336・宮本武蔵「空の巻」「血五月雨(3)(4)」


朗読「336空の巻77.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 26秒

 いぬがしきりとやみえる。
 どこか四人よにんかげに、凡事ただごとならぬものが、けものにもわかるとみえる。
「……はてな?」
 くらつじで、お稚児ちごうしろをかえった。
「なんだ、小六ころく
へんやつが、さっきから、あと尾行つけるようなんで」
「ははあ、部屋へやわかやつだな。なんでもでも、助太刀すけだち一緒いっしょれてけと強請せがんでうなずかないやつが、いち二名にめいいたではないか」
 小次郎こじろうのことばに、
「しようのねえやつだな。斬合きりあいめしよりきだという野郎やろうですからね。――どうしましょう」
っておけ。るなとしかられても、いてるような人間にんげんならたのもしいところがある」
 で――にもめず、そのまま四名よんめいは、ばくろちょうかどがった。
「ム……そこだな。刀研かたなとぎ耕介こうすけみせは」
 とおはなれて、むかそばひさしした小次郎こじろうたたずむ。
 もうおたがいに、こえをひそめて、
先生せんせいは、今夜こんやはじめてたんですか」
かたなとぎたのおりは、岩間角兵衛いわまかくべえどののからたのんだからな」
「で。どうしますか」
先程さきほど打合うちあわせておいたとおり、おばばも、其方そちらたちも、そこらの物陰ものかげひそんでおれ」
「だが、わるくすると、裏口うらぐちからげやしませんか、武蔵むさしのやつ」
大丈夫だいじょうぶ武蔵むさしとわしとのあいだには、意地いじでも背後うしろせられぬものがある。万一まんいちげたりなどしたら、武蔵むさし剣士けんしとしての生命せいめいうしなうことになろう。だがあれは、それでもげるほど反省力はんせいりょくのないおとこではない」
「じゃあ両側りょうがわ軒下のきしたに、わかれていますか――」
いえなかから、わしが武蔵むさしして、かたならべながら往来おうらいあるいてる。足数あしかずにして、十歩じゅうほほども、あるいたころに、わしが一太刀ひとたちちにびせておくから――そこを、おばばにってかからせるがよい」
 おすぎは、何度なんども、
「ありがとうござりまする……。あなたさまのおすがたが、八幡はちまん御化身ごけしんのようにえまする」
 と、をあわせておがんだ。
 自己じこかげおがまれながら「おんたましい研所とぎどころ」の厨子野ずしの耕介こうすけ門口かどぐちあゆってった小次郎こじろうこころには、自分じぶん行為こういたいする正義観せいぎかんが、他人たにんには想像そうぞうもつかないほど、おおきくむねひろがっていた。
 かれと、武蔵むさしのあいだには、はじめから、そう宿怨しゅくえんというほどなことはなにもなかった。
 ただ、武蔵むさし名声めいせいたかまるにつれて、小次郎こじろうは、なんとなくこころよくなかったし、武蔵むさしはまた、小次郎こじろうひとよりもそのちからを、尋常じんじょうでなくみとめているので、かれたいしては、だれよりも特殊とくしゅ警戒けいかいいてむかえた。
 それが数年すうねんまえからつづいてたのである。ようするに、当初とうしょ双方そうほうがまだわかく、衒気げんき覇気はき壮気そうきちきっていた。そしてちから互角ごかくした者同士ものどうしおこしやすい摩擦まさつからかもされた感情かんじょう感情かんじょうのくいちがいにぎなかった。
 だが――
 かえりみると、京都以来きょうといらい吉岡家よしおかけ問題もんだいはさみ、また、くわえて彷徨さまよってあるくような朱実あけみという女性じょせいはさみ、いままた、本位田ほんいでんのおすぎばばというものを、そのちがいの感情かんじょうはさんで、小次郎こじろう武蔵むさしとのこのにおける面識めんしきは、宿怨しゅくえんといえないまでも、けっしてふたたけないほどな、対立的たいりつてきみぞふかめてつつあることはいながたい。
 ――ましてや、小次郎こじろうが、おすぎばばの観念かんねんを、そのまま自己じこ観念かんねんくわえて、あわれむべき弱者じゃくしゃたすけるというかたち自己じこ行為こういのもとに、自己じこゆがんだ感情かんじょうをも、正義化せいぎかしてかんがえるようになってては、もう二人ふたり相剋そうこくは、宿命しゅくめいというほかあるまい。
「……たのか。……刀屋かたなや刀屋かたなや
 耕介こうすけみせまえつと、小次郎こじろうは、まっているそこのを、かろくたたいた。

 隙間すきまからあかりがれている。みせ人気ひとけはないが、おくではきているにちがいない――と小次郎こじろうはすぐさっしていた。
「――どなたで?」
 あるじこえらしい。
 小次郎こじろうは、そとから、
細川家ほそかわけ岩間角兵衛いわまかくべえどののから、とぎたのんであるものじゃ」
「あ、あの長剣ちょうけんですかな」
「ともあれ、けてくれい」
「はい」
 ――やがてひらく。
 じろりと、双方そうほうる。
 耕介こうすけふさがったまま、
「まだげておりませぬが」
 無愛想ぶあいそにいう。
「――そうか」
 と、返辞へんじをしたときは、小次郎こじろうはもうかまわずなかへはいって、土間どまわきの部屋へやかまちへ、こしをすえこんでいたのである。
「いつげる?」
「さあ」
 耕介こうすけ自分じぶんほおつまむ。ながかおがよけいにびてじりががる。なにひと揶揄やゆしているようにえ、小次郎こじろうはすこし焦々いらいらした。
「あまり日数にっすうがかかりすぎるではないか」

「ですから、岩間様いわまさまにも、おことわりしておいたわけで。日限にちげんのところは、おまかせくださいと」
「そうながびいてはこまる」
こまるなら、おかえりねがいたいもので」
「なに」
 職人しょくにんずれがいえる口幅くちはばではない。小次郎こじろうは、そのことばやかたちて、人間にんげんこころのぞこうとしないので、さては、自分じぶんおとずれをはやくもって、武蔵むさし背後はいごにひかえていることを、このおとこつよがっているにちがいないとった。
 で、かくなっては、はやいがいいとかんがえ、
ときに、はなしはちがうが、其方そちらいえに、作州さくしゅう宮本武蔵みやもとむさしどのがとまっているということではないか」
「ほ……。どこでおきなさいましたな」
 それには、耕介こうすけすこ不意ふいけたかおつきで、
「おるには、おりますが」
 と、いいにごる。
ひさしくわぬが、武蔵むさしどのとは、京都以来存きょうといらいぞんじておる。ちょっと、んでくれまいか」
「あなたさまのお名前なまえは」
佐々木小次郎ささきこじろう――そういえばすぐわかる」
なんっしゃいますか、とにかくもうしあげてみましょう」
「あ、ちょっとて」
「なんぞまだ」
あま唐突とうとつだから、武蔵むさしどのがうたがうといけないが、じつは、細川家ほそかわけ家中かちゅうで、武蔵むさしどのとよくものが、耕介こうすけみせにおるとはなしていたので、たずねてたわけだ。よそでいっこんげたいとおもうから、お支度したくしてられるように、ついでにもうしてくれ」
「へい」
 耕介こうすけは、暖簾口のれんぐちえるえんとおって、おくへかくれた。
 小次郎こじろうあとで、
万一まんいちげないまでも、武蔵むさしがこっちのにのらず、ない場合ばあいにはどうするか? いっそ、おすぎばばにかわって、名乗なのりかけ、意地いじでも、ずにいられぬように仕向しむけるか?)
 二段にだん三段さんだんさくまでを、そのあいだかんがえていると――突然とつぜんかれ想像そうぞうはるかにえて、戸外おもてやみで、
「――ぎゃっ」
 と、ただの肉声にくせいではない。じか他人たにん生命せいめいへもひびいて、ぞっと戦慄せんりつおぼえさせるような悲鳴ひめいはしった。