425・宮本武蔵「円明の巻」「春・雨を帯ぶ(1)(2)」


朗読「425円明の巻20.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 58秒

はるあめ

いち

とりおとも、くところくところによってちがう。また、ひとこころによってもちがう。
高野こうやおく高野杉こうやすぎには、天上てんじょうとりという頻伽びんがこえが、みぬいている。ここでは、下界げかいでいうも、ひよどりも、あらゆる雑鳥ざつとり一様いちよう迦陵頻伽かりょうびんがのさえずりであった。
縫殿介ぬいのすけ
「はあ」
「……無常むじょうだなあ」
迷悟めいごはしとかいうばしうえたたずんで、老武士ろうぶしは、とも縫殿介ぬいのすけという若党わかとうかえりみた。
どこの田舎いなか武士ざむらい。――一応いちおうはそうとしかえない手織木綿ておりもめん羽織はおり野袴のばかまという旅拵たびごしらえ。――けれど大小だいしょうぬけていい。立派りっぱ差料さしりょうである。それから供人ともびと縫殿介ぬいのすけなる若党わかとうこつもよく、いわゆる雑人ぞうにんのしたわた奉公人ぼうこうにんとはちがって、子飼こがいからのしつけがみえる。
「――たか。織田信長公おだのぶながこうのおはか明智光秀あけちみつひでどののおはか、また石田三成いしだみつなりどのや、金吾中納言きんごちゅうなごこんさまや、こけむしたふるいしには、源家みなもとけ人々ひとびとから平家へいけともがらまで。……ああ数知かずしれぬこけ人間にんげんが」
「ここでは、てき味方みかたもございませぬな」
一様いちようみなじゃくたるひとつのいしでしかない。さしもの上杉うえすぎ武田たけだゆめのような」
へんがいたしまする」
「どういう心地ここちがするの?」
なんだか、世間せけんのことがすべて、ありえないうそのような」
「ここがうそか。世間せけんうそか」
「わかりません」
だれがつけたか、おくいん外院げいんとの、ここのさかいを、迷悟めいごはしとは」
「うまくつけましたな」
まよいもじつさとりもしん。わしはそうおもう。うそたら、このはないからな。――いや御主君ごしゅくん一命いちめいをさしげている侍奉公さむらいぼうこうには、かりそめにも虚無観きょむかんがあってはなるまい。わしのぜんは、ゆえに、活禅かつぜんだ。娑婆しゃばぜんだ、地獄禅じごくぜんだ。無常むじょうにおののき、いとこころがあって、さむらい奉公ほうこうろうか」
といって、老武士ろうぶしは、
「わしはこっちへわたる――さあ、もと世間せけんいそごうぞ」
あしはやめてさきつ。
としのわりにあしたしかである。えりくびにかぶとしころらしいあともみえる。山上さんじょう名所めいしょ堂塔どうとうもすでに一巡いちじゅんし、おくいん参詣さんけいもすましおわったものとみえ、そのあしどりはもうすぐ下山口げざんぐちへかかる。
「よう、ておるな」
下山口げざんぐち大門おおもんまでると、老武士ろうぶしとおくからつぶやいて、ふと迷惑めいわくそうなまゆをひそめた。そこには、本山ほんざん青巌寺せいがんじ房頭ぼうとうから学寮がくりょう若僧わかぞうたちが二十名以上にじゅうめいいじょうも、れつ左右さゆうって、ちうけていた。
老武士ろうぶし見送みおくりにである。老武士ろうぶしはそんな手数てすうわずらわすことをけるために、すでに今朝立けさたとき金剛峰寺こんごうぶじ一同いちどうにわかれのつくしてたのであるから、かさねてまた、ここで大勢おおぜい見送みおくりをうけたことは、好意こういには感謝かんしゃしても、かえって微行しのびには、有難迷惑ありがためいわくおもったにちがいなかった。
――が、そこの儀礼ぎれいやあいさつのりもまして、九十九谷つづらだにという谷間谷間たにまたにましたに、みちいそいでると、やっと、もらくになりまた、かれのいわゆる娑婆禅しゃばぜん地獄禅じごくぜん必要ひつようとする――下界げかいのにおいや、その身自身みじしん人間にんげんくさいこころあかも、こころにいつかもどっていた。
「あっ。あなたさまは?」
とある山道やまみちまがりかど。
あいがしらに、からだつきのおおきないろしろい――といって美少年びしょうねんではけっしてないが――いやしくない若侍わかざむらいをみはってちどまった。

や、あなたさまは?
こえをかけられて、老武士ろうぶし若党わかとう縫殿介ぬいのすけも、はっとあしをとめ、
「どなたでござるか」
たずねると、
九度山くどやまちちからもうしつかって、使つかいにまいりましたものにござりますが」
と、その若侍わかざむらいは、いんぎんに礼儀れいぎをしたあと
「もし、間違まちがいましたら、おゆるしくださいまし。みち失礼しつれいにございますが、尊台そんだいはもしや、豊前ぶぜん小倉おぐらよりおしの、細川ほそかわ忠利ただとしこう老臣長岡佐渡様ろうしんながおかさどさまではござりますまいか」
「え。わしを佐渡さどと――」
老武士ろうぶしは、さもおどろいたらしく、
「かようなところで、ごぞんじの其許そこもとは、いったいだれじゃ。――わしはその長岡佐渡ながおかさどにちがいないが」
「ではやはり、佐渡様さどさまでございましたか。もうしおくれましたが、わたくしは、このふもと九度山くどやま住居じゅうきょしておる隠士いんし月叟げっそう一子いっし大助だいすけめにござります」
月叟げっそう。……はて?」
おもせないかおすると、大助だいすけ佐渡さどのそのまゆあおいで、
「もはやちちが、くにりましたにござりますが、せきはらたたかいまでは、真田左衛門佐さなださえもんのすけ名乗なのりおりましたもので」
「やあ?」
と、愕然がくぜん
「では真田殿さなだどの――あの幸村ゆきむら殿どののことか」
「はい」
其許そこもと御子息ごしそくか」
「はい……」
と、大助だいすけは、そのたくましいからだ似合にあわず、はじらいがおに、
「けさほど、ちち住居すまいへ、ふと立寄たちよりました青巌寺せいがんじぼうさまのおうわさに、ご登山とざんのよしをり、ご微行びこうとはうかがいましたなれど、ほかならぬおかたのたまたまなご通過つうか――それにみちとてもこのふもとのおとおりがかり、なにも、おもてなしはござりませぬがしばかどべで、粗茶一そちゃいっぷく、さしげたいとちちもうしまする。そのためおむかえにさんじましたので――」
「ほ。それはそれは」
と、佐渡さどほそめてせたが、とも縫殿介ぬいのすけをふりかえって、
「――せっかくなご好意こういであるし、どうしたものか」
と、はかった。
「さようで」
と、縫殿介ぬいのすけも、とはこたねていた。大助だいすけかさねて、
「なお、およろしければ、まだちとたこうござりますが、一夜いちやとまりでもくだされば、ねがうてもない仕合しあわせ。ちちもさだめしよろこぶかとぞんじますが」
――かんがえこんでいた佐渡さどは、なにやらこころをきめたように、われとわがうなずいて、
「では、ご厄介やっかいあいなろう。めていただくかいなかは、そのときとして。――のうぬい、ともあれ、おちゃをひとつ」
「はい。おともいたしましょう」
主従しゅじゅうは、それとなく、あわせて、大助だいすけ案内あんないしたがってった。
ほどなく九度山くどやまさとだった。そのさと民家みんかからはすこはなれて、小高こだかやまり、土止つちどめの石垣いしがきをたたみあげて柴垣しばがきをめぐらした一構ひとかまえがある。
ちょうど土豪どごう山屋敷やまやしきといったふうなつくりだった。しかし、柴垣しばがき門造もんづくりも、ひくく、風雅ふうがうしなっていない。隠士いんしいえけば、なるほどと、どこかゆかしい閑雅かんががあった。
門前もんぜんに、ちちて、おちしておりまする。――あの茅屋ぼうおくでございます」
大助だいすけゆびさした。そしてそこからきゃくさきて、自分じぶんあといて、わがまえちかづいた。