420・宮本武蔵「円明の巻」「大日(3)(4)」


朗読「420円明の巻15.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 26秒

さん

やがて内陣ないじんのうちから僧正そうじょう袈裟けさをつけなおしてた。そして台座だいざすわって朗々ろうろうきょうをあげた。
さきには、藁草履わらぞうりすぼらしい一山僧いっさんそうにしかえなかったが、そこにすわると、運慶うんけいのみちからにもおとらない権威けんいなかにしめしている。
「…………」
権之助ごんのすけは、むねにあわせ、はは姿すがたをまざまざとえがいていた。
すると、いち白雲はくうんが、まぶたながれた。――そしてそこに塩尻峠しおじりとうげやまや、高野こうやくさえた。――武蔵むさしそよかぜをふんで、けんいてっている。自分じぶんは、じょうって、それにたいしている。
野中のなか一本杉いっぽんすぎしたに、地蔵様じぞうさまのように、すわっている老母ろうぼがある。
老母ろうぼのいかにも心配しんぱいそうな――。そしていまにも、けんじょうあいだへ、びつきそうなそのひかり
あんじるあい。そのときははのすさまじい助言じょげん一声ひとこえからおしえられた「導母どうぼじょう」の一手いって
「……おっさん、いまもあなたはあのときのようなで、わたし前途ぜんとあんじてておいででございましょうな。だがご心配しんぱいくださいますな。そのおり武蔵むさしどのは、さいわいにわたしいをれて、おおしえをくだされているし、わたしもまだ一家いっかとおいかもしれませぬが、たとえいまがどんな乱世らんせいでも、みち世々せぜみちは、はずすことはいたしません」
こうねんじつめていきをもじっとひそめていると、まえ高々たかだか大日如来だいにちにょらいのおかおが、ははかおそっくりにおもわれ、その微笑ほほえみまでが、けるははわらいとなってむねみてくる。
「……お」
ふとづいて、たなごころくと、僧正そうじょうはもういない。読経どきょうおわったのである。かたわらにいる伊織いおりも、ぽかんと大日だいにちのおかおをふりあおいだままつのもわすれている様子ようすなので「伊織いおり」と、まし、
「なんでそんなに見恍みとれている」
たずねたところ、われにかえったようなかおして、伊織いおりがいうには、
「だって、この大日様だいにちさまは、おらのねえさんにてるんだもの――」
権之助ごんのすけおもわず、からからとわらって、まだったこともないおつうさんとかいう其方そちあねかおがどうしてわかる? また、大日様だいにちさまのおかお大日様だいにちさまのおかおで、こんな慈悲円満じひえんまん具相ぐそうをもったひとがこのにあろうはずはない。これはひと運慶うんけいのような名匠めいしょう精進しょうじんが、たまたま、のみさきあらわ奇蹟きせきのようなもので、けっして俗界ぞくかいにあるものではない。
いうと――伊織いおりは「だって、だって」となおつよくかぶりをって、
「おらは一度いちど江戸えど柳生様やぎゅうさまのおやしき使つかいにって、夜半よなかみちまよってたとき、そのおつうさまっていうひとってるもの。――あの時姉ときねえさんだとわかっていたら、もっとよくておくんだったけれど、いまじゃおもせなくなっちまった。……そうおもってたら、いま僧正そうじょうさんがおきょうげているうち、あわしてると、大日様だいにちざまねえさんのかおになったんだよ。ほんとに、なにかおらへいったようなかおをしたよ」
「……ふうむ」
権之助ごんのすけは、もう否定ひていできなかった。そして、いつまでも金堂こんどうえんからはながたいここちがした。
ふところだに日暮ひぐれがはやい。とうげのかげにもうしずみ、多宝塔たほうとう屋根やね水煙すいえんだけが、七宝しっぽうたまでちりばめたように、燦々きらきら夕陽ゆうひはしをうけている。
「ああ。んだははへ、およばぬ回向えこうだが、きょうはきてるにも、善根ぜんこんのよい一日いちにちおくったなあ。……血臭ちぐさ世間せけんうそのようだ」
薄暮はくぼのあいろにむかって、二人ふたりはなお、そこのえんこしかけていた。

よん

どこかでサラサラと落葉おちばくようなおとがする。権之助ごんのすけが、
「おや」
と、みぎがけあおぐと、がけ中腹ちゅうふくに、室町風むろまちふう古雅こが観月亭かんげつていびょうがあって、せまいしころみちこけむしてえ、そのへんってなお、幽翠ゆうすいやまうえへつづいている。
ひとりは上品じょうひんあまともえるとしとった婦人ふじん
またひとりは、にくづきゆたかな五十ごじゅうがらみの人物じんぶつで、つつましき木綿着物もめんきものに、袖無そでなし羽織ばおり小桜こざくら革足袋かわたびあたらしい藁草履わらぞうりをはき、鮫柄さめづか小脇差こわきざしひとよこたえて、武士ぶしとも町人ちょうにんともみえず、ただ何処どこやらゆかしげな風格ふうかくのあるひとが、竹箒たけぼうきって――ふと、こしをのばしてっている。
老尼ろうにのほうは、白練しろねりきぬ頭巾ずきんをかぶり、これも竹箒たけぼうきにして、
「……ほ。すこしはきれいになったかのう」
と、いて山道やまみちがけ其処此処そこここまわしているらしい。
そこらは滅多めったひとらなければ、かまうものもないとみえ、冬中ふゆじゅう雪折ゆきおれやら朽葉くちばやらまた、とり空骸むくろやらが、農家のうか堆肥つみごえのようにはるともえずくさつもっているのであった。
「おかあさん、だいぶおくたびれでしょう。れましたし、あとはわたしがやりますから、もうおやすみなされませ」
えたひとのほうがいう。
老尼ろうには、五十ごじゅうにもちかいそのものははとみえるが、息子むすこのことばをかえってわらって、
「わしはいえにいても、はたらきつけておるせいか、つかれもせぬが、そなたこそえてはいやるし、このようなことはしつけぬゆえ、つちれたであろう」
「はい。っしゃるとおり、一日箒いちにちほうきっていたので、ができました」
「ホ、ホ、ホ、ホ。……よい土産みやげのう」
「けれどおかげで、きょう一日いちにちは、なんともいえぬ清々すがすがしいこころおくりました。わたしたち母子おやこまずしい御奉仕ごほうしも、天地てんち御心おこころにかなったしるしでございましょう」
「いずれ、こよいももう一夜いちや御本房ごほんぼうめていただくのじゃから、あとはあしたにして、そろそろもどりましょうかの」
くらくなりかけました。あしもとをおをつけなさいまし……」
いいつつ、息子むすこは、ははあまをとって、観月亭かんげつてい小道こみちから、権之助ごんのすけ伊織いおりのやすんでいる金堂こんどうよこりてた。
ひともなしとおもっていた黄昏たそがれの金堂こんどうえんに、ふと、人影ひとかげおこったので、老尼ろうにもその息子むすこも、
「……だれ?」
と、おどろいたように、ちどまったが――老尼ろうにはすぐ眼元めもとにやさしいみをたたえ、
御参籠ごさんろうでございますかの。今日きょう一日いちにち、よいおでございましたの」
と、たびものて、きずりの挨拶あいさつをした。
権之助ごんのすけも、辞儀じぎして、
「はい。はは供養くようにともうでましたが、あまりしずかな夕暮ゆうぐれなので、なにか、空虚うつろになっておりました」
「それはそれは御孝心ごこうしんな」
と、いいながら老尼ろうには、伊織いおりのすがたへうつして、
「よいンち……弟御おとうとごかの」
と、つむりでて息子むすこのほうを振顧ふりかえって、
光悦こうえつやまべた麦菓子むぎかしが、まだ、そなたのたもとに、すこしのこっていたであろ。このにやってくださらぬか」
と、いった。