401・宮本武蔵「二天の巻」「栄達の門(1)(2)」


朗読「401二天の巻57.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 43秒

栄達えいたつもん

いち

一夜いちやごとに落葉おちばがたまる。邸内ていないき、もんけ、落葉おちばやまをつけて、門番もんばん朝飯あさめしべているころ、北条新蔵ほうじょうしんぞうは、あさ素読そどくと、家臣相手かしんあいて撃剣げきけん稽古けいこをおえ、あせからだ井戸端いどばたいて、ついでにうまやうまたちの機嫌きげんのぞきにる。
仲間ちゅうげん
「へい」
栗毛くりげはゆうべかえらなかったな」
うまよりは、あのはいったい、何処どこっちまったんでしょう」
伊織いおりか」
「いくら子供こどもかぜだって、まさかどおし、あるいているわけでもないでしょうに」
心配しんぱいはない。あれは、かぜというよりは、だからな。ときどき、野原のはらてみたくなるにちがいない」
門番もんばんじいがそこへはしってて、かれげた。
若旦那わかだんなさま。お友達ともだちかた大勢おおぜいして、あれへおしなさいましたが」
友達ともだちが」
新蔵しんぞうあるして、玄関前げんかんまえにかたまっている六名ろくめい青年せいねんたちへこえをかけた。
「やあ」
すると、青年せいねんたちも、
「ようっ」
朝寒顔あさざむがおそろえて、かれほうちかづいてながら、
「しばらく」
「おそろいで」
「ご健勝けんしょうか」
「このとおりだ」
「お怪我けがをなされたとうわさにいていたが」
なに。さしたるほどではない。――早朝そうちょうから諸兄しょけいおそろいで、何事なにごと御用ごようでも」
「む、ちと」
六名ろくめいかお見合みあわせた。この青年せいねんたちはみな旗本はたもと子弟していとか、儒官じゅかん子息しそくとか、それぞれしかるべきいえであった。
また先頃さきごろまでは、小幡勘兵衛おばたかんべえ軍学所ぐんがくじょ生徒せいとでもあったから、そこの教頭きょうとうだった新蔵しんぞうからすれば軍学ぐんがくのおとうと弟子でしにあたる者達ものたちである。
「あれへこうか」
新蔵しんぞうは、平庭ひらにわ一隅いちぐうえている落葉おちばやまゆびさした。その焚火たきびかこって、
さむくなると、まだここの傷口きずぐちいたんでな……」
頸首えりもとてた。
新蔵しんぞうのその刀傷かたなきずを、青年せいねんたちはこもごものぞいて、
相手あいてはやはり、佐々木小次郎ささきこじろうきましたが」
「そうだ」
新蔵しんぞうは、にいぶるけむりに、かお反向そむけて、沈黙ちんもくしていた。
「きょうご相談そうだんまいったのは、その佐々木小次郎ささきこじろうについてでござるが……。亡師勘兵衛先生ぼうしかんべえせんせい御子息ごしそく余五郎よごろうどのをったのも、小次郎こじろう仕業しわざと、やっと昨日きのうれましたぞ」
多分たぶん……とはおもっていたが、なにか、証拠しょうこがあがりましたか」
余五郎よごろうどのの死骸しがい発見はっけんされたのは、れいしば伊皿子いさらごてら裏山うらやまでした。あれから吾々われわれが、けて詮議せんぎしてみると、伊皿子坂いさらござかうえには、細川家ほそかわけ重臣じゅうしん岩間角兵衛いわまかくべえというものまっており、その角兵衛かくべえたく離室はなれに、佐々木小次郎ささきこじろう起居ききょしていたことがれたのです」
「……ム。では余五郎よごろうどのは、単身たんしんでその小次郎こじろうところへ」
かえちにおなりなされたのです。死骸しがいとして、裏山うらやまがけから発見はっけんされた前日ぜんじつ夕方ゆうがた花屋はなやのおやじが、それらしいお姿すがたを、附近ふきんかけたということで……かたがた、小次郎こじろうにかけて、がけ死骸しがい蹴込けこんでおいたことは、もはやうたが余地よちもございません」
「…………」
はなしはそこでれて、幾人いくにんものわかひとみは、断絶だんぜつした師家しかうらみを、落葉おちばけむりなか悲痛ひつうつめっていた。

「で? ……」
新蔵しんぞうにほてったかおげ、
「それがしに相談そうだんとは」
青年せいねん一人ひとりが、
師家しか今後こんごです。それと、小次郎こじろうたいするわれわれの覚悟かくごのほどを」
ほかものがまた、
「あなたを中心ちゅうしんめておきたいというわけで」
と、いいした。
新蔵しんぞうかんがえこんでしまう。――青年せいねんたちは、なおくちをきわめて、
「おおよびかもれぬが、佐々木小次郎ささきこじろうは、おりおり細川ほそかわ忠利ただとしこうかかえられ、すでに藩地はんち旅立たびだったということだ。――ついに、吾々われわれ憤死ふんしせられ、御子息ごしそくかえちにあい、しかも同門どうもん多数たすうかれ蹂躙じゅうりんされたまま、かれ栄達えいたつれの退府たいふを、むなしくていなければならないのか……」
新蔵しんぞうどの、残念ざんねんではないか。小幡門下おばたもんかとして、このままでは」
だれかが、けむりせる。落葉おちばからしろはいう。
新蔵しんぞう依然いぜんだまりこくっていたが――てしない同門どうもんたちの悲憤ひふんりに、
なんせい拙者せっしゃは、小次郎こじろうからけたかたな傷痕きずあとが、このさむさに、まだしんしんといたんでおる。いわば恥多はじおお敗者はいしゃ一名いちめいだ。……さしあたって、さくもないが、各々おのおのとしては一体いったい、どうなさろうというおかんがえか」
細川家ほそかわけだんもうとおもうのです」
なんと」
逐一ちくいち経緯いきさつべて、小次郎こじろうがらを吾々われわれわたしてもらいたいと」
って、どうさる」
亡師ぼうし御子息ごしそく墓前ぼぜんに、彼奴きゃつこうべ手向たむけます」
縄付なわつきくださればよいが、細川家ほそかわけでもそうはいたすまい。われわれのてる相手あいてなら、今日きょうまでにもうにてている。――また、細川家ほそかわけとしても、武芸ぶげいけたところをって召抱めしかかえた佐々木小次郎ささきこじろう各々おのおのからわたせといっても、かえって小次郎こじろう武技ぶぎはくけるようなもので、そういう勇者ゆうしゃなればなおさら、わたせぬとるにちがいない。いちど家臣かしんとした以上いじょう、たとえ新規召抱しんきめしかかえであろうと、おいそれとわたすような大名だいみょうは、細川家ほそかわけならずとも、何処どこはんでもないとおもうが」
「さすれば、やむをぬ。最後さいご手段しゅだんをとるばかりだ」
「まだほかに手段しゅだんがあるのですか」
岩間角兵衛いわまかくべえ小次郎こじろう一行いっこうったのはつい昨日きのうのこと。いかければ道中どうちゅうく。貴公きこう先頭せんとうにして、ここにいる六名ろくめい、そのほか小幡門下おばたもんか義心ぎしんあるもの糾合きゅうごうして……」
旅先たびさきつといわれるのか」
「そうです。新蔵しんぞうどの、あなたもってください」
「わしはいやだ」
いやだと」
いやだ」
「な、なぜです。けば貴公きこうは、小幡家おばたけ名跡みょうせきをついで、亡師ぼうし家名かめい再興さいこうすると、つたえられておるなのに」
自分じぶんてきとする人間にんげんのことは、だれしも、自分じぶんよりすぐれているとおもいたくないものだが、公平こうへいに、われとかれとをくらべれば、けんっては、所詮しょせんわれわれのたおせるてきではない。たとえ同門どうもん糾合きゅうごうして、何十人なんじゅうにんおそおうとも、いよいよはじ上塗うわぬりをするばかり」
「では、ゆびくわえて」
「いやこの新蔵しんぞうにせよ、無念むねんひとつだ。ただわしは、時期じきとうとおもう」
ながい」
一人ひとり舌打したうちすると、
口上こうじょうだ」
ののしものもあって、もう相談そうだん無用むようと、落葉おちばはい新蔵しんぞうをそこにのこして、血気けっき早朝そうちょうきゃくは、わらわらかえってしまった。
ちがいに、門前もんぜんくらからりた伊織いおりは、うま口輪くちわッぱって、戛々かつかつと、邸内ていないはいってた。