347・宮本武蔵「二天の巻」「虫しぐれ(1)(2)」


朗読「347二天の巻3.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 23秒

むししぐれ

 ここは伊皿子坂いざらこざか中腹ちゅうふく岩間角兵衛いわまかくべえ私宅したく赤門あかもんなか
 小次郎こじろう住居すまいは、その地内ちないで、独立どくりつした手狭てぜま一棟いっとうであった。
「おいでか」
 と、おとなうものがあった。
 小次郎こじろうは、おくすわって、しずかに、けんていた。
 愛剣あいけん物干竿ものほしざお――
 これはここのあるじ角兵衛かくべえ依頼いらいして、細川家ほそかわけ出入でいりの厨子野ずしの耕介こうすけとぎにやっておいたものである。
 ところが、あの事件じけん
 そのあと耕介こうすけいえとは、いよいよ経緯いきさつがまずくなったので、岩間角兵衛いわまかくべえから催促さいそくしてもらうと、今朝けさ耕介こうすけからおくとどけてたのである。
 無論むろんげてはいまい。
 そうおもって、小次郎こじろうは、座敷ざしきなかすわって、さやはらってみたところが、げていないどころではない――晃々こうこう百年びゃくねんえをあらためて、ふちみずかとも、ふかくて蒼黒あおぐろ鉄肌かねはだから――さんとしてしろひかりかえしたのである。
 あざのようにあった、うすいさび斑紋はんもんえているし、あぶらにかくれていたにえも、朧夜おぼろよそらのように、ぼうっとうつくしくあらわれていた。
「……まるで、見直みなおしてしまったな」
 小次郎こじろうは、かず看入みいっていた。
 ここの座敷ざしきは、つきみさき高台たかだいにあるので、しばはまから品川しながわうみもとより、上総沖かずさおきからきあがるくもみねともながらにむかっていた。――そのくもみねかげも、品川しながわうみいろも、けんなかけていた。
「お留守るすかの。――小次郎こじろうどのはおででないか」
 いていた戸外そとこえが、ふとまた、柴折戸しおりどからそうおとずれていた。
誰方どなたか」
 かたなさやにおさめて、
小次郎こじろうはおりますが、用事ようじなら柴折しおりからふちまわってくだされい」
 いうとすぐ、
「やれ、いるそうな」
 と、いうはなごえがして、おすぎばばと、一名いちめい無法者むほうものが、縁先えんさき姿すがたをあらわした。
だれかとおもうたら、ばば殿どのであったか。あつ日中にっちゅうを、ようえたの」
「ご挨拶あいさつあと。――洗足水すすぎをいただいて、あしきよめたいが」
「そこに石井戸いしいどがあるが、ここは高台たかだいなので、おそろしくふかいぞ。――おとこ。ばば殿どのが、ちるとことだ。介添かいぞえしてやれ」
 おとこ――とよばれたのは、彼女かのじょ道案内みちあんないに、半瓦はんがわら部屋へやからいてしたである。
 井戸いどで、あせをふいたり、あしあらって、やがておすぎばばは、座敷ざしきへあがり、挨拶あいさつをすますと、とおかぜをほそめて、
すずしいいえじゃが、こんないえ閑居かんきょしてござったら、よいなまものになりはせぬか」
 と、いった。
 小次郎こじろうは、わらって、
「お息子むすこ又八またはちとはちがう」
 ばばは、ちょっと、さみしげなをしばたたいていたが、
「そうじゃ、なん土産みやげもないが、これはわしが写経しゃきょうしたもの、一部進いちぶしんぜましょうほどに、ひまときんでくだされ」
 と父母恩重経ぶもおんじゅうぎょう一部いちぶをさしした。
 小次郎こじろうは、かねてばばの悲願ひがんいていたので、それか――とよいほどながめたのみで、
「そうそう。そこのおとこ
 と、うしろにいる無法者むほうものむかってたずねた。
「いつぞや、わしがいてつかわした高札こうさつ文面ぶんめん。――あれを、方々ほうぼうてておいたか」

 おとこは、ひざをのりだして、
「――武蔵出むさしでい。ずばさむらいとはいわれまいが……っていう、あの高札こうさつでござんしょう」
 おおきくうなずいて、小次郎こじろうは、
「そうだ。辻々つじつじ手分てわけして、てておいたか」
二日ふつかがかりで、目抜めぬきな場所ばしょへは、たいがいてておきましたが、先生せんせいはごらんになりませんので」
「わしは、ようもない」
 ばばも、そのはなしに、そばからりこんで――
「きょうもの、ここまで途中とちゅう、その立札たてふだかけたが、ふだっているところには、まちしゅうがとりいて、くさぐさのうわさばなし。――よそみみいていても、むねがすいて、おもしろうござったわ」
「あの立札たてふだても、名乗なのってぬとすれば、武蔵むさしさむらいはもうすたれたもおなじこと。天下てんかわらいぐさじゃ。ばば殿どのも、それでもううらみはんだとしてもよかろう」
「なんの。いくらひとわらおうと、はじらぬつらかわには、いたくもかゆくもあるまいに。――あのくらいなことでは、このばばのむねれねば、一分いちぶんちませぬわえ」
「ふふム……」
 と、小次郎こじろうは、彼女かのじょ一念いちねんやって、つぼにりながら、
「さすがは、ばば殿どの幾歳いくつになっても、初志しょしげぬの。いや見上みあげたもの」
 と、煽動せんどうした。そして、
ときに、きょうござったのは、何用なにようかな」
 と、たずねた。
 ばばは、あらたまってげた。――ほかでもないが、半瓦はんがわらいえせてからもう二年余にねんあまりにもなる。いつまで、世話せわになっているのも本意ほんいでないし、あらくれおとこどもの世話せわにもきた。おりからちょうど、よろいわたしの附近ふきんに、手頃てごろ借家しゃくやがあいたので、そこへうつって、一軒構いっけんかまえるというほどでもないが――一人ひとり住居ずまいがしてみたい。
「どうであろ?」
 と、相談顔そうだんがおに、
武蔵むさしも、まだ当分とうぶんは、様子ようすもないしの、せがれの又八またはちも、この江戸えどにはいるにちがいないが、居所いどころれぬし……で、国許くにもとからきんをよび、しばらく、そうしておりたいとおもうが」
 と、小次郎こじろうはかるのだった。
 小次郎こじろうに、もとより異議いぎはない。そうするもよかろうという程度ていどだった。
 じつをいえば、小次郎こじろうも、一時いちじ興味きょうみもあり利用りようもしたが、このごろは、無法者達むほうものたちとのつきあいも、少々しょうしょううるさくなってた。主取しゅどりをしたあとのことなども、計算けいさんれると、深入ふかいりは禁物きんもつだとおもった。――で、近頃ちかごろは、そこへの稽古けいこにも、あしっているところだった。
 岩間家いわまけ仲間ちゅうげんをよんで、うらはたけから西瓜すいからせ、ばばとおとこ馳走ちそうして、
武蔵むさしから、なにもうしてせつは、すぐ当方とうほう使つかいをよこせ。――わしも近頃ちかごろちとからだいそがしいから、当分とうぶん無沙汰ぶさたじゃとおもうてくれ」
 そういって、二人ふたりを、れぬうちと、てるようにかえした。
 ばばがかえると、小次郎こじろうは、ざっと室内しつないいて、庭面にわも井戸いどみずいた。
 山芋やまいもつるや、夕顔ゆうがおつるが、かきから手洗てあらばちあしにまでからみついている。そのしろはなひとひとつが、夕風ゆうかぜにうごきした。
「きょうも、角兵衛かくべえどのは、宿直とのいなのか?」
 母屋おもやけむ蚊遣かやりをながめながら、小次郎こじろう部屋へやなかそべった。
 灯火あかりはいらなかった。ともしてもすぐかぜえるであろうし、やがて宵月よいづきが、うみはなれて、かれかおまでしてた。
 ……そのころである。
 坂下さかした墓地ぼちから、かきやぶって、この伊皿子坂いざらこざかがけへ、一人ひとりわかさむらいが、まぎんでったのは。