335・宮本武蔵「空の巻」「血五月雨(1)(2)」


朗読「335空の巻76.mp3」9 MB、長さ: 約 9分 44秒

血五月雨ちさみだれ

 一方いっぽうでは、ごと熱中ねっちゅうしているし、ここではみなしずみこんでいているし、返辞へんじをするものもないので、小次郎こじろうは、
「これ、どうしたのだ」
 両腕りょううでかおをおおい、仰向あおむけにているこも十郎じゅうろうのそばへつと、
「あ。先生せんせいで」
 こもも、ほかものも、あわてていたりはなをかんだりして起上おきあがり、
「ちっとも、ぞんじませんで」
 と、わるそうに、そろって辞儀じぎをする。
いておるのか」
「いえ、なあに、べつに」
「おかしなやつだの。――稚児ちご小六ころくは」
「おばばにいて、いまがた先生せんせいのお住居すまいかけましたが」
「わしの住居すまいへ」
「へい」
「はて、本位田ほんいでんのばばが、わしの住居すまいへ、何用なにようがあってかけたのか」
 小次郎こじろう姿すがたえたので、賭博とばくふけっていたくみも、あわててらかってしまい、こものまわりにベソをいていた連中れんちゅうも、こそこそ姿すがたしてしまう。
 こもは、きのう自分じぶんが、渡船わたしぐち武蔵むさし出会であったことからはなして、
生憎あいにく親分おやぶん旅先たびさきなんで、どうしたものか、とにかく先生せんせいにご相談そうだんしたうえのことにしようというのでかけましたが」
 ――武蔵むさしくと、小次郎こじろうには、ひとりでにらんとしてえるものがちてるのだった。
「ううむ、しからば武蔵むさしいま、ばくろちょう逗留とうりゅうしておるのか」
「いえ、旅籠はたご引払ひきはらって、そこのすぐまえにある刀研かたなとぎ耕介こうすけいえうつったそうで」
「ほ。それはふしぎな」
なにがふしぎで」
「その耕介こうすけ手許てもとには、わしの愛刀あいとう物干竿ものほしざおとぎってある」
「ヘエ、先生せんせいのあのながかたなが。――なるほどそいつあ奇縁きえんですね」
じつはきょうも、もうそのとぎができていてもよいころと、りにかけてたのだが」
「えっ、じゃあ耕介こうすけみせっておでなすったんで?」
「いや、ここへってからまいるつもりで」
「ああ、それでよかった。うッかり先生せんせいらずにったりなどしたら、武蔵むさし気取けどって、どんな先手せんてつかもしれねえ」
「なんの、武蔵如むさしごときを、そうおそれるにはあたらん。――だが、それにしても、ばばがおらねばなん相談そうだんもならぬが」
「まだ伊皿子いさらごまではきますまい。すぐ、あしはや野郎やろうをやって、もどしてまいりましょう」
 小次郎こじろうは、おくった。
 ――やがてともしころ
 ばばが町駕まちかごかつがれ、お稚児ちご小六ころくむかえにったおとこはわきにき、あわただしくもどってる。
 よるおくでは凝議ぎょうぎ
 小次郎こじろうは、半瓦はんがわら弥次兵衛やじべえかえりをつほどのことはない。自分じぶんがいるからには、助太刀すけだちして、きっと、ばばに武蔵むさしたせてみるという。
 こももお稚児ちごも、相手あいて近頃ちかごろうわさにも上手じょうずきこえた武蔵むさしではあるが、小次郎こじろうほどのうでとは、どうたかっても想像そうぞうできない。
「じゃあ、やるか」
 となる。
 ばばはもとより、
「おう、たいでおこうか」
 と、がつよい。
 けれどただ、ばばも年齢としだけは如何いかんとも仕方しかたがない。伊皿子いざらこまで往復おうふくしたつかれに、今夜こんやこしいたいというのだ。――そこで小次郎こじろうとぎかたなりにくのは差控さしひかえ、翌日あすよるつことになった。

 翌日よくじつ昼間ひるま
 彼女かのじょ行水ぎょうずいび、をそめたり、かみめたりした。
 そして、黄昏たそがれとなれば、物々ものものしくも扮装いでたちにかかった。彼女かのじょ死装束しにしょうぞくとする白晒布しろさらし肌着はだぎには、紋散もんちらしのように、諸国しょこくにわたる神社仏閣じんじゃぶっかくいんしてある。
 浪華なにわでは住吉神社すみよしじんじゃきょうでは清水寺きよみずでら男山八幡宮おとこやまはちまんぐう江戸えどでは浅草あさくさ観世音かんぜおん、そのほかたび先々さきざきけたところ神々かみがみ諸仏天しょぶつてんは、いまこそ、自分じぶん肌身はだみかたたまうものとしんじて、ばばは、鎖帷子くさりかたびらたよりも、心丈夫こころじょうぶだった。
 ――でも、帯揚おびあげなかには、又八またはちてた遺書いしょれておくのをわすれていない。自分じぶん写経しゃきょうした「父母恩重経ぶもおんじゅうぎょう」の一部いちぶにそれをはさんで、ふかくめておく。
 いや、もっとおどろくべき用心ようじんは、金入かねいれのそこにはいつも、つぎのようにいた一札いっさつれていることである。

わたくしこと老齢ろうれいにてありながら、大望たいもうのためさすらいそうろえば、いつなんどきかえたれんもれず、行路こうろ病躯びょうくをさらしそうらわんもはかられず、そのみぎりは、ふびんと思召おぼしめし、このかねにていかようとも御始末ごしまつたまわりたく、途上とじょう仁人じんじんとおやくにん様方さまがたへ、おねがい申上もうしあげおきそろ

      作州吉野郷士さくしゅうよしのごうし
        本位田ほんいでん後家ごけ すぎ
 自分じぶんほねとどさきにまでこころとどいていた。
 さてまた、こしには一刀いっとうすねには白脚絆しろきゃはんにも手甲てっこう袖無そでなしうえからさらにおびをしかとめなし、すっかり身支度みじたくると、自分じぶん居間いま写経机しゃきょうづくえに、いちわんみずみ、
んでるぞよ」
 と、けるひとへいうように、しばらく、瞑目めいもくしていた。
 おそらくたびんだ、河原かわら権叔父ごんおじげているのであろう。
 障子しょうじ細目ほそめに、こも十郎じゅうろうは、そっとのぞいて、
「おばば、まだか」
支度したくかの」
「もう、よさそうな時刻じこくだから――小次郎様こじろうさまっている」
「いつでもよいがの」
「いいのか。じゃあ、こっちの部屋へやてくれ」
 おくでは、佐々木小次郎ささきこじろうと、お稚児ちご小六ころく、それにこも十郎じゅうろうくわえて、こよい助太刀三名すけだちさんめいくから身支度みじたくしてっていた。
 ばばのためにとこせきけてあった。ばばはそこへ備前焼びぜんやき置物おきものみたいにかたくなってすわった。
門出かどでいわいに」
 と、三方さんぽう土器かわらけをとって、お稚児ちごは、ばばのたせ、銚子ちょうしってそっとぐ。
 つぎ小次郎こじろう
 じゅんみわけて――ではと四名よんめいはそこのしてでた。
 おれも、てまえもと、こよいのに、気負きおって助太刀すけだちをいいした乾児こぶんおおかったが、多人数たにんずうはかえって足手あしでまとい、それによるとはいえ、江戸えどまちなか、世上せじょうきこえもあるからと、それらの希望きぼう小次郎こじろう退しりぞけたのであった。
「おちなすッて」
 と、かど四名よんめいなかへ、乾児こぶんのひとりが、カチカチと切火きりびった。
 そとは、雨雲あまぐもそらもよう。
 ほととぎすのよくくこのころやみであった。