409・宮本武蔵「円明の巻」「奔牛(2)(3)」


朗読「409円明の巻4.mp3」8 MB、長さ: 約 8分 41秒

さっきの牢人ろうにんと、ほかにもう二人ふたりおな風体ふうていおとこちかづいてて、おつうっているうしのまわりに、腕拱うでぐみしてったのである。
「おじさんたちめて、なにようがあるのかい」
丑之助うしのすけはいったが、丑之助うしのすけへはものもない。三人さんにん三人さんにんとも、いやしげなをおつうあつめて、
「なるほど」
と、うめっている。
そのうちに、一人ひとりがまた、
「ウーム、美人びじんだ」
と、不遠慮ふえんりょにいって、
「――おい」
と、仲間なかまかえりみた。
「おれはこのおんなを、どこかでおぼえがあるぜ。多分たぶん京都きょうとだとおもうが」
京都きょうとにはちがいあるまい。るからに山里やまざとおんなとはちがう」
まちでちらとただけか、吉岡先生よしおかせんせい道場どうじょうたのか、おぼえはないが、たしかにたことはあるおんなだ」
「おぬし、吉岡道場よしおかどうじょうなどに、いたことがあるのか」
「いたとも、せきはら乱後らんご三年さんねんほどはあそこのめしっていたものだ」
――なん用事ようじわからない。ひとめておいて、こんな雑談ざつだんをし――そしてはじろじろとおつうからだからかおを、さもしいげている。
丑之助うしのすけは、はらてて、
「おい。やまのおじさん。ようがあるならはやくいってくんな。かえみちれちまうから」
ぎょろりと、牢人ろうにん一人ひとりが、はじめて丑之助うしのすけ
「われやあ、荒木村あらきむらからる、炭焼山すみやきやま小僧こぞうじゃねえか」
「そんなことが、ようなのかい」
「だまれ。用事ようじは、れにあるわけじゃない。れは、さっさとかえほうかえれ」
「いわれなくても、かえるさ。退いてくんな」
うし手綱たづなきかけると、
「よこせ」
と、一人ひとりがその手綱たづなをつかみ、そしてこわ丑之助うしのすけへしてせた。
丑之助うしのすけは、はなさず、
「どうするのさ」
ようのあるひとりてくのだ」
「どこへ」
何処どこだろうが、だまって、手綱たづなをよこせ」
「いけねえ!」
「いけないと」
「そうさ」
「こいつ、こわいということをらねえのか。なにか、つべこべいうぞ」
すると、ほか二人ふたりも、おどしのそろえ、かたをいからせ、
なんだと」
「どうしたと」
丑之助うしのすけまわりにかたまって、松瘤まつこぶのようなこぶしきつけた。
つうは、ふるえあがって、うしへしがみついた。そして、丑之助うしのすけまゆに、ただならぬ出来事できごとおこりそうな気色けしきたので、
「――あれッ」
と、それにたいして、制止せいししかけたが、丑之助うしのすけはかえって彼女かのじょのそれに感情かんじょうつるって、いきなり片足かたあしあげて、まえおとことばしたせつな、かれ石頭いしあたまは、ななめにいた牢人ろうにんむねいたへつけてって、そのむねからてきかたなるがはやいか、自分じぶんのうしろへむかって、やたらとはらった。

さん

つうは、丑之助うしのすけでもちがったかとおもった。丑之助うしのすけ動作どうさは、それほど、はやくて、むこずな仕方しかただった。
だが、自分じぶんよりずっと上脊丈うわぜいのある三方さんぽう大人おとなむかって、かれがやった一瞬いっしゅんうごかしかたは、同時どうじ平等びょうどう打撃だげき相手あいてくわえていた。
はたらきといおうか、少年しょうねん無鉄砲むてっぽうといおうか、ほうった大人おとながそれにかれたかたちであった。
うしろへ無法むほうったかたなは、うしろにっていた牢人ろうにんどうつよくぶつかった。――おつうなにおどろきをさけんだが、その牢人ろうにんが、おこってえたこえは、彼女かのじょっていたうしおどろかすにりるほどだった。
しかも、たおれたその牢人ろうにんからだからいたが、うしつのからかおへ、きりのようにはしったのである。
傷負ておいうめきにつづいて、一声ひとこえうしえた。丑之助うしのすけは、二度にどめのかたなで、うししりなぐりつけた。うしはまた、おおきくえて、彼女かのじょせたまま猛然もうぜんけだした。
「うぬ」
餓鬼がきっ」
二人ふたり牢人ろうにん丑之助うしのすけうのにきゅうだった。丑之助うしのすけは、渓流けいりゅうり、いわからいわうつって、
「おらは、わるくねえぞ」
と、いった。
大人おとな飛躍ひやくは、到底とうていかれでなかった。
さとって、
小僧こぞうあとにしろ」
と、二人ふたりきゅうに、おつうせてったうしあとした。
それとると、丑之助うしのすけはまた、そのあとからどんどんけて、
げるのかっ」
と、ふたつのへ、こえげた。
なにッ」
口惜くやしげに、ひとつのかおまって振向ふりむいたが、
小僧こぞうあとにしろ」
と、れがまた、おな言葉ことば繰返くりかえして、ひたむきにさきんで奔牛ほんぎゅうへ、足幅あしはばばしつづけた。
彼女かのじょさき手綱たづなかれてときみちとちがって、うしは、闇夜やみよをつぶってけるように、渓河たにがわ沿いのみちはなれ、ひくやま尾根おねをめぐって――笠置かさぎ街道かいどうとよんでいる細道ほそみちてなくけてくのだった。
「――てっ」
てえっ」
かれらは、うしよりはや自信じしんっていたが、平常へいじょううしたいするかんがえはあたらなかった。
奔牛ほんぎゅうは、またたに、柳生やぎゅうしょうちかく――いや柳生やぎゅうよりも奈良ならちか街道かいどうまで、いきもつかずにてしまった。
「…………」
つうは、をふさいだきりだった。もしうしに、炭俵すみだわらたきぎける荷鞍にぐらがなかったら、おとされていたにちがいない。
「おお、だれか」
うしくるうてく」
たすけてやれ。女子おなご可哀かわいそうな」
もう人通ひとどおりのある街道かいどうけているものとみえ、うつつな彼女かのじょみみに、すれちがう往来おうらいものこえきこえるが、
「あれよ」
と、いうのみな、そうした人々ひとびとさわぎも、たちまち、あとあとへと、ながってしまうのだった。