408・宮本武蔵「円明の巻」「春告鳥(5)奔牛(1)」


朗読「408円明の巻3.mp3」9 MB、長さ: 約 9分 59秒

きらいではないけれど、つとれたり、かごれたり、うぐいす可哀かわいそうですもの。かごれてわなくても、ひろい天地てんちはなしておけば、いくらでもかしてくれるでしょ……」
彼女かのじょが、さとすと、自分じぶん好意こういけられなかったように不満ふまんだった丑之助うしのすけも、
「じゃあ、はなしちまおうか」
「ありがとう」
はなしたほうが、おつうさんは、うれしいんだろ」
「ええ。おまえがっててくれた気持きもちけておきますから」
「じゃあ、がしちまえ」
丑之助うしのすけは、晴々はればれといって、藁苞わらづとはらやぶった。そのなかから一羽いちわうぐいすした。そして征矢そやみたいに、しろそとんでった。
「ごらん。――あんなによろこんでったでしょ」
うぐいすのことを、春告鳥はるつげどりともいうんだってね」
「おや。だれおしえてもらいました?」
「そんなことぐらい、おらだってってらい」
「オヤ。ごめん」
「だからきっと、おつうさんとこへ、なにかいい便たよりがあるよ」
「まあ! わたしにもはるげてるような、よい便たよりがあるというの。……ほんとに心待こころまちにっていることがあるのだけれど」
つうあゆしていたので、丑之助うしのすけあるいた。けれどそこらは本丸ほんまるおくやぶだたみなので、
「おつうさん、何処どこへ、なにしにくつもりだったんだい? もうここはおしろやまだぜ」
あまりお部屋へやにばかりおりますから、らしに、そこらの梅花うめたのです」
「そんなら、つきけばいいじゃないか。――おしろ梅花うめなんか、つまらないや」
とおいでしょ」
「すぐさ。一里いちりだもの」
ってみたいもするけれど……」
こう。――おらがたきぎんでうしが、このしたつないであるから」
うしへ」
「うん。おらがいてくで」
ふと、彼女かのじょこころがうごいた。つとうぐいすのように、このふゆは、しろそとなかった。
本丸ほんまるからやまづたいに、搦手からめて雑人門ぞうにんもんほうりてった。そこの城門じょうもんには、常詰じようづめ番人ばんにんがいて、いつも素槍すやりってあるいているが、彼女かのじょ姿すがたると、番人ばんにん遠方えんぽうからわらってうなずいただけである。丑之助うしのすけはもちろん鑑札かんさつっている。だが、その鑑札かんさつしめ必要ひつようのないほど、かれ番人ばんにんたちとはしたしかった。
被衣かつぎてくればよかった」
うしってから、彼女かのじょはそうづいてつぶやいた。るとらぬにかかわらず、みちばたののきから彼女かのじょあおものや、百姓ひゃくしょうたちは、
「よいお日和ひよりさまでございます」
と、ていねいに挨拶あいさつした。
だが、しばらくくと、城下じょうか家々いえいえもまばらになった。――そしてうしろに柳生やぎゅうしろやまのすそにしろかえられた。
だまっててしまったけれど、あかるいうちにはかえれますね」
かえれるとも。おらがまた、おくってるから」
「だって、おまえは、荒木村あらきむらもどるのでしょ」
一里いちりぐらい、何度往なんどいしたって……」
はなしながらくうちに、城下端じょうかはずれの塩屋しおやのきで、しお子猪こじしにくとを交換こうかんしていた牢人ろうにんていのおとこあとからのそのそいついてた。

奔牛ほんぎゅう

いち

みちは、つき渓流けいりゅう沿ってくのである。ほどにまた、そのみちわるくなるばかりだった。ふゆえた雪解ゆきげのあとは、とお旅人たびびとまれれだし、このあたりまで、梅花うめさぐりにものなどはほとんどない。
丑之助うしのすけさん。おまえむらからさとときは、いつもここをとおってるの」
「ああ」
荒木村あらきむらからは、柳生やぎゅうるよりも、上野うえの御城下ごじょうかたほうが、なにをするにも、ちかいんでしょ」
「けれど、上野うえのには、柳生様やぎゅうさまみたいな剣法けんぽうのお屋敷やしきがないものなあ」
剣法けんぽうきかえ」
「うん」
「お百姓ひゃくしょうには、剣法けんぽうはいらないじゃないか」
いま百姓ひゃくしょうだけど、以前いぜん百姓ひゃくしょうじゃねえもの」
「おさむらい
「そうだよ」
「おまえも、おさむらいになる?」
「アア」
丑之助うしのすけは、うし手綱たづななげうって、渓流けいりゅうのふちへりた。
いわからいわわたしてある丸太まるたはしが、渓流けいりゅうんでいるのをなおして、もどってた。
すると、あとからあるいていた牢人ろうにんていのおとこが、さきはしわたってった。はし途中とちゅうからも、むこうへわたってからも、おつうのすがたを、何度なんど不遠慮ぶえんりょかえって、すたすたと山間やまあいかくれてった。
だれだろ?」
つうは、うしで、ちょっと不気味ぶきみもちにおそわれてつぶやいた。丑之助うしのすけはわらって、
「あんな者恐ものこわいのか」
こわかないけれど……」
奈良ならからわれた牢人ろうにんだよ。このさきくと、山住居やまずまいしてたくさんいるぜ」
大勢おおぜい?」
つうは、かえろうかとまどった。梅花うめはもうところいていた。けれど山峡やまあい冷気れいき肌身はだみみて、梅花ばいかたのしむよりも、こころ人里ひとざとにばかりかれていた。
だが、丑之助うしのすけ手綱たづなは、無心むしんさきさきあるいている。そして、
「おつうさん、後生ごしょうだから、おらを木村様きむらさまたのんで、おしろ庭掃にわはきでも水汲みずくみにでも、やとってくれねえかなあ」
などといった。
丑之助うしのすけ日頃ひごろのぞみは、それにあるらしかった。祖先そせん菊村きくむらといい、親代々おやだいだい又右衛門またえもん名乗なのってたから、自分じぶんさむらいになったうえは、又右衛門またえもんあらためる。そして菊村きくむらというからは、えら先祖せんぞていないから、自分じぶん剣法けんぽういえてたら、郷土きょうどって荒木あらきせいにし、荒木又右衛門あらきまたえもんのるつもりだ――などと姿すがたげない抱負ほうふべる。
つうは、この少年しょうねんゆめくにつけ、城太郎じょうたろうはどうしたろうと、おとうとのように、わかれたかれかんがされた。
(もう、十九じゅうく二十歳はたち
城太郎じょうたろうとしをかぞえると、ふと彼女かのじょたまらないさびしさにられた。自分じぶんとしおもしたからである。つき梅花うめはまだあさはるだったが、自分じぶんはるぎようとしている。おんな二十五にじゅうごえては――。
「もうかえりましょう。丑之助うしのすけさん。もとみちへ、かえっておくれ」
丑之助うしのすけは、飽気あっけないかおしたが、いわるるままうしかしらなおした。――と、何処どこかで、オオーイとこえがその時聞とききこえた。