326・宮本武蔵「空の巻」「道草ぎつね(3)(4)」


朗読「326空の巻67.mp3」9 MB、長さ: 約 9分 19秒

 かわなかにして、くらがある、へいがある。また、くらがつづく、へいがつづく。
「あ、ここだ」
 伊織いおりは、ひとごとに、おもわずそういった。
 浜倉はまくら白壁しらかべに、二階笠にかいかさもんが、夜目よめにもはっきりえたからだ。柳生様やぎゅうさま二階笠にかいかさということは、流行歌はやりうたでよくうたうので、はっとおもしたのであろう。
 くらのわきにあるくろもんが、柳生家やぎゅうけにちがいない。伊織いおりは、そこにって、まっているもんをどんどんたたいた。
何者なにものだっ」
 しかるようなこえが、もんなかからきこえた。
 伊織いおりも、こえいっぱい、
「わたくしは、宮本武蔵みやもとむさし門人もんじんでございます。手紙てがみって、使つかいにまいりました」
 と、呶鳴どなった。
 それからも、ふたこと三言みこと門番もんばんなにかいったが、子供こどもこえをいぶかりながら、やがて、もんすこけて、
「なんだ今時分いまじぶん
 と、いった。
 そのかおさきへ、伊織いおりは、武蔵むさしからの返事へんじをつきして、
「これを、お取次とりつぎしてください。ご返事へんじがあるなら、もらってかえります。なければ、いてかえります」
 門番もんばんは、って、
「なんじゃ……? ……おいおいども、これは、御家中ごかちゅう木村助九郎様きむらすけくろうさまって手紙てがみじゃないか」
「はいそうです」
木村様きむらさまはここにはおらんよ」
「では、どこですか」
くぼだよ」
「へ。……みんな木挽町こびきちょうだって、おしえてくれましたが」
「よく世間せけんでそういうが、こちらにあるおやしきは、お住居じゅうきょではない。おくらやしきと、御普請ごふしん手伝てつだいのためにある材木ざいもく御用所ごようじょだけだ」
「じゃあ、殿様とのさま御家来方おけらいがたくぼとやらにいるんですか」
「うむ」
くぼって、とおいんですか」
「だいぶあるぞ」
「どこです」
「もう御府外ごふがいちかやまだ」
やまって?」
麻布あざぶむらだよ」
「わからない」
 伊織いおりはためいきをついた。
 だが、かれ責任感せきにんかんは、なおさらかれをこのままでかえ気持きもちにはさせない。
門番もんばんさん、そのくぼとやらのみちを、絵図えずいてくれないか」
「ばかをいえ。いまから、麻布あざぶむらまでったら、けてしまうぞ」
「かまわないよ」
「よせよせ、麻布あざぶほど、きつねのよくところはない。きつねにでもかされたらどうするか。――木村様きむらさまってるのかおまえは」
「わたしの先生せんせいが、よくっているんです」
「どうせ、こうおそくなったんだから、米倉こめぐらへでもって、あさまで、てからったらどうだ」
 伊織いおりは、つめんで、かんがえこんでしまった。
 そこへ蔵役人くらやくにんらしいおとこて、仔細しさいくと、
いまから、子供一人こどもひとりで、麻布村あざぶむらへなどけるものか。辻斬つじぎりもおおいのに――よく博労町ばくろうちょうから一人ひとりたものだな」
 と、つぶやき、門番もんばんともに、夜明よあけをてとすすめてくれた。
 伊織いおりは、米倉こめぐらすみへ、ねずみのように、かしてもらった。しかしかれは、あまりにこめ沢山たくさんにあるので、貧乏人びんぼうにん黄金おうごんなかかされたように、すこしとろとろとするとうなされていた。

 るともうぐ、正体しょうたいもないかおつきは、伊織いおりも、まだやはり他愛たあいのない少年しょうねんでしかない。
 蔵役人くらやくにんも、かれわすれてしまい、門番もんばんからもわすれられて、米倉こめぐらなかにぐっすりねむんだ伊織いおりは、あくひるぎたころ
「おや?」
 がばと、めるなりぐ、
「たいへんだ」
 と、使つかいの任務にんむおもして、狼狽ろうばいしたをこすりながら、わらぬかなかからしてた。
 なたへると、かれは、ぐらぐらとまわった。ゆうべの門番もんばんは、小屋こやなかで、ひる弁当べんとうべていたが、
ども。今起いまおきたのかい」
「おじさん、くぼみち絵図えずいておくれよ」
寝坊ねぼうして、あわてたな。おなかはどうだ?」
「ペコペコで、がまわりそうだよ」
「ははは。ここにひとつ、弁当べんとうのこっているからべてゆくがいい」
 ――そのあいだに、門番もんばんは、麻布村あざぶむらくまでのみちすじと、柳生家やぎゅうけのあるくぼ地形ちけいを、絵図えずいてくれた。
 伊織いおりは、それをって、みちいそぎだした。使つかいの大事だいじなことは、あたまみているが、ゆうべからかえらないで、武蔵むさし心配しんぱいしているだろうということは、すこしもかんがえていなかった。
 門番もんばんいてくれたとおり、おびただしい市街しがいあるき、そのまちつらぬいている街道かいどうよこぎって、やがて江戸城えどじょうしたまでった。
 このへんは、何処どこ彼処かしこも、おびただしいほりられ、その埋土うめつちうえ侍屋敷さむらいやしきだの、大名だいみょう豪壮ごうそうもんができていた。そしてほりには、いし材木ざいもくんだふねが、無数むすうにはいっているし、とおくみえるしろ石垣いしがき曲輪くるわには、朝顔あさがおかせるたすだけのように、丸太足場まるたあしばまれてあった。
 日比谷ひびやはらにはのみおとや、手斧ちょうなのひびきが、新幕府しんばくふ威勢いせい謳歌おうかしていた。――るもの、みみきこえるもの、伊織いおりには、めずらしくないものはなかった。

手折たおるべい
武蔵むさしはら
りんどう、桔梗ききょう
はなはとりどり
まようほどあるが
あのおもえば
手折たおれぬはな
つゆしとど
ただすそれべい

 石曳いしひ普請ぶしん石曳いしひきたちは、おもしろそうにうたっているし、のみ手斧ておのが、木屑きくずばしている仕事しごとにも、かれは、あしめられて、おもわず道草みちくさっていた。
 あたらしく、石垣いしがききずく、ものてる、創造そうぞうする。そうした空気くうき少年しょうねんたましいと、ぴったり合致がっちしてなんとなく、むねがおどる。空想くうそうびひろがる。
「ああ、はやく、大人おとなになって、おらもしろきずきたいな」
 かれは、そこらに監督かんとくしてあるいているさむらいたちをて、恍惚こうこつとしていた。
 ――そのうちに、ほりみずは、茜色あかねいろにそまり、夕鴉ゆうがらすこえをふとみみにして、
「あ。もうれる」
 と、伊織いおりはまた、いそした。
 をさましたのが、ひるぎである。伊織いおり一日いちにち時間じかんを、きょうは勘違かんちがいしていた。がつくと、かれあしは、地図ちずをたよりに、あたふたといそし、やがて、麻布村あざぶむら山道やまみちへさしかかっていた。