416・宮本武蔵「円明の巻」「草埃(4)(5)」


朗読「416円明の巻11.mp3」9 MB、長さ: 約 10分 21秒

よん

モチ竿ざおのようなながやりてて、はらなか先刻さっきからっている法師ほうしがある。
その法師ほうしにむかって、幾人いくにん幾人いくにんも、やりあわせにたが、みんなばされたり、たたせられたり、ほとんどものがなかった。
出合いであたまえ」
法師ほうしは、あとものを、うながしているのだ。
が、容易よういない。
このさいは、ないことを賢明けんめいとしているように、ひがしとばりでも、西にしたまりでも、固唾かたずをのんで、ただ法師ほうしものをいわせていた。
「――つづくものがなくば、野僧やそう退がりもうすぞ。きょうの野試合のしあいにおいて十輪院じゅうりんいん南光坊なんこうぼう第一だいいちのこと御異存ごいぞんないかな」
いいらすように、西にしむかい、ひがしむかって、法師ほうしいどんでいる。
十輪院じゅうりんいん南光坊なんこうぼうは、宝蔵院ほうぞういんながれをさき初代胤栄しょだいいんえいからかにうけて、いつか一派いっぱおこし、十輪院じゅうりんいんやりとなえ、いま二代胤舜にだいいんしゅんとは、反目はんもくしているものだった。
おそれてか、あらそいをけてか、胤舜いんしゅんは、きょうは姿すがたせていない。病気びょうきということが理由りゆうになっていた。南光坊なんこうぼう存分ぞんぶんに、宝蔵院ほうぞういん現門下げんもんか蹂躙じゅうりんつくしたかのように、やがててていたやりよこなおした。
「では、わしは退がろう。――もはやてきなしじゃ」
すると、
った」
ぱっと、一僧いちそうが、やりしゃったまま、おどした。
胤舜いんしゅん門下もんか陀雲だうん
「お」
「お相手あいてに」
「ござれ!」
二人ふたりかかとからぱっとつちけむる。わかれた途端とたんやりやりは、もう生物いきもののようにっている。
おわりか)
と、失望しつぼうしていた見物けんぶつは、歓呼かんこをあげてくるった。
だが、群衆ぐんしゅうはすぐ、窒息ちっそくしたようにだまった。カーンとつよ音響おんきょういたとき、それはやりやりったのかとおもったら、陀雲だうんという法師ほうしあたまが、南光坊なんこうぼうやりなぐばされていたのである。
かぜたれた案山子かかしのように陀雲だうんからだよこたおれていた。わらわらと、たまりからさん四名よんめい法師ほうしたので、さては喧嘩けんかかとおもっていると、陀雲だうんからだをひっかついで退がってったのである。
――あとはまた、ほこりにほこった南光坊なんこうぼうが、いよいよかたげてっている姿すがたしかなかった。
健気者けなげものが、まだすこしは、いるらしいな。――ござるならはやくござれよ。三人さんにん四人よにんたばとなってかかってもくるしゅうないが」
そのときである。
ためまくかげに、おいをおろした山伏やまぶしがある。身軽みがるになって、宝蔵院衆ほうぞういんしゅうまえて、
試合しあいは、院中いんちゅうのお弟子方でしかたかぎりましょうか」
たずねた。
宝蔵院ほうぞういんものは、くちそろえて、しからず――とこたえた。
東大寺前とうだいじまえと、猿沢さるさわいけほとりに、高札こうさつててあるとおり、みちこころざ武芸ぶげい道友どうゆうとならば、何人なんぴとといえど、手合てあわせにかまいはないことになっているが、往古いにしえ荒法師以上あらほうしいじょう槍修行やりしゅぎょう荒法師あらほうしぞろいときこえている宝蔵院ほうぞういん野天行のでんぎょうあたって、
(われこそ)
などと自分じぶんから人前ひとまえはじをさらし、揚句あげく大怪我おおけがをさせられて悄々すごすごむようなおろかなまねを――あえ自分じぶんからすすんでもとめるような馬鹿者ばかものはいないのだ、という説明せつめいであった。
山伏やまぶしは、列座れつざ法師ほうしばらに、一応いちおう辞儀じぎをして、
しからば、やつがれがひとつその馬鹿者ばかものとなってみとうござるが、木太刀きたち御拝借願ごはいしゃくねがわれましょうか」
と、いった。

ひとまぎれて、彼方かなた野試合のしあいながめながら、兵庫ひょうごは、
助九郎すけくろう。おもしろくなったな」
と、かえりみた。
山伏やまぶしたようで」
「されば。もう勝敗しょうはいえたもおなじだの」
南光坊なんこうぼうまさっておりましょうか」
「いや、多分たぶん南光坊なんこうぼう試合しあいうまいよ。試合しあいえば、かれいたらぬやつじゃ」
「はて? ……左様さようでございましょうか」
助九郎すけくろうには、せない面持おももちである。
南光坊なんこうぼう人物じんぶつは、よくっている兵庫ひょうごげんではあるが、なぜ、今出いまでてきた山伏やまぶし試合しあいえば、いたらぬ人間にんげんだろうか。
不審ふしんおもっていたが、ほどなく助九郎すけくろうにも意味いみわかった。
そのとき彼方かなたでは――
山伏やまぶしおとこが、けた木剣ぼっけんにひっげ、南光坊なんこうぼうまえすすんでって、
(いざ)
と、いどんでいた。そのていて、助九郎すけくろうにも、はじめてわかったのである。
大峰おおみねものか、聖護院しょうごいんか、見知みしらぬ山伏やまぶしだが、としごろ四十前後よんじゅうぜんごおとこで、てつのような五体ごたいは、修験しゅげんぎょうきたえたというよりは、戦場せんじょうつくったものである。生死しょうじ達観たっかんのうえに出来上できあがっている肉体にくたいなのである。
「おねがいいたしましょうか」
山伏やまぶし言語げんごおだやかである。まなこ柔和にゅうわであった。だが、このおとこ生死せいしさかいからそとものだった。
他者よそものか」
と、南光坊なんこうぼうは、新手あらててき見直みなおして、そういった。
「は。飛入とびいりではござるが」
と、会釈えしゃくすると
たっしゃれ」
南光坊なんこうぼうは、やりててしまった。これはいけないとさとったらしいのだ。わざではてるかもれないが、絶対ぜったいに、てないものを、この新手あらてかんじたのである。――それに当今とうこん山伏やまぶしには、氏素姓うじすじょうをかくして韜晦とうかいしている人間にんげんおおいし、けたほうが賢明けんめいと、かんがえたのであろう。
他者よそものとは立合たちあわぬ」
と、南光坊なんこうぼうは、くびった。
「いや、いまあちらで、おきてうかがったところによれば」
と、山伏やまぶしは、自分じぶん出場しゅつじょう不当ふとうでないてんを、おだやかにいって、なおもいたが、南光坊なんこうぼうは、
ひとひと拙僧せっそう拙僧せっそう。――拙僧せっそうやりは、いたずらに、諸人しょじんたんためではおざらぬ。やりなか法身ほっしん鍛錬たんれんしているこれはひとつの仏行ぶつぎょうでござる。余人よじんとの試合しあいは、このむところでおざらん」
「……ははあ?」
山伏やまぶし苦笑くしょうした。
なにかまだものいいたげであったが、人中じんちゅうでいうことをこのまないふうで、しからばぜひもないことと、溜場たまりば法師ほうし木剣ぼっけんかえし、素直すなお何処どこへかってしまった。
それをしおに、南光坊なんこうぼう退場たいじょうした。かれ口上こうじょうを、ため法師ほうしたちも見物けんぶつも、卑怯ひきょうだとささやいたが、南光坊なんこうぼうにもかけず、さん法弟ほうていをつれて、凱旋がいせん勇将ゆうしょうのように、かえってしまった。
「どうだ、助九郎すけくろう
御明察ごめいさつとおりでしたな」
「そのはずだ」
と、兵庫ひょうごはいった。
「あの山伏やまぶしは、おそらく九度山くどやま一類いちるいだろう。兜巾ときん白衣びゃくえ鎧甲よろいかぶとかえれば、なんなにがしと、相当そうとうのある古強者ふるつわものにちがいない」
群衆ぐんしゅうおもおもいに、らかりかけていた。――試合しあいおわりをげたからであろう。――助九郎すけくろうまわりをまわして、
「おや、何処どこったか?」
と、つぶやいた。
なんだ、助九郎すけくろう
丑之助うしのすけ姿すがた見当みあたりませんので――」