47・宮本武蔵「水の巻」「坂(4)(5)」


朗読「47水の巻11.mp3」14 MB、長さ: 約10分01秒

 おすぎばばの信仰しんこうをまねて、権叔父ごんおじをあわせた。
 悲壮ひそうぎて、滑稽こっけいかんじたのであろう、群衆ぐんしゅうはそれをると、クスリとわらった。
だれだい、わらうやつは」
 かごかきの一人ひとりが、それへむかって、おこるように呶鳴どなった。
「――なにがおかしいんだ、わらいごッちゃねえぞ、このご隠居様いんきょさまは、とお作州さくしゅうからなすって、自分じぶん息子むすこよめってげた野郎やろうつために、さきごろからこの清水寺きよみずでら日参にっさんをしておいでなさるんだ。――きょうがその五十幾日目ごじゅういくにちめで、はからずも、ちゃわんざかで――そこにいる野郎やろうよ――その相手あいて野郎やろうとおるのをつけたンだ」
 こう一人ひとり説明せつめいすると、また一人ひとりが、
「さすがにさむらいすじというものは、ちがったもんじゃねえか、あのとしでよ、故郷くににいれば、まごでもいて、らくなご隠居いんきょでいられるを、たびて、息子むすこのかわりに、家名かめいはじすすごうッていうんだから、あたまがらあ」
 ――すぐほかのものがまた、
おれたちだって、なにもご隠居いんきょから毎日まいにち酒代さかてをいただいているからの、ごひいきになっているからのと、そんなケチな量見りょうけん加勢かせいするわけじゃねえ。――あのとしで、わか牢人ろうにん相手あいてに、勝負しょうぶしようっていう心根こころねが、たまらねえんだ。――よわいほうにつくのは人情にんじょうあたりめえだろう。もし、ご隠居いんきょのほうがけたら、おれたちそうがかりであの牢人ろうにんむかうよ、なあみんな」
「そうだとも」
老婆としよりたせてたまるものか」
 かごかきたち説明せつめいくと、群衆ぐんしゅうも、ねつをおびて、ざわめきだした。
「やれ、やれ」
 と、けしかけるものもあるし、
「――だが、ばあさんの息子むすこはどうしたんだ」
 と、たずねるものもある。
息子むすこか」
 それはかごかきの仲間なかまだれらないらしく、多分死たぶんしんでしまったのだろうというものもいるし、いやその息子むすこ生死せいし旁々かたがたさがしているのだとったふうにいているものもある。
 ――そのとき、おすぎばばは、数珠じゅずをふところへしまっていた。かごかきも群衆ぐんしゅうも、同時どうじに、ひっそりした。
「――武蔵たけぞう!」
 ばばは、こし小脇差こわきざしひだりてて、こうびかけた。
 先刻さっきから武蔵むさしはそこに黙然もくねんっていた。――およそ三間さんけんほどの距離きょりをおいて――ぼうのようにっていた。
 権叔父ごんおじも、隠居いんきょのわきから、足構あしがまえして、くびまえばし、
「やいっ」
 と、ぶ。
「…………」
 武蔵むさしは、こたえる言葉ことばらないもののようだった。
 姫路ひめじ城下じょうかで、たもとをわかつとき沢庵たくあんから注意ちゅういされた記憶きおく今思いまおもされたが、かごかきたちが、群衆ぐんしゅうむかっていいふらしていた言葉ことばは、心外しんがいにたえない。
 そのほか、その以前いぜんから、本位田一家ほんいでんいっかものに、うらみとしてふくまれていることも、自分じぶんにとってはそのままけとりにくいものである。
 ――ようするに、せまい郷土きょうどのうちの面目めんぼく感情かんじょうにすぎないのだ。本位田又八ほんいでんまたはちがここにいさえすればあきらかにけることではないかとおもう。
 しかし武蔵むさしいま当惑とうわくしていた。――この目前もくぜん事態じたいをどうするかである。このよぼよぼなばばちた古武者こむしゃ挑戦ちょうせんに、かれは、ほとん当惑とうわくする。――じっとまもっている無言むごんは、ただ迷惑めいわくきわまるかおでしかなかった。
 かごかきどもは、それをて、
「ざまをみろ」
すくんでしまやがった」
おとこらしく、ご隠居いんきょに、たれちまえ」
 と、くちぎたなく、応援おうえんする。
 おすぎばばは、かんのせいか、をバチバチとしばたたいて、つよかおった。――とおもうと、かごかきどもをいて、
「うるさいッ、おことらは、証人しょうにんとして立会たちおうてくれればむ。――わしらが二人討ふたりうたれたら、ほねは、宮本村みやもとむらおくってくだされよ。たのんでおくはそれだけじゃ。そのほかは、いらざる雑言ぞうごん助太刀無用すけだちむようになされ」
 と、小脇差こわきざしつばをせりして、さらに一歩いっぽ武蔵むさしをにらんで、まえた。

武蔵たけぞうっ――」と、ばばは、なおした。
れはもとむら武蔵たけぞうといい、このばばなどは、悪蔵あくぞうんでいたものじゃが、いまでは、えているそうじゃの、宮本みやもと武蔵むさしと。――えらそうなわいの。……ホ、ホ、ホ」
 と、皺首しわくびって、まず、かたなまえに、言葉ことばからってかかった。
「――さええたら、このばばにも、さがてられまいとおもうてかよ! 浅慮あさはかな! 天道様てんとうさまは、このとおり、おぬしがまわさきとてもらしてござるぞよ。……さ、見事みごとばば首取くびとるか、おぬしが生命いのちをもらうか、勝負しょうぶをしやれ」
 権叔父ごんおじも、つぎに、しわがれごえをしぼった。
れが、宮本村みやもとむら逐電ちくでんして以来いらい指折ゆびおかぞうればもう五年ごねん、どれほどさがすにほねったことか。清水寺きよみずでら日参にっさんのかいあって、ここでわれにうたることのうれしさよ。いたりといえども淵川権六ふちかわごんろくまだまだ、れがごと小僧こぞうにおくれはらぬ。さあ、覚悟かくご
 ぎらりと、太刀たちいて、
ばば、あぶないぞや。うしろへけておれ」
 と、かばうと、
「なにをいう!」
 ばばは、かえって権叔父ごんおじ叱咤しったし、
「おぬしこそ、中風ちゅうぶうんだ揚句あげくじゃによって、あしもとををつけなされ」
「なんの、われらには、清水寺きよみずでらしょ菩薩ぼさつが、おまもりあるわ」
「そうじゃ権叔父ごんおじ本位田家ほんいでんけのご先祖せんぞさまも、うしろに助太刀すけだちしていなさろう。ひるむまいぞ」
「――武蔵むさしっ、いざッ」
「いざッ」
 二人ふたり遠方えんぽうからさきをそろえてこういどんだ。しかし、とう武蔵むさしは、それにおうじてないのみか、沈黙ちんもくしているので、おすぎばばは、
じたかよッ! 武蔵むさしっ」
 ちょこちょこと、みぎのほうへまわってろうとしたのである。ところが、いしにでもつまずいたとみえ、両手りょうてをついて、武蔵むさしあしもとへころんでしまったので、
「あっ、られるぞ」
 周囲まわり人垣ひとがきが、俄然がぜんさわって、
はやく、たすけてやれっ」
 さけんだが、権叔父ごんおじすらうしなって、武蔵むさしかおうかがっているにとどまる。
 ――だが気丈きじょうばばだ。ほうしたかたなひろってつと、自分じぶんがり、権叔父ごんおじのそばへんでかえって、すぐかまえを武蔵むさしなおした。
阿呆あほうよッ、そのかたなは、かざりものか、うではないのか!」
 仮面めんのように無表情むひょうじょうであった武蔵むさしは、はじめて、そのとき
「ないっ」
 と、おおきなこえでいいはなった。
 そして、かれあるしてたので、権叔父ごんおじと、おすぎばばは、両方りょうほうびわかれ、
「ど、どこへきやる、武蔵むさしッ――」
「ないっ」
ていっ、おのれ、たぬかよ!」
「ない」
 武蔵むさしは、三度さんどおなこたえをげた。よこかないのである。すぐに、群衆ぐんしゅうなかってあゆつづけた。
「それ、げる」
 隠居いんきょが、あわてると、
がすな」
 かごかきたちは、どっと、雪崩なだれて、先廻さきまわりに、かこみをつくった。
「……あれ?」
「おや?」
 かこいはつくったが、もうそのなかに、武蔵むさしはいなかった。
 ――あとで。
 三年坂さんねんざかちゃわんざかを、ちりぢりにかえ群衆ぐんしゅうのうちで、あのとき武蔵むさしのすがたは、西門にしもん袖塀そでべい六尺ろくしゃくもある築土ついじへ、ねこのようにがって、すぐえなくなったのだ――と取沙汰とりざたするものもあったが、だれしんじなかった。権叔父ごんおじやおすぎばばは、なおしんじるはずもない。御堂おどう床下ゆかしたではないか、裏山うらやまげたのではないかと、れるまで、狂奔きょうほんしていた。