330・宮本武蔵「空の巻」「飛札(3)(4)」


朗読「330空の巻71.mp3」9 MB、長さ: 約 10分 43秒

「――早馬はやうま?」
 宗矩むねのりは、おもあたることでもあるように、こえはずませた。
 兵庫ひょうごも、すぐさっして、
(さては)
 と、おもった。しかしくちしていいことではないので、無言むごんのまま助九郎すけくろうまえから文筥ふばこ取次とりつぎ、
何事なにごとでございましょうか」
 と、叔父おじわたした。
 宗矩むねのりは、手紙てがみひらいた。
 本国柳生城ほんごくやぎゅうじょう家老かろう――庄田喜左衛門しょうだきざえもんからの早打はやうちであって、ふでのあともはしきに、

大祖たいそ石舟斎せきしゅうさい)さま御事おこと
又々またまた御風気ごふうきのところ
此度こたび御模様ごもようただならず
おそれながら旦夕たんせきあやぶまれ申候もうしそうろう
しかながら、猶御気丈ただごきじょうおわし、
たとえ身不慮みふりょのことあるも、
但馬守たじまのかみ将軍家指導しょうぐんけしどう大任たいにんあるものゆえ
帰郷ききょうおよばずとのおおせにそうろう
さはおおせられそうろうものの臣下しんかもの
談合だんごうのうえ、とりあえずまず飛札ひさつかくのごとくにござそうろう
  がつ   にち

「……御危篤ごきとく
 宗矩むねのりも、兵庫ひょうごも、つぶやいたまま、しばらく暗然あんぜんとしていた。
 兵庫ひょうごは、叔父おじかおいろのなかに、もうすべてが解決かいけつしているのをた。こういう場合ばあいにあたってもまどわずみだれず、すぐはらのきまるところは、やはり宗矩むねのり聡明そうめいてんるものといつも感服かんぷくする。兵庫ひょうごとなると、ただいたずらに、じょうがみだれて、祖父そふがおだの、国許くにもと家来けらいたちのなげきだの――そうしたものばかりえて時務じむ判断はんだんはつかなかった。
兵庫ひょうご
「はあ」
「わしにかわって、すぐに其方そち発足ほっそくしてくれぬか」
承知しょうちいたしました」
江戸表えどおもてほう――すべて何事なにごともご安心あんしんなさるように――」
「おつたえいたします」
「ご看護かんごもたのむ」
「はい」
早打はやうち様子ようすでは、よほどおわるいらしい。神仏しんぶつ御加護ごかごをたのみまいらすばかり……いそいでくれよ。おまくらべに、にあうように」
「――では」
「もうくか」
身軽みがる拙者せっしゃ。せめて、こんなときのおやくにでもたねば」
 兵庫ひょうごは、そういって、すぐ叔父おじ暇乞いとまごいをし、自分じぶん部屋へや退がった。
 かれが、旅支度たびじたくをしているあいだに――もう国許くにもと凶報きょうほうは、召使めしつかいはしにまでわかって、邸内ていないには、どこともなく、人々ひとびとうれわしげなもちがただよった。
 おつうも、いつのまにか旅支度たびじたくをして、かれ部屋へやを、そっとおとずれ、
「――兵庫様ひょうごさま。どうぞわたしも、おあそばしてくださいませ」
 と、してたのんだ。
「できないまでも、せめて、石舟斎せきしゅうさいさまのおまくらべにまいって万分まんぶんいち御恩返ごおんがえしでもさせていただきとうございます。柳生やぎゅうしょうでもふか御恩ごおんをうけ、江戸えどのおやしきにおいていただいたのも、おそらくは、大殿様おおとのさま御余恵ごよけいぞんじあげておりまする。……どうぞ、おくださいますように」
 兵庫ひょうごは、おつう性質せいしつをよくっていた。叔父おじならことわるであろうとおもいながら、かれは、そのねがいをことわれなかった。
 むしろ、先刻さっき宗矩むねのりからのはなしもあったところなので、ちょうどよいおりかもれないとさえかんがえられて、
「よろしい。しかし、一刻いっこくあらそたびうまかごりついでも、わしにいてられるかな」
 と、ねんした。
「はい。どんなにおいそあそばしても――」
 と、おつううれしげに、なみだをふいて、兵庫ひょうご身支度みじたくをいそいそ手伝てつだった。

 おつうはまた、但馬守宗矩たじまのかみむねのり部屋へやって、自分じぶんこころもちをべ、なが月日つきひおんしゃして、暇乞いとまごいをすると、
「おお、ってくれるか。そなたのかおたら、さだめし御病人ごびょうにんもおよろこびになるであろう」
 と、宗矩むねのり異存いぞんなく、
大事だいじまいれよ」
 路銀ろぎん小袖こそで餞別はなむけなど、なにくれとなく、さすがに離情りじょうをこめてこころづけてくれる。
 家臣かしんたちは、もんをひらき、こぞってその両側りょうがわ並行へいこうして見送みおくった。
「おさらば」
 と、兵庫ひょうご一同いちどうへあっさり挨拶あいさつのこしてく。
 おつう腰帯こしおび裾短すそみじかにくくり、ぬり市女笠いちめがさに、つえっていた。――そのかたふじはなになわせたら、大津絵おおつえ藤娘ふじむすめになりそうな――と人々ひとびとはその優婉たおやかな姿すがたが、あしたからここにられないのをしんだ。
 乗物のりものは、駅路うまやじ先々さきざきで、やとうことにして、よるのうちに、三軒家さんげんやあたりまではけようと兵庫ひょうごとおつうは、くぼった。
 まず大山街道おおやまかいどうて、玉川たまがわ渡船わたし東海道とうかいどうようと兵庫ひょうごはいう。おつう塗笠ぬりがさには、もうよるつゆめていた。草深くさぶか谷間川たにあいがわ沿ってあるくと、やがてかなり道幅みちはばのひろいさかへかかった。
道玄坂どうげんざか
 と、兵庫ひょうごひとごとのようにおしえる。
 ここは鎌倉時代かまくらじだいから、衝要しょうよう関東かんとう往来おうらいなので、みちひらけているが、鬱蒼うっそうとした樹木じゅもく左右さゆう小高こだかやまをつつみ、よるとなると、とお人影ひとかげまれれだった。
「さびしいかね」
 兵庫ひょうごは、大股おおまたなので、時々足ときどきあしめてつ。
「いいえ」
 として、おつうは、そのたびに幾分いくぶんあしはやめた。
 自分じぶんれているために、柳生城やぎゅうじょう御病人ごびょうにん枕元まくらもとが、すこしでもおくれてはすまないとこころのうちにおもう。
「ここは、よく山賊さんぞくたところだ」
山賊さんぞくが」
 彼女かのじょが、ちょっと、をみはると、兵庫ひょうごわらって、
むかしのことだ。和田わだ義盛よしもり一族いちぞく道玄太郎どうげんたろうとかいうものが、山賊さんぞくになって、このちかくの洞穴ほらあなんでいたとかいう」
「そんなこわはなしはよしましょう」
「さびしくないというから」
「ま、お意地いじのわるい」
「はははは」
 兵庫ひょうごわらごえが、四辺あたりやみ木魂こだまする。
 なぜか兵庫ひょうごは、こころすこいていた。祖父そふ危篤きとく国許くにもとへいそぐ旅路たびじを――まないとめながらも、ひそかに、たのしかった。おもいがけなく、おつうとこんなたびをすることのできた機会きかいを、よろこばずにいられなかった。
「――あらっ」
 なにたか、おつうは、ぎくとあしをもどした。
「なにか?」
 兵庫ひょうご無意識むいしきに、そのかばう。
「……なにかいます」
「どこに」
「おや、子供こどものようです。そこの道傍みちばたすわって。……なんでしょう、気味きみのわるい、なにか、ひとごとをいって、わめいているではございませんか」
「……?」
 兵庫ひょうごちかづいてると、それは今日きょうがた、おつうやしきへもどる途中とちゅうくさむらのなかにかくれていた見覚みおぼえのある童子どうじであった。