373・宮本武蔵「二天の巻」「撥(3)(4)」


朗読「373二天の巻29.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 50秒

さん

 寄進者きしんしゃ台帳だいちょうなるものを役僧やくそうして、おざなりに調しらべてはくれたが、
「べつに、こちらにも、くわしいことはなにいてない。おやまには、度々たびたび参籠さんろうしてござるようじゃ。ともものが、幾歳いくつぐらいか、そんなことまでわからんよ」
 と、にべもない。
 それでも武蔵むさしは、
「お手数てすうをかけました」
 とれいをのべてそとた。そして神楽殿かぐらでんまえて、伊織いおり姿すがたさがすと、伊織いおり群衆ぐんしゅううしろにいた。ひくいので、うえにのぼり、こずえこしをかけて、神楽かぐらているのだった。
 かれは、武蔵むさしがそのしたたこともらない。まった放心ほうしんして、神楽殿かぐらでんまい見恍みとれている。
 くろひのき舞台ぶたいに、五色ごしきとばりれていた。むね四方しほうに、めぐらしてある注連しめに、山風やまかぜがそよとうごいて、庭燎にわびがチラチラえつきそうに時折ときおりかすめる。
「…………」
 武蔵むさしもいつか、伊織いおりともに、舞台ぶたいけていた。
 かれにも、伊織いおりとおなじがあった。故郷ふるさと讃甘さぬも神社じんじゃ夜祭よまつりが、此処ここのようながしてくる。群衆ぐんしゅうひといきれのなかには、おつうしろかおがあったり、又八またはちなにっていたり、ごん叔父おじあるいていたり――そして自分じぶんかえりのおそいのをあんじて、さがはは姿すがた彷徨さまよっていたり――など、そのころおさな幻影げんえいに、さながら、いまをつつまれているのだった。
 舞台まいゆかすわって、ふえかまえ、ばちっている、古雅こが近衛舎人このえとねりたちの風俗ふうぞくうつした山神楽師やまかぐらしの、あやしげな衣裳いしょうも、金襴きんらんのつづれも、庭燎にわびひかりは、それをとお神代かみよものせるのである。
 ゆるい大鼓おおかわ撥音ばちおとが、あたりの杉木立すぎこだちにたかくこだまする。それにもつれて、ふえ太鼓たいこ前拍子まえびょうしがながれ、舞台まいゆかにはいま神楽司かぐらつかさ人長ひとおさが、神代人かみよびと仮面めんつけて――ほおあごりのげているそのかおを、おおらかにいうごかして――「かみあそび」の歌詞うたことばうたっていた。

かみがきの、みむろのやま
さか木葉きば
かみのみまえに、しげりあいにけり
しげりあいにけり

 人長ひとおさが、ひとつのことばうたおわると舎人とねりらは、段拍子だんびょうしれ、たた拍子びょうしと、楽器がっきをあわせて、まいがくうたとが、ようやくひとつのはや旋律せんりつえがして、

すめかみの、みやまのつえと、
やまひとの、ちとせをいの
きれるみつえ
きれるみつえぞ

 また――

このほこは、いずこのほこ
あめにます
とよおかひめの、みやほこなり
みやのほこなり

 神楽歌かぐらうたいくつかは、武蔵むさしおさなころにはおぼえていたものである。自分じぶん仮面めんをつけて、故郷ふるさと讃甘さぬも神社じんじゃ神楽堂かぐらどうで、ったりしたことなども、おもされた。

よもやまの
ひとのまもりにする太刀たち
かみ御前みまえいわいつるかな
いわいつるかな

 その歌詞うたことばみみいていたときである、武蔵むさしは、太鼓たいこに、太鼓たいこをたたいている舎人とねりをじっとていたが、
「あっ、あれだ! ……二刀にとうは」
 と、突然とつぜんあたりをわすれておおきくうめいた。

よん

 またうえから、
「おや、先生せんせい、いたんですか」
 伊織いおりは、武蔵むさしうめいたこえに、びっくりしてのぞろした。
「…………」
 武蔵むさしは、かれを、見上みあげもしなかった。神楽殿かぐらでんゆかているのであるが、まわりの人々ひとびとのように舞楽ぶがく陶酔とうすいしているではない。むしろこわいといえばいえもするざしなのだ。
「……ウウム、二刀にとう二刀にとう、あれも二刀にとうおなことわりだ、ばちふたつ、はひとつ」
 凝然ぎょうぜんとして腕拱うでぐみをかないのである。しかしかれまゆには、年来ねんらいむねにわだかまっていたものがけていた。
 それは、二刀にとう工夫くふうであった。
 うまれながら、人間にんげんには、ふたつのがある。けれどけんをとる場合ばあいには、人間にんげんはそれをひとつにしか使つかっていない。
 てきがそうだし、しゅうみな、それを習性しゅうせいとしているからいいが、もし、ふたつのを、完全かんぜんふたつのけんとしてはたらかして場合ばあいひとつのものはどうなるか。
 実例じつれいはすでに武蔵むさし体験たいけんなかにある。それは一乗寺下いちじょうじさがまつたたかいに、吉岡方よしおかがた大勢おおぜいたいして、身一みひとつであたってったときである。あのときたたかいがおわってからづいてみると、自分じぶん両手りょうてけんっていた。――みぎ大剣だいけんと、ひだり小刀しょうとうを。
 それは、本能ほんのうがしたのである。無自覚むじかくのうちに二本にほんが、各々おのおのあるだけのちからしてまもったのである。生死せいしさかいが、必然ひつぜんおしえたのだ。
 大軍たいぐん大軍たいぐんとの合戦かっせんでも、両翼りょうよくへい完全かんぜん駆使くししないで、てきあたるという兵法へいほうはありない。まして一箇いっこからだにはなおのことである。
 日常生活にちじょうせいかつ習性しゅうせいは、しらずしらず不自然ふしぜん自然しぜんおもわせて、不思議ふしぎともしなくなるものである。
二刀にとうがほんとだ。むしろ、二刀にとう自然しぜんなのだ)
 武蔵むさしは、あの時以来ときいらい、そうしんじていた。
 けれど、日常生活にちじょうせいかつ日常にちじょう所作しょさであり、生死せいしさかいは、生涯しょうがいにそう何度なんどもあるものではない。――しかもけん極意ごくいは、その生死せいし要意ようい日常化にちじょうかするにある。
 無意識むいしきでなく、意識いしきあってのはたらき――
 しかも、その意識いしきが、無意識むいしきのように自由じゆうはたらき――
 二刀にとうは、そうしたものでなければならぬ。武蔵むさしつねにその工夫くふうむねいだいていた。かれ自己じこ信念しんねんに、理念りねんくわえて、うごかない二刀にとう原理げんりをつかもうとしていた。
 それを、かれいま、はっとったのである。神楽殿かぐらでんうえで、太鼓たいこをたたいている舎人とねり二本にほんばち――二刀にとう真理しんりをそのおといたのだった。
 太鼓たいこふたつのばちは、ふたつであるがはっするおとひとつである。そしてひだりみぎ――みぎひだり――意識いしきがあって、意識いしきがない。いわゆる無礙むげ自由じゆうきょうである。武蔵むさしは、むねひらけた心地ここちがした。
 五座ござ神楽かぐらは、人長ひとおさ歌詞うたことばからはじまって、いつのまにか舞人まいてかわっている。おおまかな岩戸神楽いわとかぐらもすすみ、荒尊あらみことほこまいにつれて、早拍子はやびょうしふえがさけび、すずがりんりんとらされた。
伊織いおり、まだておるか」
 武蔵むさしが、こずえあおいでいうと、
「ええ、まだ」
 と、伊織いおりは、返辞へんじもうわのそらだった。神楽舞かぐらまいたましいばして、自分じぶんびとになったような心地ここちでいた。
明日あしたはまた、おくいんまで、大岳おおだけのぼらねばなるまいが、あまおそくならぬうちにもどってねむれよ」
 いいいて、武蔵むさしは、別当べっとう観音院かんのんいんほうへ、ひとりであるした。
 ――するとかれうしろから、おおきな黒犬くろいぬ手綱たづなをつけて、のそのそいておとこがあった。武蔵むさしが、観音院かんのんいんうちはいると黒犬くろいぬれたそのおとこうしろをて、
「おい。おい」
 と小声こごえに、やみ手招てまねきした。