41・宮本武蔵「水の巻」「陽なた陽かげ(5)(6)」


朗読「41水の巻5.mp3」16 MB、長さ: 約11分46秒

 化粧みがきぬいて、盛装せいそうして――おんな外出がいしゅついた感傷かんしょうっている、それを、みだされたがしたのであろう。
なんですって」
 おこうにかどをてた。
わたし藤次様とうじさまと、どこが、おかしいんですか」
「おかしいと、だれがいった」
いま、いったじゃありませんか」
「…………」
おとこのくせに――」
 と、おこうは、はいをかぶせたようにだまってしまったおとこかおをにらんで、
いてばかりいるんだから、ほんとに、いやになっちゃう!」
 そして、ぷいと、
朱実あけみ、おかしなひとかまってないでこう」
 又八またはちは、そのすそへ、うでをのばした。
「おかしいとは、なんだっ。――良人おっとをつかまえて、おかしいとは」
「なにさ」
 おこう退けて、
亭主ていしゅなら、亭主ていしゅらしくしてごらん。だれわせてもらっているとおもうのさ」
「な……なに……」
江州ごうしゅうてから、百文ひゃくもんかねだって、おまえがかせいだことがあるかえ。わたしと、朱実あけみうでくらしてたんじゃないか。――さけをのんで、毎日まいにちぶらぶらしていて、どう文句もんくをいうすじがあるえ」
「だ……だからおれは、いしかつぎしても、はたらくといっているんだ。それをてめえが、やれ、まずいものえないの、貧乏長屋びんぼうながやはいやだのと、自分じぶんきで、おれにもはたらかせず、こんな泥水稼業どろみずかぎょうをしているんじゃねえか。――やめてしまえッ」
なにを」
「こんな商売しょうばい
「やめたら、あしたからべるのをどうするのさ」
「おしろいしかつぎしても、おれわしてみせる。なんだ、二人ふたり三人さんにんくらしぐらい」
「それほどいしかつぎや、材木曳ざいもくひきがしたいなら、自分じぶんだけここをて、ひとぐらしで土方どかたでもなんでもしたらいいじゃないか。おまえさんは、作州さくしゅう田舎者いなかもの、そのほうがうましょうっているのでしょ。なに無理むりにこのうちにいてくれとおがみはしませんからね、どうか、いやなら何時いつでも遠慮えんりょなく――」
 くやしなみだめている又八またはちさきから、おこうり、朱実あけみった。――そうして二人ふたりのすがたがまえからいなくなっても、又八またはちは、一方いっぽうをにらみつけていた。
 ぼろぼろとのわくようになみだたたみちる。いまにしてやむことはすでにおそいが、せきはらくずれのを、あの伊吹山いぶきやま一軒家いっけんやかくまわれたことは、一時いちじは、ひとなさけのあたたかさにあまえ、生命いのちびろいをした幸運こううんていたが、じつはやはりてき擒人とりことなってしまったもおなじであった。――正々堂々せいせいどうどうてきとらわれて軍門ぐんもんかれた結果けっかと、多情たじょう後家ごけのなぐさみものになって、生涯男しょうがいおとこがいもなく悶々もんもんかげのなやみと侮蔑ぶべつしたきているのと、いったいどっちが幸福こうふくであった? ――あの人魚にんぎょったようにいつまでもわかくて、くなきせいあぶら白粉おしろいと、虚慢きょまんないやしさをたたえているすべたおんなに、これからというおとこわかみちをこうされて。
畜生ちくしょう……」
 又八またはちをふるわした。
畜生ちくしょうめ」
 なみだにじむ。ほねずいからきたくなる。
 なぜ! なぜ! おれはあの時宮本村ときみやもとむら故郷ふるさとかえらなかったろうか。おつうむねかえらなかったか。
 あのおつうじゅんむねへ。
 宮本村みやもとむらには、おふくろもいる。分家ぶんけむこ分家ぶんけあね河原かわはら叔父貴おじき――みんなッたかい!
 おつうのいる七宝寺しっぽうじかねはきょうもっているだろう。英田川あいだがわみずいまもながれているだろう、河原かわらはないていよう、とりはるうたっているだろう。
馬鹿ばか馬鹿ばか
 又八またはちは、自分じぶんあたまを、自分じぶんこぶしなぐった。
「この馬鹿ばかッ」

 ぞろぞろとって、いまいえかけるところらしい。
 おこう朱実あけみ清十郎せいじゅうろう藤次とうじ。――ゆうべから流連いつづけの客二人きゃくふたり母娘おやこ二人ふたり
 はしゃぎって、
「ほう、戸外そとはるだの」
「すぐ、三月さんがつですもの」
三月さんがつには、江戸えど徳川将軍家とくがわしょうぐんけが、御上洛ごじょうらくといううわさ。おまえたちはまたかせげるな」
「だめ、だめ」
関東かんとうざむらいあそばぬか」
あらっぽくて」
「……おかあさん、あれ、阿国おくに歌舞伎かぶき囃子はやしでしょう。……かねおときこえてくる、ふえおとも」
「ま――。このは、そんなことばかりいって、たましいはもう芝居しばいんでいるのだよ」
「だって」
「それより、清十郎様せいじゅうろうさまのおかさっておあげ」
「はははは、若先生わかせんせい、おそろいでよう似合にあいますぞ」
いやっ。……藤次とうじさんは」
 朱実あけみうしろをくと、おこうたもとしたで、藤次とうじにぎられていた自分じぶんをあわててもぎはなした。
 ――その跫音あしおとこえは、又八またはちのいる部屋へやのすぐそばながれてったのである。
 まど一重ひとえ往来おうらいを。

「…………」
 又八またはちこわが、そのまどから見送みおくっていた。あおどろかおったように、しつつんでいる嫉妬しっとである。
なんだッ」
 くら部屋へやへ、ふたたび、どかっとすわって、
「――なんのざまだっ、意気地いくじなしめ、このざまは、このベソは」
 それは自分じぶんののしっているのである。――がいない、小癪こしゃくにさわる、あさましい――すべて自分じぶんたいする自分じぶん憤懣ふんまんはっしている所作しょさなのだった。
「――ろと、あのおんなめがいうのだ。堂々どうどうと、けばいい。なにをこんないえに、こんなぎしりんでまでいなければならないわけがある。まだ、おれだって二十二にじゅうにだ。――いいわかものが」
 がらんときゅうしずかになった留守るすいえで、又八またはちひとりでこえしていった。
「そのとおりだ、それを」
 いてもってもおれなくなる。なぜだ! 自分じぶんにもわからない。混沌こんとんあたまがこんがらかるばかりだ。
 このいち二年にねん生活せいかつで、あたまわるくなったことを又八またはち自分じぶんでもみとめている。たまッたものではない、自分じぶんおんなが、よそのおとこせきてかつて自分じぶんへしたような媚態びたいをほかへっているのだ。よるねむれない。ひる不安ふあんそとない。そしては悶々もんもんと、かげの部屋へやで、さけだ、さけである。
 あんな年増女ばばあに!
 かれ忌々いまいましさをっている。目前もくぜんみにくいものをとばして、大空おおぞら青年せいねん志望しぼうばすことが、せめておそくとも、過誤かごみちをとりかえ打開だかいであることもわかっている。
 だが……さてだ。
 ふしぎなよる魅惑みわくがそれをきとめる。どうした粘力ねんりきだろう。あのおんなか。――けの、厄介者やっかいもののと、かんだかくののしったことばも、深夜しんやになればそれはみな悪戯いたずらごとのようにあのおんな快楽かいらくみつかわってしまうのだ。四十しじゅうちかとしになっても、むすめ朱実あけみおとらない臙脂べに紅々あかあかかしているくちびる
 ――それもある。また。
 いざとなると、此処ここても、おこう朱実あけみにふれるところで石担いしかつぎをやる勇気ゆうき又八またはちあわせていない。こういう生活せいかつ五年ごねんとなれば、かれからだにもなまけぐせがみこんでいることは勿論もちろんだった。はだきぬ灘酒なだ地酒じざけみわけがつくようになっては、宮本村みやもとむら又八またはちもはや、以前いぜん質朴しつぼく剛毅ごうきさのあったつちくさい青年せいねんとはちがう。ことにまだ二十歳はたちまえ未熟みじゅくなうちから、年上としうえおんなと、こういう変則へんそく生活せいかつをして青春せいしゅんが、いつのまにか、青年せいねんらしい意気いきけ、卑屈ひくつしぼみ、依怙地いこじゆがんでしまったのも、あたまえだった。
 だが! だが! 今日きょうこそは。
畜生ちくしょうあとであわてるな」
 憤然ふんぜんと、自分じぶんって、かれった。