419・宮本武蔵「円明の巻」「大日(1)(2)」


朗読「419円明の巻14.mp3」9 MB、長さ: 約 9分 33秒

大日だいにち

いち

吉野よしのさくらせたろう。みちあざみきほうけて、あるくにはすこあせばむほどだが、うしふんかわくにおいにも、寧楽ならのむかしや、流転るてんあとしのばれたりして、あるかないこのあたりのみちだった。
「おじさん。おじさん……」
伊織いおりはうしろを振向ふりむいて、権之助ごんのすけそできながら、しきりとにかけて、
「また、いてたよ。ゆうべの山伏やまぶしが」
と、ささやいた。
権之助ごんのすけは、わざと、かれ注意ちゅういしたがわず、すぐいたまま、
るな、るな。――らんかおをしておれ」
「だって、へんだよ」
「なぜ」
「きのう柳生兵庫様達やぎゅうひょうごさまたちと、興福寺こうふくじまえわかれたときから、もなく、あとになったりさきになったり……」
「いいじゃないか。人間にんげんみな、おもおもいにあるいているのだから」
「そんなら、宿屋やどやなんか、べつないえとまればいいのに、宿屋やどやまでひとところとまって」
「いくら尾行つけられても、ぬすまれるほどなかねっていないし、心配しんぱいはない」
「でも、いのちというものってるから、空身からみとはいえないよ」
「ははは。いのち戸締とじまりはわしもしている。伊織いおりたしかかな」
「おらだって」
るな――とめられるほど、ついうしろが振向ふりむきたくなる。伊織いおりは、ひだりを、野差刀のざしつばしたからはなさなかった。
権之助ごんのすけにしても、あまりいい気持きもちはしない。山伏やまぶしかおには見覚みおぼえがある。それはきのう宝蔵院ほうぞういん試合興行しあいこうぎょうおりに、飛入とびいりをのぞんでことわられたあの山伏やまぶしなのだ。どうかんがえてもこっちにはまとわれるおぼえがない。
「おや、いつのまにか、えちまった」
また、伊織いおり振向ふりむいていう。権之助ごんのすけ振顧ふりかえる。
多分たぶんきてしまったのだろう。やれやれ、さっぱりした」
そのばんは、葛木村かつらぎむら民家みんかめてもらう。翌日よくじつ早目はやめに、南河内みなみかわち天野郷あまのごうにはいり、清流せいりゅう沿っている門前町もんぜんまちひくのきならびをのぞあるいて、
木曾きそ奈良井ならいから、この土地とち酒醸さけづくりの杜氏とうじへおよめている、おあんさんというひといえりませんか」
たよりないがかりをたよりにしてたずあるいた。
おあんさんというのはかれ故郷いなかっているひとだった。この天野山金剛寺あまのさんこんごうじ附近ふきんとついでいるというので、彼女かのじょわかったら、亡母ぼうぼ位牌いはいがみ金剛寺こんごうじおさめて供養くようしてもらおうというかんがえ。
もしわからなかったら高野こうやこう。高野こうや貴人きじん供養所くようじょとして、あまだたる大家たいかれいっているそうなので、旅人たびびと貧賤ひんせんではこころもとないもするが、ここが駄目だめだったらともかく高野山こうやさんあずけにこう。
そうおもっていたところ、
「ああ、おあんさんかね。おあんさんなら杜氏屋敷とうじやしきのお長屋ながやにいるがな」
と、案外早あんがいはやくそれがれた。
門前町もんぜんまち何屋なにやかの内儀かみさんである。親切しんせつさきって、
「このもんをおはいんなすったら、右側みぎがわ四軒目よんけんめで、杜氏とうじ藤六ろうろくさんのおうちかとおきなされ。おあんさんの御亭主ごていしゅじゃげな」
と、おしえてくれた。

どこのてらでも、「葷酒クンシユ山門さんもんはいルヲゆるサズ」は、法城ほうじょうおきてみたいになっているが、この天野山金剛寺あまのさんこんごうじでは、坊舎ぼうしゃさけ醸酒つくっている。
もちろん、世上せじょうしているわけではないが、豊臣とよとみ秀吉ひでよしなどが、ここの寺製てらづくりのさけ賞美しょうびして、諸侯しょこうのあいだにも「天野酒あまのざけ」といってわたっているので、秀吉ひでよしあとは、その余風よふうもだいぶすたっていたが、まだ年々ねんねんつくってわれる檀家だんかおくならわしはのこっていた。
「――そんなわけで、わしをはじ十人じゅうにんほどの職方しょくかたが、おやまやとわれてておりますのじゃ」
おあんさんの御亭主ごていしゅである杜氏とうじ藤六とうろくは、そのよるきゃく権之助ごんのすけ不審ふしんいて、そんなこともはなした。
それから、権之助ごんのすけたのみについては、
「おやすいことじゃ。御孝心ごこうしんることでもあれば、明日あす僧正そうじょうさまにおねがいしてげよう」
と、いってくれた。
あく、そのいえ一間ひとまころは、もう藤六とうろくえなかったが、やがてひるすこ姿すがたせ、
僧正そうじょうさまにおねがいしたら、さっそく承知しょうちしてくだされた。わしにいておでなされ」
と、いう。
案内あんないされて、権之助ごんのすけ藤六とうろくうしろにしたがい、伊織いおり権之助ごんのすけこしにちょこちょこついてった。四方あたり幽翠ゆうすいみねで、のこったやまざくらがしろく、七堂しちどう伽藍がらんは、天野川あまのがわ渓流けいりゅうめぐるふところたににあり、山門さんもんわた土橋どばしからしたをのぞくと、みねさくら片々へんぺんながれにせかれてちてゆく。
伊織いおりは、えりあわせた。
権之助ごんのすけも、まった。なんとはなく、山巒さんらんと、坊舎ぼうしゃ荘厳そうごんたれたのである。
ところが、存外ぞんがいにも、
「お前様まえさまか。母御ははご供養くようをしてくれというのは」
と、本堂ほんどううえから気楽きらく調子ちょうしでいったそうがある。
えて、たかく、おおきなあしをしたぼうさんである。僧正そうじょうというからにはさだめし金襴きんらん袈裟けさ払子ほっすき、威儀作いぎつくろったひとかとおもえば、これはこのままがさじょうをもたせて、世間せけん軒端のきばたせても、はずかしくないそのままのひとだった。
だが、藤六とうろくは、
「はい、おねがいのは、このひとでございまする」
と、堂下どうした大地だいちにぺたりとぬかずいて、権之助ごんのすけかわってこたえてるさま――やはりこのひと僧正そうじょうだとみえる。
「…………」
権之助ごんのすけも、なにか、あいさつをいって、藤六とうろく同様どうように、ひざまずこうとすると、僧正そうじょうはもうおおきなあしを、階段かいだんしたにありあわせたきたな藁草履わらぞうりへのせて、
「じゃあ、大日様だいにちさまのほうへおし……」
と、数珠じゅずひとつって、さきあるいてゆく。
五仏堂ごぶつどうだの、薬師堂やくしどうだの、食堂じきどうだのの堂塔どうとうのあいだをめぐって坊舎ぼうしゃからすこしはなれると、そこに金堂こんどう多宝塔たほうとうがあった。
おくれて、うしろからいかけて弟子僧でしそうが、
「おけいたしますか」
たずね、僧正そうじょうのうなずいたをみると、おおきなかぎをもって、金堂こんどう大扉おおとびらをひらいた。
「お着座ちゃくざを」
と、うながされて、権之助ごんのすけ伊織いおりとは、二人ふたりきりでひろい伽藍がらんなかすわった。あおぐと、台座だいざからなお一丈いちじょうもある金色こんじき大日如来だいにちにょらいが、天井てんじょう微笑びしょうをふくんでいた。