354・宮本武蔵「二天の巻」「青い柿(3)(4)」


朗読「354二天の巻10.mp3」9 MB、長さ: 約 9分 43秒

 かれがすぐ、縄目なわめってやっても、西瓜売すいかうりは、くさむらからかおおこさなかった。
 すわなおしはしたが――いつまでもおもてげないのである。
 小次郎こじろうは、物干竿ものほしざおをぬぐい、さやおさめると、なにかおかしくなったように、
大将たいしょう
 と、西瓜売すいかうりのせなたたいた。
なにもそう面目めんぼくながらないでもいいじゃないか。――おいっ、又八またはち
「はあ」
「はあ、じゃあない、かおげろ。さてもそのあとひさしぶりだな」
「あなたも、ご無事ぶじでしたか」
「あたりまえだ。――しかし、貴様きさまみょう商売しょうばいをしておるじゃないか」
「おはずかしゅうございます」
「とにかく、西瓜すいかひろあつめ――そうだ、あの、どんじきへでも、あずけたらどうだ」
 小次郎こじろうはらなかから、
「おおウい、おやじ」
 と、さまねいた。
 そこへ、西瓜すいかをあずけ、矢立やたて取出とりだして、どんじきの掛障子かかりしょうじのわきへ、

空地あきち死体したいふたつ
みぎ斬捨きりすそうろうものは
伊皿子坂月いさらござかつきみさき住人じゅうにん
     佐々木小次郎ささきこじろう
後日ごじつためのこす

 こういて、
「おやじ、ああしておいたから、其方そち迷惑めいわくはかかるまい」
「ありがとうぞんじまする」
「あまり、有難ありがたくもないだろうが、死者ししゃ由縁ゆかりものたら、言伝ことづけてくれ。――かくれはせぬ、いつでも、御挨拶ごあいさつはうけるとな」
 そして、葭簀よしずそとにいる西瓜売すいかうりの又八またはちへ、
まいろう」
 と、うながして、あるした。
 本位田ほんいでん又八またはちは、俯向うつむいてばかりいた。近頃彼ちかごろかれは、西瓜すいかになって、江戸城えどじょう此処彼処ここかしこにたくさんはたらいている石置場いしおきば人足にんそくや、大工小屋だいくごや工匠こうしょうや、外廓そとぐるわ足場あしばにいる左官さかんなどへ、西瓜すいかってあるいていた。
 かれも、江戸えど当初とうしょは、おつうたいしてだけでも、おとこらしく、ひと修行しゅぎょうするか、ひと事業じぎょうやるか、壮志そうしのあるところをせていたが、なにへかかっても、すぐに意志いしのへこたれてしまうことと、生活力せいかつりょくよわいことは、この人間にんげんまえで、しょくえることも、三度さんど四度よんどかずではない。
 ことに、おつうげられてからのかれは、よけい、薄志弱行はくしじゃっこう一途いっと辿たどるばかりで、わずかに、各所かくしょ無法者むほうもののゴロ部屋べや寝泊ねとまりしたり、博奕わるさ立番たちばんをして一飯いっぱんたり、また、江戸えどまつり遊山ゆさん年中行事ねんちゅうぎょうじに、その折々おりおり物売ものうりをしたり――とにかくまだひとツのきまった職業しょくぎょうすらつかんでいないのであった。
 だが、それが不思議ふしぎともおもわないほど、小次郎こじろうも、かれ性情せいじょうまえからっている。
 ただ、どんじきへ、ああいておいた以上いじょう、やがてなんとかいってるものと心得こころえていなければならない心構こころがまえのために、
「いったい、あの牢人ろうにんどもから、どんなうらみをうけたのか」
 と、理由わけただすと、
じつは、おんなのことで……」
 と、いいにくそうに、又八またはちはいう。
 又八またはち生活せいかつところなにかならおんな事故じこおこっている。かれおんなとは、よくよく前世ぜんせからごうのふかい悪縁あくえんでもあるのだろうと――小次郎こじろうすらも苦笑くしょうをおぼえ、
「ふム、相変あいかわらず貴様きさま色事師いろごとしだの。して、そのおんなとは、どこのおんなで、そしてどうしたというわけか」
 いいしぶくちらせるのはほねだったが、伊皿子いさらごかえっても、かくべつようたないかれには、おんなくだけでも、無聊ぶりょうをなぐさめられて、又八またはちったのも、ひろもののようながしていた。

 ようやく、又八またはちが、打明うちあけていう事情じじょうというのをくと、こうであった。
 濠端ほりばた石置場いしおきばには、おしろ作事場さくじばはたらいているもの往来おうらい頻繁ひんぱんてこんで、何十軒なんじゅっけんといっていいほど、やす茶屋ぢゃやが、葭簀よしずっている。
 そこの一軒いっけんに、人目ひとめをひく茶汲女ちゃくみおんながあった。みたくもないちゃをのみにはいったり、べたくもない心太ところてんすすったりしにゆく連中れんちゅうのなかに、先刻さっき浜田某はまだなにがしというさむらいかおもよくえていた。
 ところが、自分じぶん時折ときおり西瓜すいか売上うりあげたかえりになど、やすみにるうち、ときむすめがそっとささやくことには、
(わたしは、あのおさむらいきらいでならないのに、茶屋ちゃや持主もちぬしは、あのおさむらいあそびにゆけと、此店ここまるとすすめるのです。あなたのいえかくしてくれませんか。おんなですから水仕事みずしごとほころびをうぐらいなことならしますよ)
 と、いうので、いな筋合すじあいもないから、しめあわせて、自分じぶんいえへ、早速さっそくむすめかくまってやっているので――ただそれだけの理由りゆうなので――と、又八またはちしきりとそこのところを繰返くりかえしてわけする。
「おかしいじゃないか」
 小次郎こじろうは、うなずかない。
「なぜですか」
 と、又八またはちは、自分じぶんはなしのどこがおかしいのかと、すこし反抗はんこうせて、っこんでゆく。
 小次郎こじろうは、かれの、惚気のろけともわけともつかない長文句ながもんくを、炎天えんてんかされて苦笑にがわらいもつくれず、
「まあいいわ。ともかく貴様きさま住居すまいって、ゆるゆるこう」
 すると、又八またはちあしめてしまった。ありありと、迷惑めいわくそうにそのかおつきがことわっているのである。
「いけないのか」
「……なにしろ、ご案内申あんないもうすような、いえではないので」
「なあに、かまわぬ」
「でも……」
 又八またはちは、あやまって、
「このつぎにしてください」
「なぜじゃ」
「すこし今日きょうは、その」
 よくよくなかおしていうので、ってともいわれず小次郎こじろうきゅうにあっさりと、
「ああそうか。しからば、おりて、そちのほうからわしの住居すまいたずねてい。伊皿子坂いさらござか途中とちゅう岩間角兵衛いわまかくべえどのの門内かどうちにおる」
うかがいます。ぜひ近日きんじつ
「あ……それはよいが、先頃さきごろ各所かくしょつじててあった高札こうさつたか。武蔵むさしげる半瓦はんがわらものどもがった立札たてふだを」
ました」
本位田ほんいでんのおばばもたずねておるぞと、いてあったろうが」
「は。ありました」
「なぜすぐに、老母ろうぼをたずねてまいらぬのじゃ」
「この姿すがたでは」
「ばかな。自分じぶん母親ははおやなん見得みえがある。何日いつ武蔵むさし出会であわんともかぎらぬではないか。そのとき一子いっしとして、居合いあわせなかったら、一生いっしょう不覚ふかくだぞ。生涯しょうがいいをのこすことになるぞ」
 かれ意見いけんじみた言葉ことばを、又八またはち素直すなおけなかった。母子おやこのあいだの感情かんじょうは、他人たにんのようなのではない。――そうはらふくれるようにおもったが、たったいますくわれた恩義おんぎのてまえ、
「はい。そのうちに」
 と、しぶった返辞へんじをのこして、しばつじでわかれた。
 ――小次郎こじろうひとわるい。わかれるとせて、じつはすぐまた、かえしていた。又八またはちがったせま裏町うらまちを、かくれにけてった。