45・宮本武蔵「水の巻」「優曇華(6)坂(1)」


朗読「45水の巻9.mp3」14 MB、長さ: 約10分21秒

 まるで脱兎だっとあしだった。突当つきあたりの築土ついじを、そのおとこかげ蝙蝠こうもりのようにかすめて、よこれた。
 大勢おおぜいのみだれた跫音あしおとが、あッちだこッちだと、そのあとからくってく、まえへもまわってゆく。
 空也堂くうやどう本能寺ほんのうじあととが道路どうろはさんでいる薄暗うすぐらまちまでると、
卑怯者ひきょうもの
恥知はじしらずが」
「よくも、よくも、最前さいぜんは」
「さあ、もどれ」
 つかまえたのだ。ひどい乱打らんだ足蹴あしげもとに、とらわれたおとこおおきなうめきをはっしたが、それがげるだけまわっていたこの人間にんげん猛然もうぜんなおった挑戦ちょうせんであったとみえ、なかえりがみをってきずるようにっていた三名さんめいもの同時どうじ大地だいちへたたきつけられていた。
「あっ」
「こいつがッ」
 すでにになろうとするその旋風つむじへ、
った、った!」
人違ひとちがいだ」
 だれからともなくさけした。
「やっ、なるほど」
武蔵むさしじゃない」
 唖然あぜんとして気抜きぬけしているところおくせにくわわった祇園藤次ぎおんとうじが、
つかまえたか」
つかまえることはつかまえたが……」
「オヤ、このおとこは」
「ご存知ぞんじか」
「よもぎのりょうという茶屋ちゃやおくで――。しかも今日きょうったばかり」
「ほ? ……」
 いぶかしげに大勢おおぜいが、黙然もくねんと、こわれたかみ衣紋えもんなおしている又八またはちあしさきまででまわして、
茶屋ちゃや亭主ていしゅ?」
「いや亭主ていしゅではないと、あそこの内儀ないぎがいった、懸人かかりゅうどだろう」
「うさんなやつだ。なんだって、御門前ごもんまえにたたずんで、のぞんでなどおったのか」
 藤次とうじは、きゅうあしうつして、
「そんなものにかまっていては、相手あいて武蔵むさしいっしてしまう。はや手分てわけをして、せめて、かれとまっている宿先やどさきでも」
「そうだ、宿やどきとめろ」
 又八またはち本能寺ほんのうじ大溝おおみぞいて、黙然もくねんくびれていたが、わらわらってゆく跫音あしおとへ、何思なにおもったか、
「あ、もしっ、しばらく」
 と、びとめた。
 最後さいご一人ひとりが、
「なんだ」
 あしめると、又八またはちのほうからもあしはこんで、
「きょう道場どうじょう武蔵むさしとかいうものは、幾歳いくつくらいのおとこでした」
としなどはしらん」
「てまえと、同年どうねんくらいじゃございませんか」
「ま、そんなものだ」
作州さくしゅう宮本村みやもとむらもうしましたか、生国しょうごくは」
左様さよう
武蔵むさしとは、武蔵たけぞうくのでございましょうな」
「そんなことをいてどうするのだ。そちの知人ちじんか」
「いえ、べつに」
ようもないところをうろついていると、また、いまのような災難さいなんにあうぞ」
 いいてると、その一人ひとりやみった。又八またはちは、くらみぞ沿って、とぼとぼあるきだした。時々ときどきほしあおいではちどまっている。何処どこへという目的めあてもないような容子ようすなのである。
「……やっぱり、そうだった。武蔵むさしをかえて、武者修行むしゃしゅぎょうているとみえる。……今会いまあったら、かわっているだろうな」
 両手りょうてを、前帯まえおびっこんで、草履ぞうりさきいしる。そのいしひとひとつに、かれ友達ともだちかおを、にえがいた。
「……がわるいな、どうかんがえても、今会いまあうのは面目めんぼくない。おれにだって、意地いじはある。あいつに見蔑みさげられるのは業腹ごうはらだ。……だが吉岡よしおか弟子でしたちにつかったら生命いのちはあるまい。……何処どこにいるのか、らしてやりたいものだが」

 いしころのおお坂道さかみち沿い、行儀ぎょうぎわるならびのように、こけえた板廂いたびさしのきならべていた。
 くさい塩魚しおざかなくにおいがどこかでする。ひるごろのざしがつよい、不意ふいに、一軒いっけんのあばらのうちで、
かかあ餓鬼がきを、ぼしにしておいて、どのつらさげてかえってたかっ、このンだくれの、阿呆あほうおやじがっ」
 かんだかいおんなこえきこえ、それとともに一枚いちまいさら往来おうらいんでて、しろくだけたとおもうと、つづいて五十ごじゅうぢかい職人しょくにんていのおとこが、ほうされたようにころした。
 裸足はだしで、ちらしがみで、牝牛めうしのようなぶさをむねからはだけはなしている女房にょうぼうが、
「この、ばかおやじ、何処どこくっ」
 してて、おやじのまげをつかみ、ぽかぽかとなぐる、いつく。
 のつくようにいている。いぬはきゃんきゃんいう、近所きんじょからの仲裁ちゅうさいけてる。
 ――武蔵むさしいた。
 かさうちで、苦笑くしょうしてていた。かれは、先刻さっきからそののきつづきの陶器師すえものし細工場さいくばまえち、子供こどものように何事なにごとわすれて、轆轤ろくろへら仕事しごと見恍みとれていたのだった。
「…………」
 ふりいたはまたすぐ細工場さいくばのうちへもどっている。武蔵むさしは、とれていた。しかし、そこで仕事しごとをしている二人ふたり陶器師とうきしは、かおげなかった。粘土つちなかにたましいがはいっているように、三昧さんまいになりきっていた。
 路傍みちばたにたたずんでているうちに、武蔵むさしは、自分じぶんもその粘土つちねてみたくなった。かれには、なにかそういうことのきな性質せいしつ幼少ちいさときからあった。――茶碗ちゃわんくらい出来できるようながする。
 だが、その一人ひとりのほうの六十ろくじゅうぢかいおきなが、へらゆびのあたまで、いま一個いっこ茶碗ちゃわんになりかけている粘土つちをいじっているのをると、武蔵むさしは、自分じぶん不遜ふそん気持きもちがたしなめられた。
(これは、たいへんなわざだ、あれまでくには)
 このごろの武蔵むさしこころには、こういう感情かんじょういだくことがあった。ひとわざひとげいなににつけすぐれたものに尊敬そんけいである。
自分じぶんには、ものもできない)
 はっきりといまおもう。れば、細工場さいくば片隅かたすみには、戸板といたをおいてそれへさらかめ酒盃さかずき水入みずいれのような雑器ざっきに、やすをつけて、清水詣きよみずもうでの往来おうらいものかたわっているのである。――これほどな安焼物やすやきものつくるにも、これほどな良心りょうしん三昧さんまいとをもってしているのかとおもうと、武蔵むさし自分じぶんこころざけんみちが、まだまだとおいもののがした。
 ――じつは、ここ二十日はつかあまり、吉岡拳法よしおかけんぽうもんはじめ、著名ちょめい道場どうじょうあるいてみた結果けっか案外あんがいかんじをき、同時どうじ自分じぶん実力じつりょくが、自分じぶん卑下ひげしているほどつたないものではないというほこりもおおいにっていたおりなのである。
 府城ふじょう将軍しょうぐん旧府きゅうふ、あらゆる名将めいしょう強卒ごうそつのあつまるところ、さだめし京都きょうとにこそは、兵法へいほう達人上手たつじんじょうずがいるだろうとおもっておとずれてって、そのゆかこころから礼儀れいぎほどこしてかえるような道場どうじょうが、一軒いっけんでもあったろうか。
 武蔵むさしは、っては、そのたびに、さびしいもちをいだいて、そこらの兵法家へいほうかもんた。
おれつよいのか、さきよわいのか)
 かれにはまだ、判然はんぜんとしない。もし今日きょうまであるいてたような兵法家へいほうかが、いま代表的だいひょうてき人々ひとびとだとしたら、かれは、実社会じっしゃかいというものをうたがいたいとおもった。
 しかし――
 うっかり、それでおもがることは出来できないぞということを、かれいませられていた。わずか二十文にじゅうもん百文ひゃくもん雑器ざっきつくおきなにさえ、じっとていると、武蔵むさしは、こわいような三昧境さんまいきょう芸味げいみわざかんじさせられる。――それで生活くらしればうやわずのまずしい板屋囲いたやがこいではないか。社会しゃかいがどうしてあまいものであろうはずはない。
「…………」
 武蔵むさしは、だまって、こころのうちだけで、粘土つちまみれのおきなに、あたまげてそこののきはなれた。さかあおぐと清水寺きよみずでら崖道がけみちえる――