418・宮本武蔵「円明の巻」「童心地描図(3)(4)」


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さん

こうしたことから、はからずもおたがいの身分みぶんと、うえれた。
べつなところで、助九郎すけくろう丑之助うしのすけのふたりをちつつたたずんでいた柳生兵庫やぎゅうひょうごも、やがてここへ来合きあわせ、事情じじょうくにおよんで、
「さてさて、しいことを!」
と、嘆息たんそくした。
そして遥々はるばる――江戸えどからこの大和路やまとじまで権之助ごんのすけ伊織いおりを、いたわりのでながめて、
「せめて、もう二十日はつかはやたら」
と、何度なんどとなくいう。
助九郎すけくろうも、しきりと、
しい、しい」
繰返くりかえして、いま何処どこやられぬひと行方ゆくえくもにながめるのだった。
もういうまでもないが、夢想権之助むそうごんのすけ伊織いおりれてこれへたのは、柳生城やぎゅうじょうにいるといたおつうたずねてたのである。
そのおつうには自分じぶん用向ようむきではなく――先頃さきごろ北条安房守ほうじょうあわのかみたくはからずも、伊織いおりあねなるものが話題わだいにのぼり、それこそじつにおつうという女性じょせいであると――同席どうせき沢庵たくあんおしえられてから、おもってたことであった。
ところが。
かけちがって、そのおつうは、およそ二十日はつかばかりまえ武蔵むさしたずねて、江戸えどった。――わるときにはぜひもないもので、いま権之助ごんのすけ江戸えど消息しょうそくけば、武蔵むさしそのものもまた、権之助ごんのすけまえに、すでに江戸えどってしまい、知己身辺ちきしんぺんものにすらその行方ゆくえれていないという。
まようていような」
ふと、兵庫ひょうごはつぶやく。
そして何日いつか、一度彼女いちどかのじょ宇治うじ途中とちゅうまでってきながら、もどさずにかえったことを――かるいたりしながら、
「あわれ、どこまで不幸ふこうな」
と、わがあわ未練みれんひとこいせて、なにがなしばし物想ものおもわせられた。
――が。あわれはここにも一人ひとりいた。それらのはなしを、そばきながら、しょんぼりそばっていた伊織いおり
うまれたっきりらないあね
と、観念かんねんしていたうちはいたくもさみしくもなかったが、
にあるひと
と、おしえられ、
大和やまと柳生やぎゅうにいる)
いてからは、ただようみひとつのくがつけたように、うまれてから一遍いっぺんあふれわいた思慕しぼ肉親にくしんへの肌恋はだこいしさが――これはおさえるべくもなく、ずいぶんれの権之助ごんのすけをもこまらしたほど、きょうまではたのしみにして、此処ここまでたにちがいないのである。
「…………」
いまにもきたそうなかおしているが、伊織いおりかない。
くには何処どこひとのいないところって大声おおごえきたいのだ。――権之助ごんのすけ兵庫ひょうごからたずねられて、いつまでも江戸えどはなしをしているので――伊織いおりあたりのくさはななどひろいながら、大人おとなそばからだんだんはなれてった。
何処どこくだい」
丑之助うしのすけも、あとからた。なぐさめがおに、伊織いおりかたまわして、
いてんのけ?」
伊織いおりはつよくくびった。からなみだった。
くもんか。そら、いてなんかいないよ」
「オヤ。山芋やまいもつるがあるぜ。山芋掘やまいもほすべってるか」
ってらい。おらの故郷ふるさとにだって、いもはあら」
くらしようか」
丑之助うしのすけにいわれて、伊織いおりつるつけて、つるにしゃがみこんだ。

よん

叔父おじ宗矩むねのり近状きんじょうやら、武蔵むさしことども。
それから、江戸えど街々まちまちかわりようだとか、小野おの治郎右衛門じろうえもん失踪しっそうのうわさだとか。
けば、りもなく、かたればかたきない。
この大和やまと山里やまざとでは、たまたま江戸えどからものとあれば、そのもの一語一語いちごいちごが、すべて耳新みみあたらしい社会しゃかい知識ちしきであった。
――が、おもわずもときごしたので、兵庫ひょうご助九郎すけくろうも、陽脚ひあしがつき、
「ともあれ、城内じょうないて、当分とうぶんのうち逗留とうりゅうなすっては」
すすめたが、権之助ごんのすけふかしゃすのみで、
「おつうさまがおでにならぬうえは――」
と、このまま、さきたびむかいたい希望きぼうげる。
さきたびといっても、もとより修行一筋しゅぎょうひとすじではあるが、じつは、木曾きそ故郷ふるさとくしたはは遺髪いはつ位牌いはいいまもなお肌身はだみっていて、なにかにつけがかり。この大和路やまとじまでたのをさいわいに、ついでといっては勿体もったいないが、紀州きしゅう高野山こうやさんか、河内かわち女人高野にょにんこうやという金剛寺こんごうじか、いずれかへって、位牌いはいあずけ、かたみがみ仏塔ぶっとうおさめなどしてきたいという。
「それもまた、名残惜なごりおしいことではあるが――」
いてめもならぬがして、さらばとわかれをげかけたとき、ふとがつくと、そばにいたはずの丑之助うしのすけがいない。
「おや――」
権之助ごんのすけ見直みなおして、これも伊織いおりさがしている。
「オオ、あんなところにおる。二人ふたりとも、なにっているのか、へしゃがみんで」
助九郎すけくろうゆびさすところ見遣みやると――なるほど伊織いおり丑之助うしのすけが、すこしあいだをへだてて、わきもふらずに、つちっている。
大人おとなたちは微笑ほほえんで、そっとその背後うしろっていた。
ふたりはがつかない。先刻さっきからつるげ、やす自然薯じねんじょらないように、いものまわりを大事だいじかばって、片腕かたうでへはいりんでしまうほど、もうふかあなつくっていた。
「……あ」
そのうちに、背後うしろでするひと気配けはいに、丑之助うしのすけ振向ふりむいた。伊織いおりわらがおけた。
自分達じぶんたち競争きょうそう大人達おとなたちていると意識いしきすると、二人ふたりはよけいねつしたが、すぐ丑之助うしのすけが、
けた」
と、ながいもを、地上ちじょうほうした。
伊織いおりは、肩先かたさきまでれて、黙々もくもくとまだつちあないている。てしのない様子ようすに、権之助ごんのすけが、
「まだか。ってしまうぞ」
と、いうと、伊織いおり老人ろうじんのようにこしたたいてちながら、
「だめだめ、このいもは。ばんまでかかるよ」
と、未練みれんつちなかのこして着物きものどろをはたいた。
丑之助うしのすけが、のぞいてて、
「なんだ、こんなにれてるくせに。臆病おくびょう芋掘いもほりだなあ。おらがいてやろうか」
しかけると、
「いけないいけない。れちまうよ」
と、伊織いおりこばんで、折角八分せっかくはちぶぐらいまでげたあなへ、まわりのつちあしおとし、もとのようにけてしまった。
「あばよ!」
丑之助うしのすけは、った自分じぶんいもを、自慢じまんしてかたかついだ。だが、そのいもさき完全かんぜんでなかった。くちしろちちしていた。
丑之助うしのすけけたな。――あいではそちがったそうだが、芋掘いもほりではそちのけだぞ」
兵庫ひょうごは、かれあたまを、ぐいとした。ぎるむぎそだちをんでやるように――ぐいと首根くびねしていった。