439・宮本武蔵「円明の巻」「無為の殻(3)(4)(5)」


朗読「439円明の巻34.mp3」13 MB、長さ: 約 14分 43秒

さん

小屋こやなかは、おおくて」
又八またはちやりをきつづけていたが、えられないをしていった。
武蔵むさしどの、そとようか。そとにもいるが、すこしは……」
と、いうあいだも、をこすっていた。
「うむ、どこでも」
武蔵むさしさきた。こうしておとずれるたびに、すこしでも、又八またはちこころなに不足ふそくしてければ、かれこころもちはむのだった。
本堂ほんどうまえこう」
深夜しんやなので、そこはだれもいなかった。大扉おおどまっている。かぜもよくとおる。
「……七宝寺しっぽうじおもすなあ」
階段かいだんあしし、えんこしをかけながら、又八またはちはつぶやいた。二人ふたりかおをあわせたときなんぞといえば、くさはなしからでも、すぐ故郷ふるさとおもくちるのだった。
「……うむ」
武蔵むさしにもおなおもがわいていた。けれど、それからは、二人ふたりとも、だまって、おもいをくちさなかった。
何時いつものことである。
故郷ふるさとのはなしがれば、それにつれて、おつうのことが、二人ふたり念頭ねんとううかんでくる。また、又八またはちははのことやら、にが数々かずかず記憶きおくが、いま友情ゆうじょうをみだしてる。
いまでは、又八またはちも、それをおそれるふうであった。武蔵むさしも、いわずかたらず、けていた。
――だが、そのばんにかぎって、又八またはちは、もっとそれについてはなしたいようなかおつきで、
七宝寺しっぽうじのあるやまは、ここよりもたかかったな。ちょうどふもとには、矢矧川やはぎがわおなじように、吉野川よしのがわながれていた。……ただここには、千年杉せんねんすぎがない」
武蔵むさし横顔よこがおを、そういいながらつめていたが、突然とつぜん
「なあ、武蔵むさしどの。いつかいおう、いつかたのもうとおもっていたが、つい、いいしかねていたが、おぬしにぜひ承知しょうちしてもらいたいことがあるのだ。いてくれるか」
「わしに? ……はて。なにをだ? ……。いってみい」
「おつうのことだが」
「え」
「おつうをっ……」
というさきに、感情かんじょうのほうが、したからんでしまった。そしては、きそうになっていた。
武蔵むさしかおいろもうごいていた。おたがいにれまいとしていたものを、又八またはちからきゅうにいいされて、咄嗟とっさ、その意志いしはかりかねたのだった。
「おれとおぬしとは、こころうて、こうしてひとよるかたったりしているが、あのおつうは、どうしてるだろう。――いやどうなってくだろう。このごろ、ときどきおもしては、まないとこころびているのだ」
「…………」
「よくもおれは、長年ながねんあいだ、おつうくるしめたものだった。一頃ひところは、おにのようにまわし、江戸えどではひといえにおいたこともあるが、けっしておれにこころはゆるさない。……かんがえてみれば、せきはらいくさあとから、おつうは、おれというえだからはなれてちたはなだ。いまのおつうは、べつなつちから、べつなえだいているはなだ」
「…………」
「おい武蔵たけぞうっ。いや武蔵むさしどの。……たのむから、おつうもらってやってくれ。おつうすくってやるものはおぬししかないぞ。……それも、以前もと又八またはちだったら、金輪際こんりんざいこんなことはいいもしないが、おれはこれからいままでの取返とりかえしを、沙門しゃもん弟子でしになってやろうとおもさだめたところだ。もうきれいにあきらめた。……だがまた、がかりにもなるのだ。……たのむから、おつうをさがしして、おつうのぞみをかなえてやってくれい」

よん

そのばん。――もうけきった丑満うしみつころ
黙々もくもくと、松風まつかぜやみを、八帖はちじょう山門さんもんから、ふもとりて武蔵むさし姿すがたられる。
うでこまねいて。
俯向うつむいて。
かれ自分じぶんでいうところの無為むい空虚うつろなやみがあしもとにもまつわっているようなあゆみで――。
いま本堂ほんどうわかれて又八またはち言葉ことばが、まつかぜにあらわれても、いつまでも、みみからはなれなかった。
――たのむから、おつうを。
と、真剣しんけんでいった又八またはちのあのこえである、かおつきである。
自分じぶんへそういった又八またはちも、いいすまでには、幾夜いくよとなく、もだえたであろう。くるしかったであろう。――とおもいやられる。
だが、より以上いじょう見苦みぐるしいまよいと、苦悶くもんとは、かえって自分じぶんにあることを、武蔵むさしいなめなかった。
……たのむから!
あわさないばかりにいってしまった又八またはちは、それまでの、日夜にちやほのおからのがれて、あとかえって、解脱げだつのすずしさに、きぬれて、かなしみと法悦ほうえつとの、ふたつのふしぎなうずきのなかに、ほかのいを、胎児たいじのように、いまさぐっているもちであろう。
又八またはちが、めんむかって、それをいいしたとき武蔵むさしは、
(それは出来できない!)
ともいいれなかった。
(おつうを、つまにもつはない。以前いぜんは、おぬしの許嫁いいなずけだ。懺悔ざんげと、真心まごころしめして、おぬしこそ、おつうとのなかりもどせ!)
とは、なおさら、いわれなかった。
では、なんといったか。
武蔵むさしは、始終しじゅうなにもいわなかったのであった。
なにをいおうとしても、自分じぶんのことばは、うそになるからだった。
といってむねそこわだかまっている本当ほんとうらしいことは、自分じぶんかえりみて、いえもしなかったからである。
それにひきかえて、今夜こんや又八またはちは、必死ひっしだった。
つうのことからして、解決かいけつしておかなければ、沙門しゃもん弟子でしになっても、ほかの修行しゅぎょうもとめても、一切いっさいなものになるから。
――というのだった。
そしてまた、
(おぬしがおれに修行しゅぎょうをすすめたのではないか。それほど、おれを友達ともだちおもってくれるなら、おつうすくってやってくれ。それはおれをすくってくれることにもなるんじゃないか)
と、七宝寺時代しっぽうじじだいおさ友達ともだちころ口調くちょうそのままになって、てはおいおいといていったのである。
武蔵むさしは、かれのその姿すがたに、
よっツか、いつツのころからているが、こんな純情じゅんじょうおとことはおもわなかった――)
と、こころのうちで、その必死ひっしげんたれるとともに、
(おのれのみにくさ。おのれのまよい……)
とわがをさえはずかしくおもってわかれてしまったのであった。
わかれるとき又八またはちが、たもとをつかんで最後さいごのようになおいったおり――武蔵むさしはじめて、
(……かんがえておく)
といったが、又八またはちがなお、すぐ返辞へんじをともとめてやまないのでついに、
かんがえさせてくれ)
と、からくも、一時いちじのがれをいいのこして、山門さんもんたのだった。
――卑怯ひきょうもの!
武蔵むさし自分じぶんののしりながら、しかもいよいよ、無為むいやみからけられない、この日頃ひごろ自分じぶんをあわれにながめた。

無為むいくるしさは、無為むいもだえるものでなければわからない。安楽あんらく皆人みなひとねがうところだが、安楽安心あんらくあんしん境地きょうちとはおおいにちがう。
なさんとして、なにもできないのである。みどろにもがきながらも、あたまもうつろにほうけたここちである。やまいかというに、肉体にくたいにはかわりはない。
かべあたまをぶつけ、退くに退けず、すすむにすすめない。にッちもさッちもかない空間くうかんしばられて、てもないここちがする。そのてに、われをうたがい、われをさげすみ、われにく。
――あさましやおのれ。
武蔵むさしは、憤怒ふんぬしてみる。あらゆる反省はんせい自己じこへそそいでみる。
が、どうにもならないのだ。
武蔵野むさしのから、伊織いおりて、権之助ごんのすけにわかれ、また、江戸えど知己ちきすべてと袂別べいべつして、かぜのようにったのも、薄々うすうす、この前駆的症状ぜんくてきしょうじょう自分じぶんでもかんじていたので、
――これではならじ。
と、まっしぐらに、そのからやぶってたつもりではなかったか。
そして半年以上はんとしいじょうがついてみれば、やぶったはずからは、依然いぜんとして空虚うつろ自分じぶんつつんでいる。あらゆる信念しんねん喪失そうしつしかけて空蝉うつせみにも自分じぶんかげが、今宵こよいもふわふわとくらかぜなかあるいている。
つうのこと。
又八またはちのいったことば。
そんなことすら、いまかれには、解決かいけつがつかないのだ。かんがえても、かんがえても、まとまらないのであった。
矢矧やはぎがわみずひろえてた。ここへると、夜明よあけのように仄明ほのあかるかった。編笠あみがさに、川風かわかぜがびゅっとってく。
そのつよ川風かわかぜのなかにまぎれて、なにか、ぴゅるウん――とうなってかすめたものがあった。武蔵むさしのからだを、五尺ごしゃくとはらない空間くうかんをつきつらぬいてったのであったが、武蔵むさしかげは、よりはやかったとおもわれるほど、すでにそのへん地上ちじょうにはえなかった。
ぐわうん、と矢矧川やはぎがわ同時どうじった。鉄砲てっぽう音波おんぱ相違そういなかった。よほど火力かりょくのある強薬ごうやく遠方えんぽうからったものだという証拠しょうこは、たまうなりと音響おんきょうのあいだに、いきふたうほどな時間じかんがあったのでもわかった。
武蔵むさしは? ――と、れば、矢矧やはぎ橋桁はしげたかげへと、いちはやくんで、蝙蝠こうもりがとまったように、ぺたとかがめていたのである。
「……?」
となり筆屋ふでや夫婦ふうふが、いつもんでいっている言葉ことばおもされた。――しかし武蔵むさしには、この岡崎おかざきに、自分じぶん敵視てきしするものがあることさえ不思議ふしぎだった。何者なにものなのか、おもせないのである。
そうだ。
今夜こんやはそれをひと見届みとどけてやろうか。橋桁はしげたりつけた途端とたんに、かれかんがえていたことだった。――で、いつまでも、いきをこらしてじっとしていた。
だいぶがあった。そのうちに、三人さんにんおとこ八帖はちじょうおかほうからまつみたいにかぜかれてけてた。そしてあんのじょう、武蔵むさし最前立さいぜんたっていたへん地上ちじょうをしきりに見廻みまわしている様子ようすなのだ。
「はてな」
えんなあ」
「もすこし、橋寄はしよりのほうではなかったろうか」
すでに、狙撃そげきまとは、死骸しがいになってたおれているものとかんがえて、火縄ひなわて、鉄砲てっぽうだけをって、やってたらしいのである。
鉄砲てっぽう真鍮巻しんちゅうまきが、ピカピカひかってえる。それは戦場せんじょうしても立派りっぱものだった。かかえこんでいるおとこも、ほかのふたりのさむらいも、くろをして眼元めもとだけしかしていなかった。