415・宮本武蔵「円明の巻」「草埃(2)(3)」


朗読「415円明の巻10.mp3」9 MB、長さ: 約 9分 17秒

主従しゅじゅう三人さんにんは、むしろのうえすわって、たけかわをひらいた。
玄米くろごめのにぎりめし
梅漬うめづけ味噌みそえてある。
美味うまい」
兵庫ひょうごは、青空あおぞらうように、野天のてん弁当べんとうたのしんだ。
丑之助うしのすけ
と、助九郎すけくろうがいう。
「へい」
兵庫様ひょうごさまに、白湯さゆ一椀上いちわんあげたいな」
「じゃ、もらってげようか。あそこの法師衆ほうししゅうがいるたまりへって」
「ム。もらってい……だが、宝蔵院衆ほうぞういんしゅうへ、柳生家やぎゅうけものているということは、だまっておれよ」
兵庫ひょうごも、そばから注意ちゅういした。
「うるさいからなあ。挨拶あいさつにでもやってられると」
「はい」
丑之助うしのすけは、むしろのはしからちかけた。――すると。
先刻せんこくから、彼方かなたで、
「オヤ?」
と、芝地しばちまわして、
むしろがない。むしろがない」
と、さがしている二人ふたりたびものがあった。兵庫ひょうごたちのいるところから、十間じゅっけんほどはなれた場所ばしょで、そこらには牢人者ろうにんものだの、おんなだの、まちものなどが、まばらにいたが、たびものくしたむしろは、だれいていなかった。
伊織いおり。もういい」
さがしあぐねて、一人ひとりがいった。
がっちりと、まるこいかおかた筋肉きんにくをして、四尺二寸よんしゃくにすんかしじょうげているおとこだった。
伊織いおりれとあれば、これはいうまでもなく、夢想権之助むそうごんのすけ
「もうおし。さがさないでもいい」
かさねて、権之助ごんのすけはいったが、伊織いおりはなおあきらめきれぬかおして、
何奴どいつだろ。だれかがきっと、ってったにちがいないよ」
「まあいいよ。たかがむしろ一枚いちまい
莚一枚むしろいちまいでも、だまってってった心根こころねにくいもの」
「…………」
権之助ごんのすけはもうわすれて、くさうえすわりこみ、矢立やたてして、昼前ひるまえたび小遣帳こづかいちょうをつけていた。
かれが、たびあいだにも、こういうことを克明こくめいけるようになったのも、伊織いおりたびをし、伊織いおり感心かんしんしてからのことである。伊織いおりは、ときには、どもらしくなさぎるほど、生活せいかつには用意よういぶかかった。もの無駄むだにせず、几帳面きちょうめんたちで、自然しぜんひとわんめしにも、毎日まいにち天候てんこうにも、感謝かんしゃっていた。
――だからまた、ひとにも、ちがったことは、ゆるさない潔癖けっぺきがある。この潔癖けっぺきは、武蔵むさしはなれて、人中じんちゅうるほどそだてられてた。――で、一枚いちまいむしろといえど、ひとの迷惑めいわくおもわず、無断むだんってった人間にんげん心根こころねを、伊織いおりにくんでやまないのであった。
「ア。――あいつらだな」
伊織いおりは、ついつけた。
権之助ごんのすけたびあるいている寝莚ねむしろを、平気へいきいて、弁当べんとうべている三人さんにん主従しゅじゅうを。
「もし。――おいっ」
伊織いおりは、そこへけてった。だが、十歩じゅっぽほど手前てまえまって、抗議こうぎ文句もんくをまずかんがえていると、おりふし、もらいにった丑之助うしのすけが、出合であいがしらに、むねせて、
「なんだい」
と、かれこたえた。

さん

伊織いおりは、けて十四じゅうよん丑之助うしのすけって十三じゅうさんだった。しかし丑之助うしのすけほうが、ずっととしかさにえた。
なんだいとは、なんだい」
伊織いおり丑之助うしのすけ不作法ぶさほうとがめた。丑之助うしのすけは、土地とちものらしくないこのちいさい旅人たびびと鼻先はなさきむかえて、
「そういったのがわるいか。てめえからんだから、なんだといたんだ」
「ひとのものを、だまってってけば、盗人ぬすびとだぞ」
盗人ぬすびと。――こいつめ、おらを盗人ぬすびとだといったな」
「そうさ。おらのれのひとが、あそこへいたむしろだまってってったじゃないか」
「あのむしろか。あのむしろは、そこにちていたからってたんだ。なんだむしろ一枚いちまいぐらい――」
一枚いちまいむしろでも、旅人たびびとにとれば、あめをしのいだり、よるふすまになる大事だいじものだ。かえせ」
かえしてもいいが、いいかたしゃくさわるからかえさねえ。盗人ぬすびとといった言葉ことばあやまればかえしてくれてやろ」
自分じぶんもの取返とりかえすのに、あやまるばかがあるものか。かえさなければうでにかけてもるぞ」
ってみろ。荒木村あらきむら丑之助うしのすけだぞ。てめえッちに、けてたまるか」
生意気なまいきいうな――」
と、伊織いおりけていない。ちいさいかたそびやかしていった。
「こうえても、わしだって兵法者へいほうしゃ弟子でしだぞ」
「よし、あと彼方むこうい。まわりにひとがいるとおもって大口おおぐちたたいても、人中じんちゅうはなれたら立対たちむかえまい」
なにを。そのくちわすれるな」
「きっとるか」
何処どこへさ」
興福寺こうふくじとうしたまでい。助太刀すけだちなどれずにい」
「いいとも」
「おれがげたら、るんだぞ。いいかおぼえてろ」
口喧嘩くちげんかだけで、一時いちじわかれた。丑之助うしのすけはそのまま、もらいにったのである。
何処どこからかかれ土瓶どびんげてもどってころなかには、草埃くさぼこりけむっていた。法師ほうしたちの試合しあいはじまったのである。群衆ぐんしゅうは、おおきなつくって、それを見物けんぶつった。
のうしろを、土瓶どびんげた丑之助うしのすけとおった。権之助ごんのすけならんでていた伊織いおりは、振向ふりむいて、丑之助うしのすけのほうをた。丑之助うしのすけは、いどんだ。
あとい!)
伊織いおりこたえた。
くとも。おぼえてろ)
内侍ないしはらののどかなはるも、試合しあいがはじまると一変いっぺんして、時々ときどきあがる黄色きいろほこりに、群衆ぐんしゅうは、武者押むしゃおしのようなこえげた。
つかけるか。
位置いち自己じこおどげる。
試合しあいはそれだ。
いや時代じだいがそれなのだ。
少年しょうねんむねにもそれが反映はんえいしている。時代じだいなかそだてられたかれらである。たとえうまても、うまれながらの虚弱きょじゃくでは一人前いちにんまえってけないように、十三じゅうさん十四じゅうしころからしてすでに、うなずけない屈伏くっぷくはできない気骨きこつやしなわれている。一枚いちまいむしろ問題もんだいなのではない。
だが伊織いおりにも、丑之助うしのすけにも、大人おとなれがあるので、しばらくは、その人達ひとたちこしについて、野試合のじあいのさまを見物けんぶつしていた。