359・宮本武蔵「二天の巻」「四賢一燈(1)(2)」


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四賢一燈よんけんいっとう

 どこかで、神楽笛かぐらぶえおとが、とおきこえるようでもある。夜祭よまつりでもあるのか、かがり火花ひばなが、もりのこずえに、うすあかしている。
 うまでこそ、いっときだったが、口輪くちわっていて北条新蔵ほうじょうしんぞうには、この牛込うしごめまで、かなりのみちであったにちがいない。
「ここです」
 赤城坂あかぎざかした
 一方いっぽう赤城神社あかぎじんじゃのひろい境内けいだいであり、さかみちへだてて、それにおとらぬひろ土塀どべいをめぐらした宅地たくちがある。
 土豪どごうもんのような、そこのかまえをて、武蔵むさしくらり、
御大儀ごたいぎ
 と、新蔵しんぞう手綱たづなかえす。
 もんひらいていた。
 かれこまのひづめが戛々かつかつ邸内ていないへひびくと、ちもうけていたらしく、紙燭ししょくにしたさむらいたちが、
「おかえり」
 と、出迎でむかえて、かれからまたこまけとり、そしてきゃく武蔵むさしさきって、
「ご案内あんないいたしまする」
 と、新蔵しんぞうとも樹々きぎあいだって、大玄関おおげんかんまえまでる。
 すでに、そこの式台しきだいには、左右さゆうあかるい燭台しょくだいそなえ、用人ようにんらしい者以下ものいか安房守あわのかみ召使めしつかいがずらりとげていた。
「おちうけでござります。どうぞそのまま」
「――御免ごめん
 武蔵むさしは、箱段はこだんあがって、家人かじんみちびくままにあるいた。
 ここの家造いえづくりはかわっていた。階段かいだんから階段かいだんへ、うえへばかりのぼってくのである。赤城坂あかぎざかがけって、櫓組やぐらぐみに幾部屋いくへやも、げられてあるのであろう。
「しばらく、御休息ごきゅうそくを」
 一室いっしつとおしてさむらいたちは退がってゆく。武蔵むさしはそこへすわるとすぐこの部屋へやたか位置いちづいた。にわ崖先がけさきから真下ましたに、江戸城えどじょうきたほりえ、城壁じょうへきをつつむ丘陵きゅうりょうもりたいして、昼間ひるまはさぞと、ここからの展望てんぼうしのばれるのであった。
「…………」
 おともなく、火燈口かとうぐちのふすまがひらく。
 うつくしい小間使こまづかいが、楚々そそと、かれまえに、菓子かしちゃ煙草たばこなどのもてなしをそなえ、無言むごんのまま退がってった。
 そのあでおびすそが、かべからかべわれてゆくようにかくれると、あとには、ほのかなにおいだけがただよって、ふと武蔵むさしに、「おんな」なるものを、わすれていたむねからおもおこさせた。
 しばらくすると、小姓こしょうれたあるじがそこへあらわれた。新蔵しんぞう実父安房守じっぷあわのかみ氏勝うじかつである。武蔵むさしのすがたをると、非常ひじょう馴々なれなれしく――いや自分じぶん息子むすこたちと同年輩どうねんぱいなので、やはりどものようにえるのであろうか、
「や。ようおし」
 と、いかめしい辞儀じぎなどをりゃくして、小姓こしょうしつらえた敷物しきものへ、武将ぶしょうらしくあぐらをくみ、
「――けばせがれ新蔵しんぞうが、いかい御恩ごおんになったそうな。おしをねごうて、れいをいうなどは、逆礼ぎゃくれいじゃが、ゆるされい」
 と、おうぎさきに、かさねて、たかをちょっとげた。
おそる」
 と、武蔵むさしも、かろい会釈えしゃくをして、安房守あわのかみ年輩ねんぱいると、もう前歯まえば三本さんぼんけているが、皮膚ひふつやは、老人ろうじんぎらいなけんをあらわし、すこしろいのもじってはいるが、ふと口髯くちひげを、左右さゆうやして、そのひげがまた、のないくちびるのまわりの梅干うめぼしじわうまくかくしているのであった。
子沢山こだくさん老人ろうじんらしい。そのせいか、わかものにすぐしたしまれそうなひとである)
 武蔵むさしはそうかんじながら、かれもまた気軽きがるにすぐたずねた。
御子息ごしそくからうかがえば、わたしぞんじおるおきゃく御当家ごとうけ来合きあわせておられるよし。いったい誰方どなたでござりますか?」

いま、おわせする」
 安房守あわのかみ落着おちついて――
「よう其許そこもとっているひとだ。――偶然ぐうぜんにも、二人ふたり二人ふたりとも、よくっておる」
「では、きゃくどのは、お二人ふたりとみえますな」
「どちらも、わしとはしたしい友達ともだちじつはきょう御城内ごじょうない出会であったのじゃ、そしてここへ立寄たちよられて、よもやまはなしのうちに、新蔵しんぞう挨拶あいさつたことから、其許そこもとのうわさがはじまった。――すると、きゃくのひとりのかたが、にわかに、ひさりでいたいという。また一方いっぽうも、わせてしいという」
 そんなことばかりべたてていて、安房守あわのかみもなかなかきゃく何人なんぴとであるかかさないのであった。
 だが、武蔵むさしは、うすうすけて心地ここちがした。にっと、微笑ほほえみながらこころみに、
「わかりました。宗彭沢庵しゅうほうたくあんどのではございませぬか」
 と、いってみると、
「やあ、あてたわ」
 たして、安房守あわのかみは、小膝こひざって、
「よう、おさっしじゃ。いかにも、きょう御城内ごじょうない出会でおうたのは、その沢庵坊たくわんぼう。おなつかしかろう」
「そのは、じつひさしく、おにかかりませぬ」
 一人ひとりきゃくが、沢庵たくあんであることはこれでわかった。だが、もう一名いちめいだれか、おもあたりもない。
 安房守あわのかみは、案内あんないって、
「ござれ」
 と、部屋へやそとみちびいた。
 そしてそとると、また、みじか階段かいだんあがり、かぎまがっている廊下ろうかを、奥深おくぶかくはいってった。
 そのへんで、ふと、さきにいた安房守あわのかみ姿すがたえなくなった。廻廊かいろう階段かいだんもひどくくらいので、勝手かってらぬ武蔵むさしあしが、おくれがちであったせいもあろうが――それにしても、みじか老人ろうじんではある。
「……?」
 武蔵むさしあしめてたたずんでいると、あかりのしている彼方あなた座敷ざしきらしいうちから、
此方こなたじゃ」
 と安房守あわのかみがいう。
「お」
 こたえたが、武蔵むさしあしは、一歩いっぽもそこからていない。
 あかりのながれている縁側えんがわと、かれっている廊下ろうかとのあいだを、約九尺やくきゅうしゃくほどのやみ中断ちゅうだんしていて、そこのくらかべ露地ろじに、武蔵むさしはなにかこのましからぬもの気配けはいかんじたのである。
「なぜござらぬ? ――武蔵むさしどの、此方こちらじゃよ、はやわたられい」
 安房守あわのかみは、またんだ。
「……はい」
 武蔵むさしは、そうこたえずにいられないところっている。だが、かれはやはりまえあゆまなかった。
 しずかに、あしめぐらして、十歩じゅっぽばかりもどると、庭先にわさき手洗口ちょうずぐちがある。そこの沓脱石くつぬぎにある木履ぼくり穿いて、にわづたいにめぐって、安房守あわのかみんでいる座敷ざしきまえった。
「……あ。そこから」
 と安房守あわのかみは、なにか、かれたようなかおして、座敷ざしきはしからかえった。武蔵むさしにもかけず、
「……おう」
 と、座敷ざしきうちびかけて、とこ正面しょうめんすわっている沢庵たくあんへ、こころそこから笑顔えがおけた。
「おう」
 と、おなじように、沢庵たくあんをみはり、せきってむかえながら、
武蔵むさしか」
 と、これもなつかしそうに、っていた、っていた、と何度なんど繰返くりかえしていうのだった。