348・宮本武蔵「二天の巻」「虫しぐれ(3)(4)」


朗読「348二天の巻4.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 25秒

 いつも、藩邸はんていへは騎馬きばかよっているので、岩間角兵衛いわまかくべえは、さかしたまでると、そこでうまてる。
 かれ姿すがたると、寺門前てらもんぜん花屋はなやて、うまあずかってくれるのだ。
 ところが、きょうの夕方ゆうがたは、花屋はなやのきをのぞいても、老爺おやじえないので、自身じしんうらつないでいると、
「おう、旦那様だんなさまで」
 老爺おやじは、てら裏山うらやまからけてて、いつものように、かれからうま受取うけとりながら、
「――たったいま墓地ぼちかきやぶって、みちもないがけのぼってくおかしなお武家ぶけがあるので、そこはみちではござらぬ、とおしえてやると、こわかおして、こちらを振向ふりむいたまま何処どこともなくってしまいましたが……」
 と、わずがたりをして、
「あんなのが、近頃ちかごろやたらに大名屋敷だいみょうやしきしのむといううわさの盗賊とうぞくではございますまいかの」
 と、まだけて、黒々くろぐろれた青葉あおばおく見上みあげていた。
 角兵衛かくべえは、にもとめない容子ようすだった。大名屋敷だいみょうやしきへ、怪盗かいとうがはいるといううわさはあるが、細川家ほそかわけなど見舞みまわれたこともないし、当家とうけ盗賊とうぞくがはいったと、みずからのはじみずからいう大名だいみょうのあったためしもないので、
「はははは。あれは、たんなるうわさにすぎない。てら裏山うらやまなどへもぐる盗賊とうぞくなら、多寡たかれた小盗人こぬすっと辻斬つじぎりかせぎの牢人者ろうにんものであろう」
「――でも、ここらは、東海道とうかいどう街道口かいどうくちあたりますので、他国たこくやつが、よくきがけの駄賃だちんという荒仕事あらしごとをやりますので、夕方ゆうがたなど、風態ふうていのわるい人間にんげんると、そのばんは、いやもちがいたしまして」
変事へんじがあったら、すぐけてて、もんをたたけ。うちのかかゅうどどのは、そういうおりってござるが、出会であわないので、毎日まいにち髀肉ひにくたんをもらしているくらいだ」
「あ。佐々木様ささきさまでございますか。あんなやさ姿すがたでも、おうではたいそうなものだと、この界隈かいわいしゅうも、評判ひょうばんでござりまする」
 小次郎こじろうのいいうわさくと、岩間角兵衛いわまかくべえは、はなたかがした。
 かれは、わかものきだった。とりわけ現今げんこん気風きふうとして、有為ゆうい青年せいねんいえやしなうということは、さむらいとして、高尚こうしょう美風びふうとされていた。
 一朝いっちょうことのある場合ばあいに、ひとりでもよけいに、いえ子輩こばらをひきれて、君侯くんこう馬前ばぜんることは平常へいじょうのたしなみことになるし――また、そのなかでも、抜群ばつぐんおとこぶりのものは、主家しゅけ推挙すいきょしてもひとつの奉公ほうこうともなるし、自己じこ勢力扶植せいりょくふしょくにもなる。
 自己じこを、かんがえるような奉公人ほうこうにんでは、侍奉公さむらいほうこうものとして、頼母たのもしくない家臣かしんではあるが、自己じこをまったくっている奉公人ほうこうにんなどというものは、細川家ほそかわけのような大藩たいはんにも、そう幾人いくたりもいるものではない。
 さればといって、岩間角兵衛いわまかくべえが、不忠者ふちゅうものかといえば、けっしてひとかどの武士以下ぶしいかものではない。ただあた前以上まえいじょうない譜代ふだいさむらいだった。平常へいじょう時務じむには、かえって、こういう人間にんげんが、人一倍ひといちばい便利べんりでよくはたらくものだった。
もどったぞ」
 伊皿子坂いざらこざかは、ひどくきゅうなので、わが屋敷やしきもんへかかって、かれがこういうときには、いつもすこいきっている。
 妻子さいしは、国許くにもとへおいてあるので、もとよりここは、男手おとこでやとおんながいるばかり。――でも、宿直とのいでない夕方ゆうがたには、かれ帰邸きていをおそしとって、あかもんから玄関げんかんまでのささむらには、打水うちみずつゆひかっていた。
「おかえりなさいまし」
 出迎でむかえる召使めしつかいたちへ、
「うむ」
 と、こたえて、
佐々木ささきどのは、きょうはいえにおるか、それとも外出がいしゅつか」
 角兵衛かくべえはすぐたずねた。

 ――今日きょう終日しゅうじついえにいた様子ようすだし、いまも、寝転ねころんですずんでおります、と召使めしつかいからいて、
「そうか。では、さけ支度したくをしての。支度したくができたら、佐々木ささきどのを、こちらへおびしてまいれ」
 ――そのあいだに、風呂ふろはいってと、角兵衛かくべえはすぐあせになった衣服いふくぎ、風呂場ふろば浴衣ゆかたになった。
 書院しょいんると、
「おかえりか」
 小次郎こじろうは、団扇うちわ片手かたてに、さきすわっていた。
 さける。
「まず、いちさん
 と、角兵衛かくべえいで、
「きょうは、ことがあるので、それをおかせしたいとぞんじてな」
「ほ。……こととは」
「かねて、其許そこもとを、御推挙ごすいきょしておいたところ、だんだん殿とのにも其許そこもとうわさみみにされ、近日きんじつれてこいということになったのじゃ。――いやもう、ここまではこぶには、容易よういではない。なにしろ、家中かちゅうだれかれから、推挙すいきょしておる人間にんげんもずいぶんおおいからの」
 さだめし小次郎こじろうよろこんでくれるにちがいない。角兵衛かくべえ正直しょうじき期待きたいしていた。
「…………」
 小次郎こじろうは、無言むごんのまま、さかずきはしくちへつけて、いていたが、
「ご返杯へんぱい
 そういったのみで、うれしそうなかおもしないのである。
 だが角兵衛かくべえは、それを不服ふふくおもわないのみか、むしろ尊敬そんけいさえいだいて、
「これで、おたのみをうけたそれがしも、世話効せわがいがあったというもの。こよいは、祝杯しゅくはいでござる、おごしなさい」
 と、さらに、いでゆく。
 小次郎こじろうはじめて、
「お心添こころぞえ、かたじけない」
 と、すこあたまげた。
「いやなに其許そこもとのような器量人きりょうにんをおいえすすめるのも、御奉公ごほうこうひとツじゃ」
「そう過大かだいにおいくだされてはこまる。もとより、ろくのぞまず、ただ細川家ほそかわけは、幽斎ゆうさいこう三斎公さんさいこう、そして御当主ごとうしゅ忠利ただとしこうと、三代さんだいもつづく名主めいしゅのおいえ。そうしたはん奉公ほうこうしてこそ、武士ぶしはたら場所ばしょおもうておねがいしてみたことでもあれば」
「いやいや、身共みどもすこしも、其許そこもと吹聴ふいちょうはしないつもりだが、だれいうとなく、佐々木小次郎ささきこじろうというは、もう江戸表えどおもてではかくれのないものになっておる」
「こうして、毎日まいにち懶惰らんだにぶらぶらしているが、どうして、そう有名ゆうめいになったものか」
 小次郎こじろう自嘲じちょうするように、若々わかわかしいならびをせて、
「べつに拙者せっしゃが、出色しゅっしょくしているわけではない。世間せけん似而非者えせものおおいのでしょう」
忠利公ただとしこうには、いつでもれいとおおせられたが……して、何日いつ藩邸はんていまでお出向でむくださるの」
此方こちらも、何日いつなと」
「では、明日あしたでも」
「よろしかろう」
 と、あたまえかおつきである。
 角兵衛かくべえは、それをて、なおさらかれ人物じんぶつおおきさに傾倒けいとうしたが、ふと、忠利ただとしからねんされた一言ひとことおもして、
「しかし、君侯くんこうには、とにかく一度いちど人間にんげんうえでというおおせでござった。――とはもうせ、それは形式けいしき御仕官ごしかんは、もう九分九厘くぶくりんまで、きまったもおなじようなものではあるが――」
 と、小次郎こじろうへも、一応いちおうはとかんがえて、ことわっておいた。
 すると、小次郎こじろうは、さかずきしたへおいて、角兵衛かくべえかおをじっと正視せいしした。そして、
「やめた。角兵衛かくべえどの、折角せっかくだが、細川家ほそかわけ奉公ほうこうは、見合みあわせる」
 昂然こうぜんといった。
 うと鮮紅せんこうになって、のはちれそうなかれ耳朶みみたぶであった。