443・宮本武蔵「円明の巻」「苧環(7)(8)」


朗読「443円明の巻38.mp3」10 MB、長さ: 約 8分 47秒

なな

危惧きぐった。――とにかく一応いちおうそうえた。
亘志摩わたりしまから、三宅軍兵衛みやけぐんべえとそのほかものを、紹介ひきあわせると、軍兵衛ぐんべえも、
「どうか、一昨夜いっさくやのことは、みずながして」
と、門人もんじんしゃし、それからは隔意かくいもなく、武辺ぶへんばなしや、世間せけんばなしに、にぎわった。
武蔵むさしが、
東軍流とうぐんりゅうという御流名おりゅうめいは、めったに、世間せけんにも、同流どうりゅうかけぬようにぞんずるが貴方あなた御創始ごそうしか」
と、うと、
「いや、てまえの創始そうしではござらぬ」
と、軍兵衛ぐんべえがいう。
「てまえのは、越前えちぜんひと川崎鑰之助かわさきかぎのすけもうし、上州白雲山じょうしゅうはくうんさんこもって、一機軸いちきじくひらいたと、伝書でんしょにはあるなれど、じつ天台僧てんだいそう東軍坊とうぐんぼうなるひとから、わざまなんだものらしゅうござる」
と、武蔵むさし姿すがたを、あらためて、しげしげ見直みなおしながら、
「かねて、お名前なまえだけをいておったかんじでは、もっと、御年配ごねんぱいかとぞんじていたが、おわかいので、意外いがいでござった。――これを御縁ごえんにぜひ一手いって御指南ごしなんにあずかりたいが」
と、せまった。
武蔵むさしは、
「いずれおりもあらば……」
と、かるくかわし、
道不案内みちふあんないゆえ」
と、志摩しま挨拶あいさつしかけると、いやいやまだおはやい、かえりはだれか、まちくちまでおおくりさせる――とめて、軍兵衛ぐんべえがまた、
じつ其許そこもとのために、門人もんじんふたりが矢矧やはぎはしもとで、られたといたとき、てまえもけつけて、その死骸しがいたのであったが――ふたつの死骸しがい位置いちと、二人ふたりのうけた刀痕とうこんとに、どうも合致がっちせぬ不審ふしんがあったのでござる。……で、かえった門人もんじんのひとりにただすと、よくはえなかったが、たしかに、其許そこもとにはりょうに、同時どうじかたなられたらしいとのもうて。さすれば、にもめずらしい御流儀おりゅうぎじゃ。二刀流にとうりゅうとでもいうのでござるかな?」
武蔵むさしは、微笑びしょうしていう。自分じぶんはまだかつて、意識いしきして二刀にとうもちいたことはない。いつも一体一刀いったいいっとうのつもりである。いわんや、二刀流にとうりゅうなどと自分じぶんからとなえたことなどは、今日きょうまでないことである。
しかし、軍兵衛ぐんべえたちは、
「いや、御謙遜ごけんそんを」
と、承知しょうちしない。
そして、二刀にとうほうについて、いろいろな質問しつもんし、いったいどういう習練しゅうれんをし、どれほどな力量りきりょうがあったら、二刀にとう自由じゆう使つかいこなせるものか――などと幼稚ようちなことを臆面おくめんもなくいてくる。
武蔵むさしは、かえりたくてたまらなかったが、こういうひとたちにかぎって、その質問しつもん満足まんぞくないと、かえしそうもないので、ふと、とこてかけてあるちょう鉄砲てっぽうをとめて、あれを御拝借ごはいしゃくできようかと、あるじ亘志摩わたりしまへいった。

はち

あるじゆるしをて、武蔵むさしは、とこから二挺にちょう鉄砲てっぽうって、中央ちゅうおうにすすんだ。
「……はて?」
なにをするのかと、人々ひとびとあやしみながらまもった。二刀にとうについての質問しつもんを、二挺にちょう鉄砲てっぽうで、どうこたえるつもりかと。
武蔵むさしは、鉄砲てっぽうつつのほうを、左右さゆうに、ちながら、片膝かたひざて、
二刀にとう一刀いっとう一刀いっとう二刀にとう左右さゆうはあるもからだ一体いったい。すべてにおいて、道理どうりにふたつなく、窮極きゅうきょくにおいては、何流何派なにりゅうなにはといえどかわりのあるわけはござらぬ。――それをにおもうそうならば」
と、両手りょうてにぎった鉄砲てっぽうしめし、
御免ごめん
といったかとおもうと、にわかに、矢声やこえをかけて、その二挺にちょうをぶんぶんとまわした。
すさまじいかぜおこって、武蔵むさしひじえが二挺にちょう鉄砲てっぽううずは、さながら苧環おだまきめぐるようにえた。
「…………」
なにがなし人々ひとびとは、をのまれて、おもてしらわたってしまった。
武蔵むさしは、やがてぐ、ひじおさめて、鉄砲てっぽうもと位置いちへもどすと、そのに、
失礼しつれいいたした」
と、微笑びしょうせたのみで、二刀にとうほうについては、なに説明せつめいらしい説明せつめいもせず、そのまませきして、かえってしまった。
られたままわすれてしまったものか、おかえりにはだれけておくらせる――といったはずだがかれもんっても、おくってものはない。
そのもんを、くと――
颯々さっさつすみのような松風まつかぜなかに、なにやら無念むねんのこしているような、客間きゃくまかすかにまたたいていた。
「…………」
武蔵むさしは、なにやらほっとした。白刃はくじんかこみをだっしたよりも、こよいのもん虎口ここうだった。かたちのない、底意そこいれない相手あいてだけに、かれじつは、用意よういするさくもなかったのであった。
それにしても人々ひとびと武蔵むさしられ、また、事件じけんかもしたからには、もう岡崎おかざきにも長居ながいはならない。こよいのうちにもたち退くのが賢明けんめいだが――
又八またはちとの、約束やくそくもあるし、どうしたものか?」
ひとあんじながら、松風まつかぜやみを、あるいてると、岡崎おかざきまちが、街道かいどう突当つきあたりに、ちらとしてころ路傍ろぼう辻堂つじどうから、
「おお武蔵むさしどの。――又八またはちだ。心配しんぱいしながら、っていたのだ」
おもいがけなく、その又八またはちが、こえをかけて、無事ぶじよろこんだ。――が、
「どうして、此処ここへ」
と、武蔵むさしうたがう。
しかしふと、辻堂つじどうえんに、こしかけている人影ひとかげづくと、かれ又八またはちから仔細しさいいているいとまもなくすすめて、
禅師ぜんじではございませぬか」
と、その脚下きゃっかぬかずいた。
愚堂ぐどうは、かれに、まなこをそそいで、ややしばらくのいてから、
ひさしいのう」
といった。
武蔵むさしも、おもてげ、
「おひさしゅうござりました」
と、おなじことをいった。
だが、その簡単かんたん言葉ことばのなかに、万感ばんかんがこもっていた。
武蔵むさしっては、自分じぶん近来きんらい突当つきあたっている無為むいから自分じぶんすくってくれるものは、沢庵たくあんか、このひとしかないと、ちにっていたその愚堂和尚ぐどうおしょうであったから、あたかも、闇夜やみよつきあおいだように、愚堂ぐどう姿すがたあおいだのであった。