334・宮本武蔵「空の巻」「仮名がき経典(5)(6)」


朗読「334空の巻75.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 40秒

――ちちにあらざればうまれず
ははにあらざればいくせず
ここをもって
ちちたね
かたちはは胎内たいないたく

 は、行儀ぎょうぎわるく、仰向あおむけの寝相ねぞうをかえて、はなをほじりながら――

この因縁いんねんもってのゆえ
悲母ひもおもうこと
世間せけんたぐいあることなく
そのおん未形みけいいたるべり

 こんどは、あまみなだまっているのでほうが、張合はりあいがなくなって、
「オイいているのか」
いてるよ」

はじたいけしより
十月とつきをふるのあいだ
ぎょうじゅう
もろもろの苦悩くのうをうく
苦悩くのうときなきがゆえ
つねこのめる飲食おんじき衣服えふくるも
欲執よくしつねんしょうぜず
一心いっしんただやす生産しょうさんせんことをおも

「くたびれた、もういいだろ」
いてるのに、なぜやめるんだよ。もっとうたえよ」

つき日足ひたりて
生産しょうさんときいたれば
業風ごうふうふきてこれうなが
骨節ほねふしことごとくいたくるしむ
ちち心身しんしんおののきおそ
ははとを憂念ゆうねん
諸親しょしん眷族けんぞくみな苦悩くのう
すでにうまれて草上そうじょうつれば
父母ふぼよろこかぎりなく
なお貧女ひんにょ如意珠にょいじゅたるがごと

 はじめはふざけていたかれらも、次第しだい意味いみめてると、くともなくれていた。

――そのこえはっすれば
ははうまたるにたり
爾来それより
ははふところ寝処ねどことし
ははひざあそとし
ははちち食物しょくもつとなし
ははなさけを生命いのちとなす
ははにあらざれば、がず
ははえにあたとき
ふくめるをきてくらわしめ
ははにあらざればやしなわれず
その闌車らんしゃおよるるにおよべば
十指じっしつめなか
不浄ふじょうらう
……はかるに人々ひとびと
ははちちをのむこと
一日八十いちにちはちじゅっこく
父母ちちはは恩重おんおもきこと
てんきわまりきがごとし

「…………」
「どうしたんだい、おい」
いまむよ」
「オヤ、いてるのか。ベソをきながらんでやがら」
「ふざけんない」
 と、虚勢きょせいしてまたつづけた。

はは東西とうざい隣里りんりやとわれ
あるい水汲みずくみ、あるい
あるいうすつき、あるいうすひく
いえかえるのとき
いまいたらざるに
わが児家こいえこくして
われしたわんとおもおこせば
むねさわぎこころおどろ
ちちながれでてうるあたわず
すなわち、はしいえかえ
はるかにははるを
なずきろうし、かしらをうごかし
嗚咽そらなきしてははむか
ははげて、両手りょうて
わがくちくち
両情一致りょうじょういっち恩愛おんあいあまねきこと
たこれにぐるものなし
――二歳にさいふところはなれてはじめて
ちちあらざればことらず
ははあらざればはものゆびおとすをらず
三歳さんさいちちはなれてはじめてらう
ちちあらざれば、どくいのちおとすをらず
ははあらざればくすりやまいすくうをらず
父母ふぼそと座席ざせき
美味びみ珍羞ちんしゅうるあれば
みずからくらわずふところおさ
びてあたえ、よろこびをよろこ

「やい。……またベソをいてんのか」
なんだか、おもしちまった」
「よせやい、てめえがベソをむもんだから、おれっちまで、へんてこに、なみだやがるじゃねえか」

 無法者むほうものにも、おやがあった。
 粗暴そぼうな、生命いのちらずな、その日暮ひぐらししな、あらくれ部屋べやのゴロンぼうまたからうまれたではない。
 ただここの仲間なかまでは平常へいじょうおやのことなどくちにすると、
(てッ、女々めめしい野郎やろうだ)
 と、かたづけられるので、
(ヘン、おやなんぞ)
 と、ってもないかおをしているのを、いさぎよしとしているふうなのだ。
 その父母ふぼがふといまかれらのこころそこからおこされて、きゅうにしんみりしてしまったのであった。
 はじめは、はなからちょうちんをすように、ふざけたふしをつけて、うたうたってんでいた父母恩重経ぶもおんじゅうぎょうのことばも、それがのように平易へいいなので、むにつれ、くにしたがい、だんだんわかってたものとみえる。
(おれにもおやがあった)
 ことをおもすと、そのが、ちちをのみ、ひざったころの、幼心おさなごころかえって――かたちこそみな腕枕うでまくらをかったり、あしうら天井てんじょうにあげたり、毛脛けずねをむきしたりして、ごろごろ寝転ねころんではいたが、らずらずほおなみだれていたものすくなくなかった。
「ヤイ……」
 と、そのうちに一人ひとりが、おとこへいう。
「まだ、そのさきが、あるのか」
「あるよ」
「もちっと、かしてくれ」
てよ」
 とおとこは、きあがって、鼻紙はながみはなをかんでから、こんどはすわってさきんだ。

――、やや成長せいちょうして
朋友とも相交あいまじわるにいたれば
ちちきぬもと
ははかみくしけず
おの美好びこうはみなささつく
みずからふるやぶれたるをまと
――すでよめもとめて
ほか女子おなごいえめとれば
父母ふぼをばうたた疎遠そえんにして
夫婦ふうふとく親近しんきんにし
私房しぼうなかかたらいたのしむ

「ウーム、おもあたるぞ」
 と、だれかうなる。

……父母年ふぼとしけて
気老きおい、力衰ちからおとろえぬれば
ところものはただのみ
たのところものはただよめのみ
しかるにあしたよりくれまで
いまえてひとたびもきたわず
夜半やはんふすまややかに
五体安ごたいやすんぜず、また談笑だんしょうなく
孤客こきゃく旅寓たび宿泊しゅくはくするがごと
――あるいまたきゅうことありて
びてめいぜんとすれば
たびびて、きゅうたびちが
ついきたりて給仕きゅうじせず
かえっていかののしりていわく
れてのこるよりは
はやなんにかずと
父母聞ふぼききて怨念おんねんむねふさがり
涕涙ているいまぶたくらみ
ああ汝幼少なんじようしょうとき
れにあらざればやしなわれざりき
れにあらざればそだてられざりき
ああわれなんじを……

「もう、おらあ、おらあ……めねえから、だれんでくれ」
 きょうほうって、おとこきだしてしまった。
 ひとりとして、こえものがない。よこになっているものも、仰向あおむけにひっくりかえっているものも、胡坐あぐらなかかものようにくびッこんでいるものも――
 おな部屋へやの、すぐむこうのくみでは、ったけたのごとに、よく餓鬼がき修羅しゅらのまなじりをりあげているかとおもえば――ここの一組ひとくみは、がらにもない無法者むほうものが、しゅくしゅくすすいている。
 その奇妙きみょう部屋へやまわしながら入口いりぐちって、
半瓦はんがわらは、まだ旅先たびさきからかえらぬのか」
 佐々木小次郎ささきこじろうが、ぶらりとおとずれて、姿すがたせた。