366・宮本武蔵「二天の巻」「忠明発狂始末(1)(2)」


朗読「366二天の巻22.mp3」9 MB、長さ: 約 9分 58秒

忠明ただあき発狂はっきょう始末しまつ

いち

 浜田はまだ寅之助とらのすけは、三河出身みかわしゅっしんの――いわゆる御譜代衆ごふだいしゅうで、小禄ころくでもいま江戸えどでは、それだけで、随分大ずいぶんおおきなかおをしていられる幕士ばくしのひとりだった。
 いま――
 何気なにげなく、道場どうじょうわきの支度部屋したくべやんでいる部屋へやまどから、そとながめていた同門どうもん沼田ぬまた荷十郎かじゅうろうというのが、あっと、その寅之助とらのすけ姿すがたでさがしもとめ、
たぞ、たぞ」
 小声こごえで――ひどく早口はやくちげながら、道場どうじょうなかにいたかれのそばへ、んでて、
浜田はまだまいったらしいぞ。――まいったらしいぞ」
 と、もう一度いちどげた。
 浜田はまだこたえない。
 ちょうど木剣ぼっけんをかまえて、ひとりの後輩こうはい稽古けいこをつけていたおりであるから――それを背中せなかいたまま、
「いいか!」
 と、正面しょうめんむかって、こう攻撃こうげき予告よこくあたえ、木剣ぼっけんすぐばして、だ、だ、だっ――とゆからしてしてった。
 そして道場どうじょうきたすみまで、そのいきおいのままったとおもうと、どたっと、後輩こうはいはもんどりって、木剣ぼっけんばされていた。
 寅之助とらのすけは、はじめて振向ふりむいて、
沼田ぬまたたとは、佐々木小次郎ささきこじろうがか?」
「そうだ。いまもんをはいってた……。すぐえるぞここへ」
おもいのほか、はやくやってたな。やはり、人質ひとじちいたとみえる」
「だが、どうする」
なにが」
だれて、どう挨拶あいさつしてやるかだ。充分じゅうぶんそなえておらぬと、一人ひとりでここへやってるほど剛胆ごうたんやつ――不意ふいなにをやりすかもしれぬ」
道場どうじょうなかとおしてすわらせるがいい。挨拶あいさつはおれがする。各々おのおのまわりにいてだまってひかえておれ」
「ウム。これだけいれば……」
 と、荷十郎かじゅうろう居合いあわす人々ひとびとまわした。
 亀井兵助かめいひょうすけ根来ねごろ八九郎はちくろう伊藤孫兵衛いとうまごべえ、などのかおは、かれ気強きづよくさせるものだった。そのほか、すべてで二十にじゅう人足にんたらずの同輩どうはいがここにはいる。
 その同輩どうはいたちはみな先頃さきごろからの経緯いきさつもよくっていた。空地あきちてにされた二人ふたりさむらいのうちの一名いちめいは、ここにいる浜田はまだ寅之助とらのすけあにあたものだった。
 寅之助とらのすけあにというのは、ろくでもない人間にんげんらしく、ここの道場どうじょうでも評判ひょうばんのよくないおとこだったが、それにしても、佐々木小次郎ささきこじろうたいするいかりは、小野派おのはものとして、
けない)
 程度ていどたかまっていた。
 こと浜田寅之助はまだとらのすけは、小野おの治郎右衛門じろうえもん手塩てしおにかけた門下中もんかちゅうでも、前記ぜんき亀井かめい根来ねごろ伊藤いとうなどとともに、皀莢坂さいかちざか驍将ぎょうしょうといわれている一人ひとりでもあるし、――小次郎こじろう障子しょうじ不遜ふそん文句もんくいて、公衆こうしゅうさらしてあるというのに――なおも、寅之助とらのすけがあれをっておくようでは、小野派一刀流おのはいっとうりゅう名誉めいよにもかかわるがと、事件じけん成行なりゆきに注意ちゅういはらうとともに、かげながらりきんでいた場合ばあいでもあった。
 そこへ、昨夜ゆうべのこと。
 寅之助とらのすけ荷十郎かじゅうろうなどが、何処どこからか、ひとりの老婆ろうばかつぎこんでて、じつ云々しかじかというはなしに、かれ同輩どうはい後輩こうはいたちは、って、
(それは、よい人質ひとじちってられた。小次郎こじろうほうからやってるように仕向しむけられたのは、さすがに兵法へいほう御巧者ごこうしゃというもの。――まいったらさんざんにたたきのめしたあげく、はないで、神田川かんだがわさらものにしてやるのだな)
 と、いいった。そして、だがるか、まいか、などとつい今朝けさも、賭事かけごとのようにうわさしていたものだった。

 大部分だいぶぶんものが、まい、と予想よそうしていた佐々木小次郎ささきこじろういま荷十郎かじゅうろうげんによれば、
 ――もんをはいってた。
 と、あるので、
なにたと?」
 居合いあわせた人々ひとびとかおは、白木しらきいたみたいにこわばった。
 浜田寅之助以下はまだとらのすけいかひろ道場どうじょうゆかを、しいんとけて、固唾かたずをのんでいた。
 いまに、道場どうじょう玄関げんかんへ、こえがかかるか、いま小次郎こじろうおとずれがあるかと、かまえていたのである。
「……おい、荷十郎かじゅうろう
「うむ?」
もんをはいってるところをたしかにたのか」
た」
「じゃあもう、これへえそうなものじゃないか」
んなあ」
「……おそすぎる」
「はて」
人違ひとちがいじゃなかったのか」
「そんなことはない」
 いかめしくゆかめて、すわっていた面々めんめんも、ふと、間拍子まびょうしけて、自分じぶん緊張きんちょうに、自分じぶん力負ちからまけをおぼえかけてころ、ぱたぱたと、草履ぞうりおとが、控部屋ひかえべやまどそとまって、
御一同ごいちどう
 と、そとから、同輩どうはいかおひとつ、背伸せのびして、なかのぞきこんだ。
「おう、なんだ」
っていても、佐々木小次郎ささきこじろうは、こっちへはえぬぞ」
「おかしいな。でも、荷十郎かじゅうろうがたったいま門内もんないとおってたのをたといっておるに」
「ところが、かれは、お住居すまいほうってしまって、どうおくつうじたものか、お座敷ざしきで、大先生だいせんせいはなしこんでいるのだ」
「えっ。大先生だいせんせいと」
 これには浜田寅之助はまだとらのすけが、かれたかおつきであった。
 あにてにされたことも、原因げんいんあらうと、ろくでもないあに不行跡ふぎょうせき必然ひつぜんるにきまっている。――で、小野治郎右衛門おのじろうえもんなどには、ていよくげてあったし、ゆうべ、浜町はまちょうはらから、老婆ろうば人質ひとじちってたなどということも、勿論もちろんげていないのである。
「おい、ほんとか」
だれが、うそをいう。――うそだとおもったら、裏山うらやまほうまわって、にわごしに、大先生だいせんせいのお書斎しょさいつぎ客間きゃくまをのぞいてみたまえ」
よわったなあ」
 しかしほかものは、かれ嘆息たんそくをむしろがゆくおもった。小次郎こじろう直接ちょくせつ治郎右衛門じろうえもん住居すまいほうったにしろ――また、どんな詭弁きべんろうして自分じぶんたちの籠絡ろうらくしようとかんがえているにしろ――堂々どうどう対決たいけつして、かれげ、こっちへっててしまえばいいではないか。
なにを、よわることがある。おれたちがって、様子ようすてやる」
 道場どうじょう入口いりぐちから、亀井兵助かめいひょうすけ根来八九郎ねごろはちくろうのふたりが、草履ぞうり穿いてようとしたときであった。
 住居すまいほうから、何事なにごとおこったように、かおいろをえてこっちへけてむすめがある。――アアおみつどの、とつぶやいてふたりはあしめ、道場どうじょううちにいた人々ひとびとも、どやどやとそこへて、彼女かのじょのけたたましいこえを、さわむねへ、った。
みなさん、てください。伯父様おじさまがお客様きゃくさまと、やいばあわせて、そとました。――庭先にわさきで、いをはじめています」