333・宮本武蔵「空の巻」「仮名がき経典(3)(4)」


朗読「333空の巻74.mp3」9 MB、長さ: 約 9分 44秒

 佐々木小次郎ささきこじろう江戸えど住居じゅうきょは、細川藩ほそかわはん重臣じゅうしん岩間角兵衛いわまかくべえ邸内ていない一棟ひとむね――その岩間いわま私宅したくというのは、高輪たかなわ街道かいどう伊皿子いさらござか中腹ちゅうふくぞくに「つきみさき」ともいう地名ちめいのある高台たかだいで、もんあかってある。
 ――と、をつぶってもけるように、半瓦はんがわら部屋へやものが、おしえてかすと、
「わかった。わかった」
 おすぎばばは、としよりのどんを、わかものたちからくびられたようにって、
造作ぞうさもないみちほどに、あとをたのみますぞ。親分おやぶんどのもお留守るす、わけて用心ようじんをつけての」
 草履ぞうりい、つえをつき、こしには伝家でんかひとこしをし、半瓦はんがわらいえった。
 なにようをして、ふと、こも十郎じゅうろうが、
「おや、ばあさんは」
 見廻みまわして、たずねると、
「もう、かけましたぜ。佐々木先生ささきせんせい住所ところおしえろというからおしえてやると、はやのみこみに、たったいま
「しようのねえばあさんだな。――おいおい小六ころく兄哥あにい
 ひろ若者部屋わかものべやへ、こえをかけると、あそごとをしていたお稚児ちご小六ころくが、してて、
「なんだ兄弟きょうでえ
「なんだじゃねえ、おめえがんだまま、ゆうべ佐々木先生ささきせんせいところかなかったものだから、ばあさんが、癇癪かんしゃくおこして、一人ひとりかけちまッたじゃねえか」
自分じぶんったら、ったでいいだろう」
「そうもゆくめえ。親分おやぶんえっててから、ぐちするにちげえねえ」
くち達者たっしゃだからな」
「そのくせ、からだはもう、蟷螂かまきりみてえに、ればポキリとれそうにせこけてやがる。ばかりつよいが、うまにでもまれたら、それっりだぞ」
「ちぇっ、世話せわがやけるな」
「すまねえが、今出いまでかけてったばかりだから、ちょっくら、いかけてって、小次郎先生こじろうせんせい住居すまいまで、れてってやってくれよ」
「てめえのおや面倒めんどうさえたことがねえのに」
「だから、罪亡つみほろぼしにならアなあ」
 あそごとなかばにして、小六ころくはあわてて、おすぎのあとをいかけてった。
 こも十郎じゅうろうは、おかしさをみながら、若者部屋わかものべやへはいって、ごろりと、片隅かたすみころんだ。
 部屋へや三十畳さんじゅうじょうけるひろさで、藺莚いむしろいてあり、大刀どす手槍てやり鈎棒かぎぼうなどが、ばすところにいくらでもそなえてある。
 板壁いたかべには、ここに起臥おきふしする無法者むほうもの乾児こぶんが、手拭てぬぐいだの、着替きがえだの、火事頭巾かじずきんだの、襦袢じゅばんだのを雑多ざったくぎけつらね、なかには、だれ着手きてのいるわけがない、紅絹裏もみうらのあでやかな女小袖おんなこそでなどもけ、蒔絵まきえ鏡立かがみだても、たったひといてあった。
 だれかが、とき
なんだ、こんなものを)
 と、はずそうとすると、
はずしちゃいけねえ。それは佐々木先生ささきせんせいけといたんだから)
 と、いったことがある。
 理由りゆうただすと、
野郎やろうどもばかりを大勢おおぜい部屋へやめておくと、かんって、ふだんのケチなことにばかり殺気立さっきだち、ほんとの場所ばしょてからやくたねえと、先生せんせい親分おやぶんへいっていたぜ」
 と、説明せつめいした。
 しかし――おんな小袖こそで蒔絵まきえ鏡台きょうだいぐらいでは、なかなかここの殺気さっきなごむべくもない。
「やい、胡魔化ごまかすな」
「だれが」
「てめえがよ」
「ふざけるな、いつおれが」
「まあ、まあ」
 いまも、大部屋おおべやなかでは、つぼ加留多かるたか、半瓦はんがわら留守るすをよいことにして、ごとにかたまっている連中れんちゅうひたいから、その殺気さっきがもうもうとのぼっている。

 こもは、そのていて、
「よくもきもせず、やってやがるなあ」
 ごろんと仰向あおむけにて、あしんだまま、天井てんじょうていたが、わいわいれんったけたに、昼寝ひるねもならない。
 そうかといって、三下さんした仲間なかまにはいってかれらのふところをしぼってみたところではじまらないので、をつむっていると、
「ちぇっ、きょうは、よくよくねえ」
 と、たまてたのが、惨澹さんたんたるかおをしてこものそばへてはともに、ごろんとまくらならべる。一人ひとりえ、ふたりえ、ここへころぶのはみな時利ときりあらずの惨敗組ざんぱいぐみだった。
 ひとりがひょいと、
こも兄哥あにきこれやあなんだい」
 かれ懐中ふところからちていた――一部いちぶ経文きょうもんへ、をのばして、
「おきょうじゃねえかこれやあ。がらにもねえものってるぜ。禁厭まじないか」
 と、めずらしがる。
 やっとすこねむくなりかけていたこもは、しぶいをあいて、
「ム……それか。そいつあ、本位田ほんいでんのばあさんが、悲願ひがんてて、生涯しょうがい千部写せんぶうつすとかいってる写経しゃきょうだよ」
「どれ」
 すこ文字もじえるのが、うばって、
「なるほど、ばあさんの手蹟だ。児童こどもにもめるように、仮名かなまでってあら」
「じゃあ、てめえにも、めるか」
めなくってよ、こんなもの
「ひとつ、ふしをつけて、こえんでかせてくれ」
「じょうだんいうな。小唄こうたじゃあるめえし」
「なあにおめえ、とおむかしにゃあ、お経文きょうもんをそのまま、歌謡うたにうたったものだあな。――和讃わさんだってそのひとつだろうじゃねえか」
「この文句もんくは、和讃わさんふしじゃあやれねえよ」
なんふしでもいいからかせろッていうに。かせねえと、っちめるぞ」
「やれやれ」
「――じゃあ」
 と、そこでおとこは、余儀よぎなく仰向あおむけのまま、写経しゃきょうかおうえにひらいて、

仏説ぶっせつ父母恩重経ぶもおんじゅうぎょう――
かくのごとくわれけり
あるとき、ほとけ
王舎城おうしゃじょう耆闍崛ぎしゃくつ山中さんちゅう
菩薩ぼさつ声聞しょうもんしゅうといましければ
比丘びく比丘尼びくに憂婆塞うばそく憂婆夷うばい
一切諸天いっさいしょてん人民じんみん
龍神鬼神りゅうじんきしんなど
ほうかんとしてきたあつまり
一心いっしん宝座ほうざ囲繞いにょう
またたきもせで尊顔そんがん
あおたりき――

「なんのこッたい」
比丘尼びくにってえな、近頃ちかごろ鼠色ねずみいろにおしろいをって、傾城町けいせいまちよりやすあそばせるという、あれとはちがうのか」
「しっ、だまってろい」

とき、ほとけ
すなわほういてのたまわく
一切いっさい善男子善女人ぜんだんしぜんにょにん
ちち慈恩じおんあり
はは悲恩ひおんあり
そのゆえは
ひとのこのいきるるは
宿業しゅくごういんとし
父母ふぼえんとせり

「なんだ。おやじと、おふくろのことか。お釈迦しゃかなんぞも、った御託ごたくしかならべやしねえ」
しっ……。うるせえぞたけ
「みろ、が、だまっちまったあ。きながらトロトロいい気持きもちいていたのに」
「よし、もうだまってるから、さきうたえよ。もっと、ふしをつけて――」