382・宮本武蔵「二天の巻」「漆桶(1)(2)」


朗読「382二天の巻38.mp3」9 MB、長さ: 約 10分 02秒

漆桶うるしおけ

いち

いしのうしろにていた伊織いおりは、はからずも二人ふたりはなしをそのままいていたのであるが、ただあやしげなと不審ふしんおこしただけで、はなし内容ないようくことはできなかった。
だが、荷駄にだった二人ふたりがそこをつと、伊織いおりもすぐあとからあるした。
「……?」
いち二度にどあやしむように、さき二人ふたりうまからかれ振向ふりむいたが、年齢ねんれい姿すがた見極みきわめて、警戒けいかいするにほどものでないとかんがえたか、それからあとには、すこしもかいしていない様子ようすであった。
それともなくよるになって、あとさきえなくなってた。そしてみちは、武蔵野むさしの一端いったんるまでは、ほとんど、くだりどおしであった。
「オ、おやじさま。あれに、扇町屋おうぎまちやえはじめてましたぞ」
一方いっぽうの、わかほおかぶりをした前髪まえがみかげが、くらうえからゆびさしたころ――ようやくみちもやや平坦へいたんになり、さき平野へいやには、入間川いるまがわみずが、やみなかいたおびのようにうねっていた。
さき二人ふたりにはなん警戒心けいかいしんもなかったようだが、あとからついてゆく伊織いおりは、どもごころにも、細心さいしんをくばって、二人ふたりあやしまれないように注意ちゅういしていた。
(あの二人ふたり泥棒どろぼうにちがいない)
と――それだけはかれにもわかっていたからである。
盗賊とうぞくというものが、どんなにこわいか――これはかれうまれた法典村ほうてんむら一年いちねんおきに匪賊ひぞくおそわれて、そのあと一箇いっこにわとりたまごも、一升いっしょう小豆あずきもなくなってしまう惨状さんじょうなので、よくりつくしていたし、また、平気へいき人間にんげんころすものだというようなばくとした観念かんねん幼少ようしょうからみついているので、つかったらころされるようながするのであった。
それほどこわいものならば、なぜ伊織いおりは、はやく横道よこみちへでもがってしまわないか――とうたがわれるが、そのかれは、かえって反対はんたいに、ふたつの荷駄にだかげにくッついて、何処どこまでもいてゆくのであった。その理由りゆうはごく簡単かんたんであって、
三峰みつみね権現ごんげんさまの宝蔵くらをやぶって、たくさんなおかねをぬすした盗賊とうぞくは、きっとこの二人ふたりにちがいない)
と、こころのうちで、めてしまっているからである。
さっきいしうしろで、あやしいとおもったとたんに、伊織いおりあたまにひらめいたのはそういうかんがえであった。少年しょうねん直感ちょっかんには、それをまた、反覆はんぷくしてみたりほかかえりみたりしているまよいがない。てっきりこいつだとおもいこんだらもう一途いちずに、この二人ふたりこそ、三峰みつみね怪盗かいとうでなければならなかったのである。
やがてかれも、荷駄にだかげも、扇町屋おうぎまちや宿場しゅくばなかあるいていた。うしろの荷駄にだっている一文字笠いちもんじがさは、さきへゆくほおかぶりの前髪男まえがみおとこをあげて、
城太じょうた城太じょうた。このへんはらこしらえてこうではないか。うまにも飼糧かいばをくれねばならぬし、わしも、いっぷく煙草たばこがつけたい」
と、くらうえでいった。
うすぐらのもれている飯屋めしやそとに、荷駄にだつないで、二人ふたりなかへはいった。わかほう前髪男まえがみおとこは、入口いりぐちはしこしかけて、めしをたべながらも、たえず荷駄にだ見張みはっているようであった。そして、自分じぶんおわるとすぐそとて、こんどは二頭にとううまに、干糧ほしぐさっていた。

そのあいだ伊織いおりもよそで買喰かいぐいをしていた。そして荷駄にだ二人ふたりがまた、宿場しゅくばさきすすんでくのをると、くちをうごかしながら、うしろからいかけてった。
みちはまた、くらくなった。しかし武蔵野むさしのくさからくさ平地へいちである。
くらうえから、くらうえかえりって、荷駄にだのふたりは、時々話ときどきはなしかけてゆく。
城太じょうた
「はい」
木曾きそほうへ、まえぶれの飛脚ひきゃくしておいたろうな」
手筈てはずしておきました」
「では、首塚くびづかまつへ、木曾きそしゅうて、こよいあわせているわけだの」
「そうです」
時刻じこくは」
夜半よなかといっておきましたから、これからまいれば、ちょうどよいころになりましょう」
いたるほうはれのもの城太じょうたとよび、わかほう一方いっぽうを、おやじさまとよんでいる。
(この盗賊とうぞく親子おやこだろうか)
伊織いおりはそうかんがえて、なおさらおそろしくおもった。そしてもとより、自分じぶんちからでは到底捕とうていつかまえることはむずかしいが、二人ふたりかえってゆく住家すみかをつきとめて、あとからかんうったえてれば、自然しぜん武蔵むさしのむじつのつみもはれて、ろうからかれてるにちがいない――としんじるのであった。
かれかんがえているように、そううまくくかどうかは疑問ぎもんだが、三峰みつみね怪盗かいとう直感ちょっかんしたかれ童心どうしんのひらめきは、そう見当違けんとうちがいなものでもないらしい。
あたりにひともなしとおもって、大声おおごえかたってゆくはなしぶりといい、また、あれからのこの両名りょうめい行動こうどうといい、いよいよあやしいふしばかりなのである。
川越かわごえまちはもうぬまみたいにしいんとねむりにちていた。のないなみをよこて、二頭にとう荷駄にだ首塚くびづかおかへのぼってった。のぼくちみちばたに、

首塚くびづかまつ
このうえ

と、しるしたいしがあった。伊織いおりはそのへんからがけなかまぎんだ。
おかうえには、おおきな一本松いっぽんまつがみえる。そのまつ一頭いっとううまつないであった。そしてまつかたに三人さんにんおとこが――旅支度たびじたくをした牢人ろうにんていのものどもが――ひざかかえてちあぐねていたが、ふとがって、
「おう、大蔵様だいぞうさまだ」
と、のぼって二頭にとう荷駄にだむかえて、ただならぬしたしみで久闊きゅうかつじょうべたり、無事ぶじよろこったりしているのであった。
やがて、けぬうちにと、何事なにごとかいそぎはじめて、大蔵だいぞうのさしずのもとに、一本松いっぽんまつした巨石おおいしをとりのけると、一人ひとりくわをもってそこをはじめた。
うずめておいた金銀きんぎんが、つちともされた。ぬすむたびに、ここへ隠匿いんとくしておいたものとみえ、それはおびただしいがくであった。
前髪まえがみほおかぶりの――城太じょうたとよばれた若者わかものもまた――ここまでって荷駄にだから、漆桶うるしおけをみなろし、ふたやぶって、つちのうえになかものをぶちまけた。
漆桶うるしおけなかからたものはうるしではなかった。三峰権現みつみねごんげん宝蔵ほうぞうからかげかくした砂金さきんである。あななかからしたものと、それとをあわせれば何万両なんまんりょうというがくにのぼる金銀きんぎんがそこにまれたのであった。
さて、それをまた、いくつものけて詰込つめこむと、三頭さんとううまくくしつけて、からになった漆桶うるしおけや、不用ふようものを、すべてあななか蹴込けこみ、きれいにつちをかぶせてしまった。
「これでよし、これでよし。――まだ夜明よあけにはだいぶがある。まあ、いっぷくつけようか」
大蔵だいぞうは、そういって、まつかたにすわりこみ、ほかの四名よんめいも、つちはらって車座くるまざになった。