364・宮本武蔵「二天の巻」「さいかち坂(1)(2)」


朗読「364二天の巻20.mp3」10 MB、長さ: 約 11分 10秒

さいかちざか

 悲心ひしんやみ悲母ひもまよい、風流ふうりゅうかいすおばばではないが、あきむしはぎすすき、まえにはゆるい大川おおかわのながれ。――こうしたなかいては、彼女かのじょも、もののあわれにさそわれぬ人間にんげんではありない。
「いるのか」
だれじゃ」
半瓦はんがわら部屋へやのもんだよ。葛飾かつしかから野菜物やさいものがたくさんとどいたから、ばば殿どののところへもけてやれと親方おやかたっしゃるんで、一背負ひとしょってた」
「いつも、お心深こころぶかいことのう、弥次兵衛やじべえどのによろしゅういってくだされよ」
「どこへこうか」
水口みずぐちながもといといてくだされ。あと仕舞しまうほどに」
 小机こづくえそばかかげて、彼女かのじょはこよいもふでっている。
 千部写経せんぶしゃきょう悲願ひがんをたてた、れい父母恩重経ぶもおんじゅうぎょうぎょうんでいるのであった。
 この浜町はままちはら一軒家いっけんやをかりうけて、昼間ひるまは、病人びょうにん灸点きゅうてんをしてこまらぬながら糊口くちすぎ生業なりわいもし、よるしずかに写経しゃきょうなどして、ひとりくらしの気易きやすさにれてからは、持病じびょうひさしくおこらないし、このあきは、からだもめっきり若返わかがえったふうである。
「あ。ばば殿どの
「なんじゃ」
夕方ゆうがたわかおとこが、たずねてなかったかい」
灸点きゅうてんのおきゃくか」
「うんにゃ、そうでもねえ様子ようすだったぜ、なんだかようありげに、大工町だいくちょう部屋へやて、おばばのさきおしえてくれといってたが」
幾歳いくつぐらいなおとこかの」
「そうさ、二十七にじゅうしちはちかな」
おもざしは」
「どっちかといえばまるっこい――そうたかくなかったな」
「ふム……」
なかったかい、そんなひとは」
ぬがの……」
「ばば殿どののことばと、なまりもよくていたから、国者くにものじゃねえかとおもったが。……じゃあ、おやすみ」
 使つかいのおとこは、かえってった。
 その跫音あしおとるとまた、やんでいたむしおとが、あめのようにこのいえをつつんだ。
 ばばは、ふでいて、かさつめていた。
 ふと、彼女かのじょおもいだしたのは、燈火ともしびうらないであった。
 けてもれてもいくさばかりおおかった彼女かのじょ娘時分むすめじぶんには、いくさているおっととか、とか、兄弟きょうだいとかの便たよりをすべもないし、また、自分じぶんたちの明日あしたれぬ運命うんめいおののいて、よくそのころ人々ひとびとは「燈火占とうかせん」というものをくちにしていた。
 よいごとにともて、かさはなやかにしているから吉事きちじがあるとか、いろ紫色むらさきいろかげがあるからだれんだらせにちがいないとか、松葉まつばのようにたからびとるとか……。
 そうして、うれいたり、よろこんだりした。
 とお娘時代むすめじだい流行はやごとであるから、彼女かのじょももうそのうらなかたさえわすれていた。けれど、こよいのは、なんとなく、彼女かのじょことがあるように、そよめきっているがする。そうおもうせいか、ぽっと、にじいろのかさまでしてうつくしい。
「もしや、又八またはちじゃないか」
 そうおもうともう、ふでっていられない。彼女かのじょ恍惚こうこつと、おろかなる面影おもかげをえがいて、半刻はんとき一刻いっときは、もわすれてそれのみをかんがえていた。
 がさっ――と裏口うらぐちなにやら物音ものおとがして、ばばの、うつつをました。また悪戯いたずらいたちでもはいって、台所だいどころあらしているのであろうと、ばばは、あかりってってった。
 さっき、おとこいてった野菜物やさいものうえに、なにか、手紙てがみのようなものえる。何気なにげなくひらいてみると二枚にまい黄金こがねがつつんであって、そのつつがみに、

まだかおそうろわず、もう半年はんとしばかりの不孝ふこうひらにおゆるしをと、そっとまどよりおわかれをげて、もうそうろう

又八またはち

 といてあった。

 くさってけて一人ひとり殺伐さつばつかぜびたさむらいが、
浜田はまだちがったのか」
 と、ってるなりあえいでいった。
 大川端おおかわばたって、河原かわらまわしていたほうさむらい二人ふたりで、浜田はまだとよばれたのは、まだ部屋住へやずみらしい若者わかもので、
「むむ……ちがった」
 と、うめきながら、なお、何者なにものかをさがすように、ぎらぎらとをくばっていた。
「たしかに、彼奴あいつとみえたが」
「いや船頭せんどうだった」
船頭せんどうか」
いかけてたところ、あのふねへはいってしもうた」
「でも、なんともしれぬぞ」
「いや調しらべてみた。まったく別人べつじんなのだ」
「はてな?」
 と、こんどは三人さんにんして、かわべりから浜町はままちはらいて、
夕方ゆうがた大工町だいくちょうでちらとかけて、たしかに、このへんまではいこんだものを。――逃足にげあしはややつ
「どこへせたか」
 川波かわなみおとが、みみにつく。
 三名さんめいはなおたたずんだまま、各々おのおのやみなか耳目じもくはなっていた。
 ――すると。
 又八またはち……。又八またはち……。
 すこいてふたたび、はら何処どこかを、おなこえがながれてった。
またよう……。又八またはちっ……」
 はじめは、みみのせいとうたがっていたのであろう。三名さんめいともだまっていたが、きゅうに、あわせて、
「や。又八またはちんでおるぞ」
老婆としよりこえだが」
又八またはちといえば、彼奴あいつのことではないか」
「そうだ」
 浜田はまだという部屋住へやずみの若者わかものがまっさきし、あと二人ふたりもつづいてけた。
 こえあてに、いついたのは造作ぞうさもなかった。さきは、老婆ろうばあしである。それに、かれらの跫音あしおとくと、かえって、おすぎばばは、自分じぶんほうからって、
「そのなかに、又八またはちやらぬか」
 と、びかけた。
 三名さんめいは、ばばの両手りょうてえりがみを、三方さんぽうからつかんで、
「その又八またはちを、われわれもまわしておるのだが、一体いったい、そちは、何者なにものだ」
 返辞へんじまえに、
なにしやるッ」
 と、ばばは、おこったさかなのように、とげてて、かれらのりもぎ、
「おぬしらこそ、何者なにものじゃ」
「われわれか、われわれは小野家おのけ門人もんじん。これにおるのは、浜田はまだ寅之助とらのすけだ」
小野おのとはなんじゃ」
将軍秀忠公しょうぐんひでただこう御師範ごしはん小野派一刀流おのはいっとうりゅう小野治郎右衛門様おのじろうえもんさまをしらぬのか」
「しらぬ」
「こいつ」
て、それよりは、このばばと、又八またはち縁故えんこさきけ」
「わしは、又八またはちははじゃが、それがどうぞしたか」
「では、おのれは、西瓜売すいかうりの又八またはちははか」
なにをほざく。他国者たこくものあなどって、西瓜売すいかうりとはようもいやったの。美作国吉野郷みまさかのくによしのごう竹山城たけやまじょうのあるじ新免宗貫しんめんむねつらつかえて郷地ごうち百貫ひゃっかん歴乎れっきとした本位田ほんいでん、わしはそのははじゃぞ」
 みみもかさず、一人ひとりが、
「おい、面倒めんどうだ」
「どうする?」
かつげ」
人質ひとじちか」
「おふくろとあれば、りにずにはいられまい」
 それをくと、ばばは、ほねばったからだらして、蝦蛄しゃこのようにあばれた。