372・宮本武蔵「二天の巻」「撥(1)(2)」


朗読「372二天の巻28.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 46秒

ばち

いち

 秩父ちちぶふもとから、ありのようにえまなく、山道やまみちのぼってちいさい人影ひとかげは、いちど、やまめぐ密雲みつうんなかみなかくれてしまう。
 その人々ひとびとはやがて、山頂さんちょう三峰権現みつみねごんげんた。そしてそこからそらあおぐと、そらにはいちくももなかった。
 ここは坂東四箇国ばんどうよんかこくまたがって、雲取くもとり白石しらいし妙法みょうほうだけ三山さんざんかよ天上てんじょうまちだった。神社仏閣じんじゃぶっかく堂塔どうとう門屋もんおく一郭いっかくにつづいて、その別当べっとうだの社家しゃけだの、土産物屋みやげものやだの、参詣茶屋さんけいぢゃやだの、門前町もんぜんまちがあるし――まばらにってはいるが、神領百姓じんりょうひゃくしょう家数いえかず七十戸ななじゅうこからあるという。
「ア。大太鼓おおだいこった」
 ゆうべから、武蔵むさしともに、別当べっとう観音院かんのんいんとまっていた伊織いおりは――べかけていた赤飯こわめしをあわててんで、
先生せんせい、もうはじまりましたよ」
 と、てるようにはしく。
神楽かぐらか」
きましょう」
「ゆうべたから、わしはもういい。一人ひとりってい」
「だって、ゆうべは、二座にざしかやらなかったでしょ」
「まあ、いそがんでもいい。今夜こんや夜徹よどおしあるというから」
 なるほど、武蔵むさし木皿きざらには、まだ赤飯こわめしのこっていた。それがなくなったらくというにちがいない。伊織いおりは、そうおもなおして神妙しんみょうに、
今夜こんやも、ほしてますよ」
「そうか」
「このおやまうえに、何千人なんぜんにんというひとがきのうからのぼってるから、あめっちゃあ可哀かわいそうだ」
 武蔵むさしは、可憐いじらしくなって、
「じゃ、ってるかな」
「ええ、きましょう」
 がって、伊織いおりさき玄関げんかんし、そこの藁草履わらぞうりりて、そろえておく。
 別当所べっとうしょまえも、山門さんもんりょうわきにも、大篝火おおかがりをどかどかといていた。門前町もんぜんまちいえごとには、門々かどかど松明たいまつをつけて、何千尺なんぜんしゃくやまうえも、ひるをあざむくばかりだった。
 湖水こすいのようにふかいろをした夜空よぞらには、銀河ぎんががキラキラけむっていた。そのうるわしい星明ほしあかりと火光かこうけむってうごく群衆ぐんしゅうは、神楽殿かぐらでんめぐって、この山上さんじょうさむさをらぬひといきれにしていた。
「……あら?」
 伊織いおりは、その人混ひとごみにまれながら、きょろきょろして、
先生せんせいはどこへっちまったんだろう。たったいま、いたのに」
 ふえ太鼓たいこが、山風やまかぜこだまんで人足ひとあしもいよいよここへながあつまってはるが、神楽殿かぐらでんにはまだ、しずかに、灯影とうえいとばりれているのみで舞人ぶじんはあらわれていなかった。
先生せんせい――」
 伊織いおりは、ひとのあいだをくぐあるいた。そしてやっと、武蔵むさし姿すがた見出みいだした。
 武蔵むさしは、そこからすこさき御堂みどうとうならべてある、沢山たくさん寄進きしんふだあおいでいたのである。伊織いおりって、
先生せんせい
 と、そでいても、だまったまま、仰向あおむいて、つめていた。
 無数むすう寄進者きしんしゃからかけはなれて、金額かねだかおおきく、ふだ一倍いちばいおおきないたにこういてあったのが、かれきつけたものだった。

武州芝浦村ぶしゅうしばうらむら
  奈良井屋大蔵ならいやだいぞう

「……?」
 奈良井ならい大蔵だいぞうといえば、かつて数年前すうねんまえ木曾きそから諏訪すわのあたりへかけて、どれほどたずねたかれないである。
 その大蔵だいぞうが、はぐれた城太郎じょうたろうれて、他国たこく旅立たびだったというのをいて――。
武州ぶしゅう芝浦しばうらといえば?」
 ところもつい先頃さきごろまで、自分じぶんもいた江戸えどではないか。ゆくりなくもいま大蔵だいぞう見出みいだして、武蔵むさし茫然ぼうぜん――わかれたものたちを、おもしているのだった。

 つねでも、わすれているわけではないが。
 伊織いおりが、に、成長せいちょうしてゆくにつけても、なにかにつけ、おもされていたのだが――
「もう、ゆめのように、三年さんねんあまりになる」
 武蔵むさしは、城太郎じょうたろうとしを、こころのなかでかぞえてみた。
 神楽殿かぐらでん大鼓おおかわが、そのとききゅうたかした。武蔵むさしが、われにかえると、
「ア。もうってる」
 と、伊織いおりは、こころをもうそこへばして、
先生せんせいなにてるんです」
「べつに、さしたることではないが――伊織いおり、おまえは一人ひとり神楽かぐらておれ、ちと、用事ようじおもしたゆえ、わしはあとからく」
 そういって、かれり、武蔵むさしはひとり、社家しゃけほうあるいてった。
寄進者きしんしゃのことについて、ちとおうかがいいたしたいが」
 と、いうと、
「ここでは、あつかいませぬが、別当総役所べっとうそうやくしょへ、ご案内あんないいたしましょう」
 と、すこみみとお老禰宜ろうねぎが、さきって、みちびいてゆく。
 総別当そうべっとう高雲寺平等坊こううんじびょうどうぼうというおおきな文字もじ入口いりぐちいかめしい。宝蔵ほうぞうらしい白壁しらかべおくえる。神仏しんぶつ混淆こんこうで、一切いっさいここを総務所そうむじょとしているらしかった。
 老禰宜ろうねぎが、玄関げんかん長々ながながなにげている。
 ほどなく非常ひじょう鄭重ていちょうに、
「どうぞ」
 と、役僧やくそうが、おく案内あんないした。
 ちゃる。見事みごと菓子かしはこばれてくる。やがて、ぜんであった。また、うつくしい稚児ちご銚子ちょうしってて、給仕きゅうじについた。
 しばらくすると、権僧正ごんそうじょうなにがしというのがあらわれて、
「ようこそご登山下とざんくだされました。山菜さんさいのみで、なにもおかまいできませぬが、どうぞおくつろぎあって――」
 と、いんぎんにいう。
 はてな?
 武蔵むさしすこし、勝手かってのちがう気持きもちだった。
 で、さかずきらず、
じつは、寄進者きしんしゃのことについて、ちとお調しらねがわしく、まいったものでござるが」
 と、いいなおすと、五十ごじゅう恰好かっこうふとじしなその権僧正けんそうじょうは、
「え?」
 と、あらためて、
調しらべとは」
 と、さも怪訝けげんらしく、きゅういろまで無遠慮ぶえんりょにして、じろじろ武蔵むさしのすがたを見廻みまわした。
 武蔵むさしが、寄進札きしんふだなかにある武州芝浦村ぶしゅうしばうらむら奈良井ならい大蔵だいぞうというのは何日いつここへ登山とざんしたのか、また、たびたびものか、そのおり一名いちめいか、ともれていればどんなものれているか? ――などと次々つぎつぎたずすと、僧正そうじょうどのはおそろしくきげんになって、
「では、なんじゃな。其許そこもと寄進きしんをなさろうというのではなく、寄進者きしんしゃ身元みもとあらてにござったのか」
 老禰宜ろうねぎちがえたのか、この僧正そうじょうどのがはやのみみしたのか――これはしたり、といわんばかりなかおをしてみせる。
「おちがえでござりましょう。拙者せっしゃ寄進きしんしたいともうすのではなく、奈良井ならい大蔵だいぞうというじんのことについて」
 いいかけると、
「それならそれと、玄関げんかんではっきりいわっしゃればよいに。――れば、御牢人ごろうにんらしいが、素姓すじょうもようれぬものに、寄進者きしんしゃのお身元みもとなど、滅多めったにいうて、ご迷惑めいわくがかかってはこまる」
けっして、左様さようなことは」
「まあ、役僧やくそうがどういうか、いてみなされ」
 なにそんでもしたように、僧正そうじょうどのは、そではらって、ってしまった。