれて、そこへのぼってた。はからずも、愚堂ぐどう又八またはちが、あしめていたので、そのかげ間近まぢかもし――さきからもられて、なにがなし、ぎくとした。
愚堂ぐどう無言むごん
武蔵むさし無言むごんだった。
しかし、こうひとみったのはじつ何十日目なんじゅうにちめか。
武蔵むさしは、咄嗟とっさに、
いま――」
と、おもった。
京都きょうとはもうそこだ。妙心寺みょうしんじ禅洞ぜんどうふかくかくれてしまわれたら、ふたたびまた、幾十日いくとおかったら禅師ぜんじせっするおりがあるかわからない。
「……もしっ!」
かれは、ついさけんだ。
だが、あまりにおもいつめていたので、そのおもいに、肋骨あばらはふくらみ、こえはつまって、おやに、いいにくいことをいおうとするおそれにもて、おずおずと、まえるにも、あしすくみがちだった。
「……?」
なんだ――。ともいてくれないのだ。
まるで乾漆かんしつ出来できてるような愚堂ぐどうかおから、だけがしろく、それをにくむかのようにするどく、武蔵むさしかげつめるだけだった。
「もしっ。和上わじょうっ……」
二度目にどめにさけんだときは、武蔵むさしはもう前後ぜんごわきまえなかった。ただくるしむのかたまりのようにまろんでって、愚堂ぐどうあしもとへ、
一言ひとことっ。一言ひとことを! ……」
とのみいったきりで、大地だいちおもてせていた。
そしてじっと――武蔵むさし全身ぜんしんでそのひと一言ひとことっていたが、いつまでも、じつにいつまでも、こたえはなかった。
武蔵むさしちきれず、こよいこそは、抱懐ほうかい疑義ぎぎただそうものと、いいかけると、
いておる」
愚堂ぐどうはじめて、くちひらいて、
又八坊またはちぼうから、毎晩まいばんのように、いておるので万承知まんしょうちじゃ。……女子おなごのことも」
おわりの一句いっくに、武蔵むさしは、みずをかけられたここちだった。おもてずにいた。
又八またはち棒切ぼうきれをせ」
愚堂ぐどうはいって、かれひろった棒切ぼうきれをうけった。武蔵むさしは、頭上ずじょうさが三十棒さんじゅうぼう観念かんねんして、をふさいでいたが、ぼうかれこうべにはないで、かれしているそとを、ぐるりとけてまわった。
愚堂ぐどうは、ぼうさきで、おおきなまるえがいたのである。――そのまるなかに、武蔵むさし姿すがたった。

よん

こう」
と、ぼうてた。
そして愚堂ぐどうは、又八またはちをうながして、すたすたあゆった。
武蔵むさしはまたも、のこされた。岡崎おかざき場合ばあいとちがって、ここにいたると、かれ憤然ふんぜんとした。
数十日すうとおかのあいだ、真心まごころと、惨憺さんたんたる苦行くぎょうをこめて、おしえをおうとする末輩まっぱいに、あまりにも、慈悲じひがない。無情酷薄むじょうこくはくだ。いや、ひとをもてあそびすぎる!
「……くそ坊主ぼうずめ」
彼方かなたをにらんで、武蔵むさしは、くちびるいしばった。いつか、無一物むいちぶつなどといったのは、絶無ぜつむ頭脳あたまを――しんからからッぽの頭脳ずのうを、さもなにかありそうにせかける坊主常習ぼうずじょうしゅう似非えせのことばなのだ。
「ようし、みておれ」
もうたのまぬとおもった。たのがあるとおもったのが不覚ふかくくやまれもする。自力じりき――以外いがいみちはないのだ。さもあらばあれ、かれひと自分じぶんひと無数むすう先哲せんてつもみな人間にんげん。――もうたのむまい。
ぬッとった。いかりがたせたようにった。
「…………」
そしてなお、つき彼方かなたを、めつけていたが、ようやく、ひとみほのおめてくると、はおのずから、自分じぶん姿すがたあしもとへもどってる。
「……や?」
かれは、その位置いちのまま、めぐらした。
まるすじのまんなかに、っている自分じぶん見出みいだしたのである。
――ぼうを。
と、先刻さっき愚堂ぐどうがいっていたのがおもされた。そのぼうさきにあてて、なにか、自分じぶん周囲しゅういせまったとおもったが、このまるせんいていたのか――とはじめていまがつく。
なんまる?」
武蔵むさしは、その位置いちから、一寸いっすんうごかずかんがえた。
まる――
まる――
いくらていても、まるせんはどこまでもまるい。てなく、屈折くっせつなく、窮極きゅうきょくなく、まよいなくまるい。
このまるを、乾坤けんこんにひろげてみると、そのまま天地てんち。このまるちぢめてみると、そこに自己じこ一点いってんがある。
自己じこまる天地てんちまる。ふたつのものではありない。ひとつである。
――ばっ!
と、武蔵むさしは、みぎ一刀いっとうはらい、まるなかって凝視ぎょうしした。影法師かげぼうしは、片仮名かたかなのオののようなかたちうつったが、天地てんちえんは、げんとして、えんくずしてはいない。ふたつのことなったものでないからには、自己じこからだおなであるが――ただ影法師かげぼうしちがったかたちとしてうつる。
かげだ――」
武蔵むさしは、そうた。かげ自己じこ実体じったいでない。
づまったとかんじている道業どうぎょうかべもまた、かげであった。づまったとまよこころかげだった。
「えいッ――」
と、くう一颯いっさつした。
左手ひだりてに、短剣たんけんはらったかげかたちかわってえるが、天地てんちかたちはかわらない。二刀にとう一刀いっとう――そしてえんである。
「ああ……」
まなこひらけたようだった。あおぐと、つきがある。大円満だいえんまんつきは、そのままつるぎすがたとも、あゆこころたいとしてもることができた。
「オオ! ……。和上わじょうっ!」
武蔵むさしはふいに、疾風しっぷうのようにした。愚堂ぐどうあといかけて。
だがもうなにを、愚堂ぐどうもとめるもなかった。ただ、一時ひとときでも、うらんだびをいいたかったのだ。
――しかし、おもとどまった。
「それも、枝葉えだは……」
と。そして、蹴上けあげあたりに、茫乎ぼうとしてたたずんでいるに、きょう町々まちまち屋根やね加茂かもみずは、きりそこからっすらとけかけてた。