350・宮本武蔵「二天の巻」「鷲(1)(2)」


朗読「350二天の巻6.mp3」11 MB、長さ: 約 11分 53秒

わし

 ひとに仕官しかん斡旋あっせんたのんでおきながら、主君しゅくんとするひとのことばがわないなどと、間際まぎわになって、わがままをこねる。
 岩間角兵衛いわまかくべえは、よわって、
(もうかまうまい)
 と、おもった。そして、
後進こうしんあいすのはよいが、後進こうしん間違まちがったかんがえまで、あまやかしてはいかん)
 と、自省じせいした。
 けれど角兵衛かくべえ元々もともと小次郎こじろうという人間にんげんきだった。凡物ぼんぶつでないとんでいた。したがって、かれ君侯くんこうのあいだにはさまって、こまった当座とうざは、はらったが、数日経すうじつたつと、
(いや、あれがかれの、えらいところかもれぬ)
 と、かんがなおしてた。
なみ人物じんぶつなら、お目見得めみえといえば、よろこんでくだろうに)
 と善意ぜんいんで、むしろそれくらいな気概きがいは、わか人間にんげんにあるほうが頼母たのもしいし、また、かれにはその資格しかくがあると、よけい小次郎こじろうおおきくえてた。
 で、四日よっかほどあと
 それまで、かれ宿直とのいがあったり、気色きしょくなおらなかったので、小次郎こじろうともかおあわせなかったが、そのあさかれむねをぶらりとおとずれて、
小次郎こじろうどの。――きのうも御館おやかたから退がろうとすると、忠利公ただとしこうがまだかと、其許そこもとのご催促さいそくじゃ。どうじゃな、お弓場ゆばおうとおおせられるのじゃから、御家中ごかちゅうゆみでもごらんになるつもりで、気軽きがるかけては」
 と、をひいてみた。
 小次郎こじろうがにやにやわらってこたえないので、かれはまた、
仕官しかんをするなれば、一応いちおう目見得めみえをすることは、どこにでもあるれいじゃから、なにも、其許そこもと恥辱ちじょくにはなるまいが」
「だが、御主人ごしゅじん
「ふム」
「もし、らぬ、ことわるといわれたら、この小次郎こじろうは、もう古物ふるものになるではないか。小次郎こじろうはまだ、自分じぶん商品しょうひんのようにあるくほどちぶれてはおりもうさん」
「わしのいいかたわるかったのだ。殿とのおおせは、そういう意味いみあいではなかったが」
しからば、忠利公ただとしこうへ、どうおこたえなさったの」
「――いやまだ、べつにどうとおこたえはしておらぬ。それで、殿とのには殿とので、心待こころまちにしておられるらしい」
「はははは。恩人おんじんのあなたを、そうこまらせては相済あいすまぬな」
「こよいも、宿直とのいじゃ。また、殿とのからなにかれるかもれぬ。そうわしをこまらせずに、ともあれ一度いちど藩邸はんていへおかおしてもらいたいが」
「よろしい」
 小次郎こじろうは、おんにでもせるように、うなずいて、
ってげましょう」
 といった。
 角兵衛かくべえよろこんで、
「では、今日きょうにも?」
左様さよう今日参きょうまいろうか」
「そうしてしい」
時刻じこくは」
「いつでもというおおせでござったが、ひるすこしぎならお弓場ゆばておられるから、窮屈きゅうくつでもなし、かるく、拝謁はいえつできるが」
承知しょうちした」
相違そういなく」
 と、角兵衛かくべえは、ねんして、さき藩邸はんていかけてった。
 そのあとで、小次郎こじろう悠々身支度ゆうゆうみじたくをした。身装みなりなどはかまわない豪傑ごうけつふうなことをつねにいっているが、かれじつはなかなか洒落者しゃれもので、非常ひじょう見得みえをかざるたちだった。
 羅衣うすものかみしも舶載織はくさいおりはかま草履ぞうりかさあたらしいのをさせ、岩間家いわまけ仲間ちゅうげんに、
うまはないか」
 と、たずねた。
 坂下さかした花屋はなや小屋こやに、主人しゅじん乗換馬のりかえうましろあずけてあるからといて――小次郎こじろうはその花屋はなやのきったが、きょうも老爺おやじはいなかった。
 そこで、彼方かなた境内けいだいると、てらよこに、その花屋はなや老爺おやじだの僧侶そうりょだの、近所きんじょ人々ひとびと大勢おおぜいしてなにくびあつめてさわいでいた。

 なにがあるのか――と小次郎こじろうもそこへってみた、ると、こもをかけた一箇いっこ死体したい地上ちじょうにある。それを、かこんでいる人々ひとびとは、埋葬まいそう相談そうだんをしているのだった。
 死者ししゃ身許みもとわからない。
 年頃としごろわかい。
 そしてさむらいだという。
 肩先かたさきから、おもいきってふかられているのである。しおはくろかわいていた。持物もちものなにもないらしい。
「わしは、このさむらいを、かけたことがある。四日よっかほどまえ夕方ゆうがたじゃった」
 花屋はなや老爺おやじがいった。
「……ほ?」
 と、僧侶そうりょ近所きんじょ人々ひとびとは、かれかおまもった。
 老爺おやじは、なおも、なに喋舌しゃべりかけたが、その時自分ときじぶんかたたたものがあるので、かえると小次郎こじろうが、
「おぬしの小屋こやに、岩間殿いわまどの白馬しろあずけてあるそうだが、してくれい」
「お、これは」
 あわてて辞儀じぎをして、
「おましで」
 と、老爺おやじは、小次郎こじろうともいそいでいえほうもどった。
 小屋こやから、して月毛つきげでて、
うまじゃな」
「はい。よいおうまでございまする」
ってるぞ」
 老爺おやじは、くらうえうつった小次郎こじろうのすがたを見上みあげて、
「おあいなさいます」
 小次郎こじろうは、巾着きんちゃくなかから、若干なにがしかのかねをつまみして馬上ばじょうから、
「おやじ、これで、線香せんこうはなでもげておいてくれ」
「……へ? 誰方どなたへ」
いま死人しにんへ」
 小次郎こじろうは、そういって、坂下さかした寺門前てらもんぜんから、高輪たかなわ街道かいどうった。
 ベッと、かれ馬上ばじょうからつばてた。いやなものあと不快ふかい生唾なまつばがまだのこっていた。――四日前よっかまえつきがったばかりの物干竿ものほしざおに、けた人間にんげんが、さっきのこもねて、うまあとからいてるようながする。
うらまれるすじはない」
 かれは、こころのうちで、自分じぶん行為こういに、弁明べんめいしていた。
 炎天えんてんたせて、かれ白馬はくばは、往来おうらいはらってった。町家ちょうかものも、旅人たびびとも、あるいているさむらいも、かれ馬前ばぜんけて、そしてみな振顧ふりかえった。
 実際じっさいかれ馬上姿ばじょうすがたは、江戸えどまちへはいってもにつくほど立派りっぱだった。――どこのお武家ぶけだろうと、人々ひとびとるのであった。
 細川家ほそかわけ藩邸はんていについたのは、約束やくそくどおりあつ真昼中まひるなかだった。こまをあずけて、邸内ていないへかかると、岩間角兵衛いわまかくべえはすぐんでて、
「ようおくだされた」
 と、まるで自分じぶんのことのようにねぎらいながら、
「すこし、あせでもいて、おひかえでおやすみください。唯今ただいま殿とのへお取次とりつぎをするあいだ
 と、麦湯むぎゆ冷水れいすい煙草盆たばこぼんと、したへもかない。
「では、お弓場ゆみばへ」
 と、もなくべつのさむらい案内あんないをしにる。勿論もちろんかれ自慢じまん物干竿ものほしざお家臣かしんにあずけ、小刀こがたなのみで、いてゆく。
 細川ほそかわ忠利ただとしは、きょうもそこで、ゆみていた。夏中なつなか百射ひゃくしゃをつづけるというので、きょうもその幾日目いくにちめかであった。
 大勢おおぜい近侍きんじが、忠利ただとしいて、きにけたり介添かいぞえしたり、また、固唾かたずをのんで、弓鳴ゆみなりをまもっていた。
手拭てぬぐい手拭てぬぐい
 忠利ただとしは、ゆみてた。
 あせながれこむほど、射疲いつかれていた。
 角兵衛かくべえは、そのしおに、
殿との
 と、そばへひざまずいた。
「なんじゃ」
「あれに、佐々木小次郎ささきこじろうまいって御拝謁ごはいえつっております。おことばをいただきとうぞんじまする」
佐々木ささき? ああそうか」
 忠利ただとしもくれないで、もうつぎつるけ、あしをふみひらいて、弓手ゆんでまゆうえかざしていた。