352・宮本武蔵「二天の巻」「鷲(5)(6)」


朗読「352二天の巻8.mp3」10 MB、長さ: 約 11分 05秒

 はなした姿すがたで、小次郎こじろうは、っていた。
 りうけた三尺さんじゃく木太刀きだちげ、はかまひだもたらりと――からげもせずに、試合しあい場所ばしょえらんで、さきっていた。
 たくましかった。だれても、にくんでてさえも、それは凛々りりしい男振おとこぶりであった。
 ことに、わしのごとく勇猛ゆうもうで、しかもうつくしい横顔よこがおには、平常へいじょうなんことなるところもえなかった。
(どうしたか?)
 相手あいて岡谷五郎次おかやごろうじへは、家中かちゅうもの友情ゆうじょうがわいた。小次郎こじろう異彩いさいるにつけ、かれうでのほどがあんじられ、かれ支度したくにかくれたまくほうへおのずと不安ふあんがうごいた。
 だが、五郎次ごろうじは、落着おちつきすまして身支度みじたくえていた。それになお、手間てまどっているわけは、やりさき晒布ざらしを、ていねいにきつけているためだった。
 小次郎こじろうは、やって、
五郎次ごろうじどの。それはなんのお支度したくだな。てまえにたいする万一まんいちのおづかいなら無用むようなご配慮はいりょだが」
 と、いった。
 ことばは尋常じんじょうきこえるが、意味いみ傲慢ごうまん放言ほうげんひとしい。――いま五郎次ごろうじ晒布ざらしいているやりは、かれ戦場せんじょう得意とくいにつかう短刀形たんとうけい菊池槍きくちやりである。なが九尺余くしゃくあまり手元てもとからさき青貝塗あおかいぬりの磨出とぎだし、菖蒲あやめづくりの刃先はさきだけでもしち八寸はっすんはあろうという業物わざものなのだ。
「――真槍しんそうでいい」
 それをながら、小次郎こじろうは、かれ徒労とろうをすでにわらうかにいったのである。
無用むようですか」
 キッと、五郎次ごろうじが、かれていうと、君侯くんこう忠利ただとしも、君側くんそくにいるかれともも、みな
(ああいうのだ)
(かまわん)
ころしてしまえ)
 と、いわんばかりに、でぎらぎらと、使嗾しそうした。
 小次郎こじろうは、はやくと、うながすように、語気ごきをこめて、
「そうだ!」
 と、をすえた。
しからば」
 きかけた晒布ざらしきほぐし、五郎次ごろうじ長槍ながやり中段ちゅうだんをつかむと、ずかずかとすすんでて、
「おのぞみにまかせる。しかし、それがしが真槍しんそう以上いじょう貴方あなた真剣しんけんっていただきたい」
「いや、これでいい」
「いや、ならぬ」
「いや」
 と、小次郎こじろうは、かれ呼吸いきしかぶせて、
藩外はんがい人間にんげんが、いやしくも他家たけ君前くんぜんで、真剣しんけんるなどという無遠慮ぶえんりょは、つつしまねばなりますまいが」
「でも」
 五郎次ごろうじがなお、心外しんがいらしく、くちびるをかむと、忠利ただとしは、かれ態度たいどを、もどかしくおもったように、
岡谷おかや卑怯ひきょうではない。相手あいてのことばにまかせ。はやくいたせ」
 あきらかに、忠利ただとしこえなかにも、小次郎こじろうたいする感情かんじょうがうごいていた。
「――では」
 二人ふたりは、目礼もくれいわした。するどい血相けっそう双方そうほうかおうつった。とたんに、ぱっと五郎次ごろうじから退いた。
 だが、小次郎こじろうからだは、モチ竿ざおいた小鳥ことりのように、槍柄やりえしたって、五郎次ごろうじのふところへそのまま、つけってった。
 五郎次ごろうじやりひまがなく、ふいにえると石突いしづきのほうで、小次郎こじろうえりがみのあたりをなぐろした。
 ――ぱッん、と石突いしづきのさきこだましてちゅうかえされた。小次郎こじろう木剣ぼっけんは、咄嗟とっさにまた、やりいきおいでげられた五郎次ごろうじ肋骨ろっこつむかって、ひくく、みつくようにうなってた。
「ち。ち。ち!」
 五郎次ごろうじは、退いた。
 さらによこんだ。
 いきもつかず、また、けた。またわした。
 ――だがもう、わしいつめられたはやぶさだった。つきまとう木剣ぼっけんしたに、戛然かつぜんと、やりれた。せつな、五郎次ごろうじたましいがその肉体にくたいから、無理むりにもぎはなされたようなうめきがして、一瞬いっしゅん勝負しょうぶは、ついてしまった。

 伊皿子いさらごの「つきみさき」のいえかえってから、小次郎こじろうは、あるじ岩間角兵衛いわまかくべえにたずねた。
「ちと、やりぎましたかな? ――今日きょう御前ごぜんでは」
「いや上乗じょうじょうでござったよ」
忠利公ただとしこうには、わしのかえったあとで、なんというておられたかな」
「べつに」
なにか、いわれたろうが」
なんとも、おおせられずに、だまって、おへおでられた」
「ふむ……」
 小次郎こじろうは、かれこたえに、不満足ふまんぞくかおせた。
「いずれ、そのうち、お沙汰さたがあるでござろう」
 角兵衛かくべえが、いいすと、
かかえるとも、かかえぬとも、いずれでもいい。……だが、うわさたがわず、忠利公ただとしこうは、名君めいくんた。おなつかえるなら――とはおもうが、これもえんものだからな」
 角兵衛かくべえにも、小次郎こじろう鋒鋩ほうぼう次第しだいえてきて、きのうから、すこ気味きみわるくなった面持おももちである。あいすべき若鳥わかどりいていたのが、のぞいてみたら、いつのにか懐中ふところわしになっていたかんじである。
 きのう、忠利ただとし面前めんぜんでは、すくなくも五名ごめい相手あいてにしてみせるつもりだったが、最初さいしょ岡谷五郎次おかやごろうじとの試合しあいが、あまりに残忍ざんにんであったせいか、
えた。もうよい)
 と、忠利ただとしこえで、おわってしまったのである。
 五郎次ごろうじは、あと蘇生そせいしたというが、おそらく片足かたあし不自由ふじゆうになってしまったろう。ひだり太股ふともも腰部ようぶほねくだけたはずである。あれだけせておけば、このまま、細川家ほそかわけえんはなくてもまず遺憾いかんはないがと、小次郎こじろうはひそかにおもう。
 だが、未練みれんはまだ、十分じゅうぶんにある。将来しょうらいたくところとして、伊達だて黒田くろだ島津しまづ毛利もうりいで、細川ほそかわあたりはたしかはんである。大坂城おおさかじょうという未解決みかいけつ存在そんざいがまだ風雲ふううんはらんでいるので、せるはんっては、ふたた素牢人すろうにん転落てんらくしたり、落人おちゅうどにあうおそれは多分たぶんにある。奉公口ほうこうぐちもとめるにも、よほど将来しょうらい見通みとおしてかからないと、半年はんとしろくのために、一生いっしょうぼうにふるかもれない。
 小次郎こじろうには、その見通みとおしがついていた。三斎公さんさいこうというものがまだ国元くにもとひかっているうちは、細川家ほそかわけ泰山たいざんやすきにあるものとていた。将来性しょうらいせい十分じゅうぶんにあるし、おなるなら、こういう親船おやぶねって新時代しんじだいうしおへ、生涯しょうがいかじけてゆくことこそ賢明けんめいだとかんがえていた。
(だが、いい家柄いえがらほど、易々やすやすと、かかえもせぬし)
 小次郎こじろうは、やや焦々いらいらする。
 なにおもいついたのか、それから数日後すうじつごのこと、小次郎こじろうきゅうに、
岡谷五郎次おかやごろうじどのを見舞みまってる」
 と、いってかけた。
 その徒歩かちで。
 五郎次ごろうじいえは、常盤橋ときわばしちかくだった。かれ突然とつぜん小次郎こじろう慇懃いんぎん見舞みまいをうけて、まだ病床びょうしょうからがれないであったが、
「いや、試合しあい勝負しょうぶは、うで相異そうい、わが未熟みじゅくうらむとも、なんで其許そこもとを……」
 と、微笑びしょうをみせ、
「おやさしい、おいたわりをうけ、かたじけない」
 と、つゆせた。
 そして小次郎こじろうかえると、枕辺まくらべていたともへ、
「ゆかしいさむらいだ。傲慢者ごうまんものおもうたが、案外あんがい情誼じょうぎもあり、礼儀れいぎただしい」
 と、らした。
 小次郎こじろうは、かれが、そういうであろうことを、わきまえていた。
 ちょうど、ていた見舞客みまいきゃく一名いちめいは、もうかれおもうつぼに、かれてきたる病人びょうにんくちから、小次郎こじろう讃美さんびかされていた。