399・宮本武蔵「二天の巻」「逃げ水の記(6)(7)」


朗読「399二天の巻55.mp3」8 MB、長さ: 約 9分 17秒

「きっととどけるよ」
伊織いおりは、手紙てがみを、懐中ふところへしまいこんだ。
そしてすばやく、
「あばよ!」
おばばと小次郎こじろうあいだからろく七間しちけんはなれて、
「ばかっ」
と、いいはなった。
「な、なんじゃと」
ばばは、おうとした。
だが、小次郎こじろうおさえてはなさなかったのである。小次郎こじろう苦笑くしょうして、
「いわしておけ。どものことだ……」
伊織いおりは、もっとなにか、むねにつかえていたものをいおうとして、とどまったのであるが、口惜くやなみだにかすんで、きゅうくちもうごかないのであった。
「なんだ小僧こぞう。――ばかといったようだが、それきりか」
「そ、それきりだいッ」
「あはははは。おかしなやつだ。はやくけ」
おおきなお世話せわだよ。ていろ、きっと、この手紙てがみは、先生せんせいわたしてやるから」
「おおとどけるのだ」
あと後悔こうかいするんだろ。おまえたちが、ぎしりしたって、先生せんせいが、けるものか」
武蔵むさして、けないくちをきく小僧こぞう弟子でしだ。だが、なみだをためて、肩持かたもちをするところは可憐しおらしい。武蔵むさしんだら、わしをたよってい、庭掃にわはきにつかってやる」
揶揄からかったのである。しかし伊織いおりほねずいまで恥辱ちじょくおぼえた。いきなりあしもとのいしひろって、げつけようとしたのである。そのを、無自覚むじかくりあげたせつな、
餓鬼がきっ」
小次郎こじろうが、はったと、自分じぶんのほうをた。たというよりは、たまがとびかかってたような衝動しょうどうだった。いつかのばんなどまだまだよわいくらいだった。
「…………」
あえなくいしよこてて、伊織いおり無性むしょうしていた。いくらげてもげてもこわさがてられなかった。
「…………」
武蔵野むさしののまんなかに、かれいきをきってすわりこんでいた。
二刻ふたときもそうしていた。
そのあいだに、伊織いおりはおぼろげながら、わがたのひと境遇きょうぐうを、はじめてかんがえてみたのだった。てきおおひとだということが子供こどもごころにもわかった。
(おいらもえらくなろう)
いつまで、無事ぶじに、そしてながほうじるためには、自分じぶん一緒いっしょえらくなって、まもちからをはやくたなければならないとおもった。
「……えらくなれるかしら、おいらなんか」
正直しょうじきに、かれは、自分じぶんかんがえてみる。さっきの小次郎こじろう眼光がんこうおもされてまた、ぞっとがよだったのである。
ひょっとしたら、自分じぶん先生せんせいでも、あのひとにはかなわないのじゃないかしら? ――そんな不安ふあんさえいだきはじめた。そしたら、もっと自分じぶん先生せんせい勉強べんきょうしなければ――とかれらしい取越とりこ苦労ぐろうった。
「…………」
くさなかに、ひざをかかえているまに、野火止のびどめ宿しゅくも、秩父ちちぶ連峰れんぽうも、しろ夕霧ゆうぎりにつつまれている。
そうだ。新蔵様しんぞうさま心配しんぱいするかもれないが、秩父ちちぶまでってしまおう。牢舎ろうやにいる先生せんせいにこの手紙てがみとどけよう。れても、あの正丸峠しょうまるとうげえさえすれば――。
伊織いおりって、まわした。にわかに、てたうまおもしたのである。
「どこへったろ? おいらのうまは?」

なな

北条家ほうじょうけうまやからしてこまである。螺鈿らでんくらがついている。野盗やとうつけたら見逃みのがしっこない逸物いちもつなのだ。――伊織いおりさがしあぐねたて、口笛くちぶえをふきならして、しばらく草枯くさがれの野末のずえまわしていた。
みずきりか、うすいけむりのようなものが、くさあいだを、ひくくうごいてゆく。――そこらに、こま跫音あしおとがするようながしてけてけば、こまかげもなく、みずながれもない。
「おや? 彼方むこうに」
と、なにやらくろいもののうごくのをて、またけてゆくと、それはひろっていた野猪のじしだった。
野猪のじしは、伊織いおりのそばをかすめて、はぎむらのなかへ、旋風つむじみたいにった。――振向ふりむくと、ししとおったあとには、幻術師げんじゅつしつえせんいたように、ばくとしてひとすじの夜霧よぎりしろっている――
「……?」
だが、きりかとながめているうちに、きり水音みずおとて、やがて、小川おがわのせせらぎのうえあざやかなつきかげかべてくる。
「…………」
伊織いおりこわくなってた。かれ幼時ようじからいろいろな神秘しんぴっている。胡麻粒ごまつぶほどな天道虫てんとうむしにでも、かみ意志いしがあるとしんじている。うごく枯葉かれはも、みずも、かぜも、伊織いおりには、無心むしんなものであるものひとつもなかった。そうして有情うじょう天地てんちれると、かれおさなこころも、あきくさむしみずとも蕭々しょうしょうとうらさびしいふるえをててくる。
かれはふいに、おおきくこえをしゃくって、きはじめた。
うまつからないので、きたくなったわけでもない、きゅう父母ふぼのないかなしくなったともえない。ひじげてかおて、そのかおかたをしゃくっては、あるあるいてくのである。
こういうとき少年しょうねんなみだは、彼自身かれじしんにもあまかった。
人間以外にんげんいがいの、ほしか、せいが、もしかれむかって、
――なんくか。
たずねたら、かれきやみもせずいうにちがいない。
――わからないや。わかることならきなんかしないや。
それをもっとなだめすかしていつめれば、かれついにこういうだろう。
――おいらは、ひろるとふいにきたくなることがよくあるんだ。そしていつも法典ほうてんはら一軒家いっけんやがそこらにあるようながしてならないんだよ。
ひとやまいのある少年しょうねんには、ひとくたましいのたのしみが同時どうじにあった。いていてきぬいていると、天地てんちがあわれといたわなぐさめてくれるのである。そしてなみだかわきかけてくると、くもなかたようにこころ晴々はればれかえってくる。
伊織いおり伊織いおりではないか」
「おお、伊織いおりだ」
かれのうしろで突然とつぜんそういう人声ひとごえがした。伊織いおりらしたのままみちいた。ふたりの人影ひとかげ夜空よぞらえた。ひとりはうまうえなので、れのものよりずっと姿すがたたかえた。