441・宮本武蔵「円明の巻」「苧環(3)(4)」


朗読「441円明の巻36.mp3」12 MB、長さ: 約 10分 47秒

さん

――それから、武蔵むさしも、つねあしどりで、ただ欄干らんかんいながら、大橋おおはしわたってったが、なんことおこってない。
しばらくのあいだものあればつように、たたずませていたが、かわったこともなかった。
いえかえってかれねむった。
すると、翌々日よくよくじつ
無可先生むかせんせいとして、手習てならなかじって、自分じぶん一脚いっきゃくつくえり、ふでって習字しゅうじしていると、
「ごめん――」
軒端のきばからさしのぞいて、おとずれたさむらいがある。二人ふたりづれだ。せま土間口どまぐちは、子供こども穿物はきものだらけなので、そういってから、木戸きどもないうらほうまわってて、縁先えんさきった。
「――無可むか殿どの御在宅ございたくだろうか。それがしどもは、本多家ほんだけ家中かちゅうで、さるおひと使つかいとしてまいったのだが」
子供こどもらのなかから、武蔵むさしは、かおをあげて、
無可むかは、わたしですが」
尊公そんこうが、無可むか仮名かめいしおる、宮本武蔵みやもとむさしどのか」
「え」
「おかくしあるな」
「いかにも武蔵むさし相違そういござらぬが、お使つかいのおもむきは」
はん侍頭さむらいがしら亘志摩わたりしまどのをごぞんじあろうが」
「はて。ぞんらぬおひとでござるが」
先様さきさまでは、ようっておいでられる。其許そこもとには三度さんどほど、当岡崎とうおかざき俳諧はいかいせきかおされたであろうが」
ひとさそわれて、俳諧はいかい寄合よりあいまいりました。無可むかは、仮名かめいあらず、俳諧はいかいせきでふとおもってつけた俳号はいごうでござる」
「あ。俳名はいめいか。――それはまあなんでもよろしいが、亘殿わたりどのも、俳諧はいかいこのまれ、家中かちゅう吟友ぎんゆうおおい。一夜いちやしずかにおはなしもうしたいとおおせでござるが、おたまわろうか」
俳諧はいかいのおまねきなれば、ほかにふさわしい風流者ふうりゅうしゃがござろう。まぐれに、当地とうち俳莚はいえんへ、さそわれたことはあるものの、生来せいらい雅事がじかいさぬ野人やじんでござれば」
「あいや。なにも、俳莚はいえんひらいてをひねろうというのではない。亘殿わたりどのには、仔細しさいあって、其許そこもとっておられる。――でいたいというのが趣旨しゅし。また、武辺ぶへんばなしなど、きもし、はなしもしたし――というのであろうとぞんぜられる」
手習子てならいこたちはみなやすめて、先生せんせいかおにわっている二人ふたりさむらいかおとを、心配しんぱいそうに見較みくらべていた。
武蔵むさしは、だまって、そこから縁先えんさき使つかいを、正視せいししていたが、かんがえをめたものとみえ、
「よろしゅうござる。おまねきにあまえて参堂さんどういたそう。して、は」
「おさしつかえなくば、今夕こんゆうにでも」
亘殿わたりどののおやしきは、どのへん?」
「いや、おくださるとあれば、その時刻じこくに、かごけて、おむかえにまいろう」
しからば、おちする」
「では――」と、使つかいの二人ふたりは、かおあわせて、うなずきをわしながら、
「おいとましよう。――武蔵むさしどの、御授業ごじゅぎょうなか失礼しつれいした。では相違そういなくその時刻じこくまでにお支度したくおきを」
と、かえってった。
筆屋ふでや女房にょうぼうは、となり台所だいどころから、かおして、不安ふあんそうにのぞいていた。
武蔵むさしきゃくかえると、
「これこれ、ひとのはなしにをとられて、やすめていてはいかんな。さ、勉強べんきょうせい。先生せんせいもやるぞ。ひとのはなしも、せみこえも、みみにはいらぬまでやるのだ。ちいさいときなまけていると、この先生せんせいみたいに、おおきくなっても手習てならいしていなければならんぞ」
すみだらけな、子供こどもたちのかおを、まわしてわらいながらいった。

よん

黄昏たそがれ――
武蔵むさし身支度みじたくしていた。
はかまけて。
「よしたがよい。なんとかいうて、ことわりなされたほうが……」
そのあいだとなりのかみさんは、縁先えんさきめていた。ては、かぬばかりに。
だが、ほどなく、むかえのかご露地口ろじくちてしまった。のような町駕まちかごではない。輿こし塗籠ぬりかごである。それにけさの侍二名さむらいにめい小者こもの三人さんにんほどいて。
何事なにごとやらん――と近所きんじょ界隈かいわいをそばだてた。かごのまわりに人立ひとだちがした。武蔵むさしさむらいたちにむかえられてそれへると、寺子屋てらこやのお師匠ししょうさんはえらい出世しゅっせをなさったと、まことしやかにもううわさするものがある。
子供こどもらは子供こどもらをあつめて、
先生せんせいはえらいんだぞ」
「あんなおかごは、えらいひとでなければ、れないよ」
「どこへくんだろ」
「もうかえらないのかしら」
駕戸かごとをおろすと、さむらいは、
「こら、退退け」
さきはらって、
「いそげ」
と、駕仲間かごちゅうげんへいった。
そらあかかった。まちのうわさは夕焼ゆうやけめられている。ひとったあとへ、となりのかみさんは、うりたねやら、ふやけためしつぶのじっている汚水おすいきちらした。
ところへ。
わか弟子でしれたぼうさんがそこへた。法衣ほうえてもすぐわかとお禅家ぜんけ雲水うんすいさんである。油蝉あぶらぜみみたいなくろ皮膚ひふをし、まなこというのか、のくぼがくぼんでいて、たか眉骨まゆほねしたから、ひとみがぴかぴかしている。四十よんじゅうから五十ごじゅうぐらいなあいだ年齢ねんれいであろう。こういう禅家ぜんけひと年齢ねんれいは、凡眼ぼんめではよくわからない。
からだは、づくりで、贅肉ぜいにくすこしもない。せッぽちなのだ。しかし、こえふとい。
「おい。おい」
れている白瓜しろうりみたいな弟子でし振顧ふりかえって、
又八またはちとやら。おい又八坊またはちぼう
「はい、はい」
そこらの軒並のきならびをのぞあるいて、うろついていた又八坊またはちぼうは、蒼惶そうこうとして、油蝉あぶらぜみのようなかおした雲水うんすいさんのまえて、つむりげた。
わからないのかい」
「ただいま、さがしております」
「おまえ、一度いちども、たことはないのか」
「はい。いつも、やまあしはこんでくれますのでつい」
いてみなさい。そのへんで」
「は。そういたしましょう」
又八坊またはちぼうは、あるきかけるとぐ、もどってて、
愚堂ぐどうさま。愚堂ぐどうさま」
「おい」
わかりました」
わかったか」
「ついそこの、まえ露地口ろじぐちに、看板かんばんいたってございました。――童蒙どうもう道場どうじょう、てならいしなん、無可むかと」
「ウむ。そこか」
「おとずれてみましょう。愚堂ぐどうさまには、ここでおくださいますか」
なに。わしもまいろうよ」
おとといのよる武蔵むさしとあんなはなしをしてわかれたので、きのうも今日きょうも、どうしたかとにかけていた又八またはちに、きょうはおおきなよろこびがってた。
ちかねていた――二人ふたりしてしょくのぞむようにっていた東寔とうしょく愚堂和尚ぐどうおしょうが、ふらりと、たびよごれのまま、八帖寺はちじょうじえたのである。
さっそく、又八またはちから、武蔵むさしのことをつたえると、和尚おしょうはよく記憶きおくしていて、
ってやろう。んでい。いやかれももうひとかどのおとこ。こちらから出向でむいてこう」
と、八帖寺はちじょうじでは、わずかの休息きゅうそくをしたきりで、又八またはち案内あんないに、まちりてたのだった。