322・宮本武蔵「空の巻」「かたな談義(1)(2)」


朗読「322空の巻63.mp3」10 MB、長さ: 約 11分 04秒

かたな談義だんぎ

 武蔵むさしこえが、ようやくみみにはいったとみえ、厨子野耕介ずしのこうすけは、百年ひゃくねんねむりからいまめたように、おもむろにかおげて、
「……?」
 おや、といいたげに、武蔵むさしのすがたを、まじりまじりながめている。
 ほどて、
「いらっしゃいまし」
 やっと、自分じぶん居眠いねむっていたところへきゃくて、何度なんどおこされたことをさとったらしい。にたりと、よだれのあとをでこすって、
なに御用ごようで」
 と、ひざなおしていう。
 おそろしくんびりしたおとこである。看板かんばんには「おんたましい研所とぎどころ」と高言こうげんしているが、こんなおとこ武士ぶしたましいがせたら、とんだなまくがたなになってしまうのではあるまいか――一応案いちおうあんじられもする。
 だが、武蔵むさしが、
「これを」
 と、自分じぶん一腰ひとこしして、ぎをかけてもらいたいというと、耕介こうすけは、
拝見はいけんいたします」
 さすがに、かたなむかうと、せたかたを、突兀とっこつそびて、片手かたてひざに、片手かたてばして、武蔵むさしこしものって、慇懃いんぎんあたまげた。
 人間にんげんときには、ぶあいそにげもしなかったあたまを、かたなたいしては、まだそれが名刀めいとう鈍刀どんとうかもれないうちから――まず鄭重ていちょうにこのおとこ礼儀れいぎをする。
 そして懐紙かいしをふくみ、さやをはらって、しずかに、かたのあいだに白刃しらはてながら、せっぱから切先きっさきまで、ずっとをとおしているうちに、このおとこは、どこからかべつなものってめこんだように、らんとして、耀かがやきだした。
 ぱちんと、さやにおさめ、なにもいわずにまた、武蔵むさしかおていたが、
「おがりくだされい」
 ずっとひざ退いて、はじめて円座えんざをすすめる。
「では」
 と、武蔵むさし辞退じたいせずにがってすわった。
 かたな手入ていれも手入ていれであるが、じつをいえば、ここの板看板いたかんばん本阿弥ほんあみ門流もんりゅうとしてあったので、京出きょうで研師とぎしちがいないとおもうと同時どうじに、おそらく本阿弥家ほんあみけ職方しょくかた長屋ながや一門下いちもんかであろうともかんがえられ、その後久のちひさしく消息しょうそくいている光悦こうえつはご無事ぶじか――また、いろいろ世話せわになった光悦こうえつはは妙秀尼みょうしゅうにもご息災そくさいか――そうしたこともけるであろうとおもって、にわかに、研刀とぎたのみをかこつけてたわけであった。
 だが耕介こうすけは、もとよりそんな縁故えんころうはずもないので、並扱なみあつかいにしているにちがいないが、武蔵むさしこしものてから、どこかあらたまって、
「おかたなは、重代じゅうだいのおものでござりますか」
 と、く。
 武蔵むさしは、いやべつにそんな来歴らいれきのあるしなではないとこたえると、耕介こうすけはまた、では戦場せんじょう使つかったかたなか、それとも常用じょうようかたなかなどとたずね、武蔵むさしが、
戦場せんじょう使つかったことはない。ただ、たないにはまさろうかと、つねびているかたなで、めい素姓すじょうもない安刀やすがたなでござる」
 と、説明せつめいすると、
「ふむ……」
 と、耕介こうすけは、相手あいてかおまもりながら、
「これを、どうげというご注文ちゅうもんですか」
 と、いう。
「どうげとは?」
れるようにげとっしゃるのか、れぬほどでもよいとっしゃるのか」
もとより、れるにしたことはない」
 すると耕介こうすけは、さもさも驚嘆きょうたんするようなかおをして、
「え。このうえにも」
 と、したいていった。

 れるべくかたなである、れるだけれるようにぐのが研師とぎしうでではないか。
 武蔵むさし不審いぶかがおに、耕介こうすけかおていると、耕介こうすけくびって、
「てまえには、このかたなは、おぎできません。どうかほかぎにやってくださるように」
 と、武蔵むさしこしものしもどした。
 わけのわからないおとこ、なぜげないというのかと、ことわられた武蔵むさしは、やや不快ふかいかおいろをつつめなかった。
 ――で、かれだまっていると、耕介こうすけも、ぶあいそに、いつまでも、くちつぐんでいる。
 すると門口かどぐちから、
耕介こうすけどん」
 と、近所きんじょものらしいおとこのぞきこんで――
「おたくに、釣竿つりざおがあったらしておくれぬか。――いまなら、そこの河端かわばたに、しおって、うんとこさとさかなねているので、いくらでもれるでな、ったらばんのおさいけてげるから、釣竿つりざおがあったらしてくだされ」
 と、いった。
 すると耕介こうすけは、ほかにも、機嫌きげんのわるいものがむねにあったところとみえて、
「わしのいえには、殺生せっしょうをする道具どうぐなどはないっ。ほかでりたがいい」
 と、呶鳴どなった。
 近所きんじょおとこは、びっくりしたようにってしまった。――そしてあとは、武蔵むさしまえに、にがりきっているのであった。
 だが、武蔵むさしは、ようやくこのおとこのおもしろさを見出みいだしていた。そのおもしろさというのは、さい機智きちのおもしろさではない。ふる陶器やきもの見立みたてていうならば、たくみも見得みえもない土味つちみしに、どうなとたいようにてくれとしているノンコウ茶碗ぢゃわん唐津からつ徳利とっくりみたいなあじおとこだった。
 そういえば、耕介こうすけよこびんに薄禿うすはげがあって、ねずみかじられたような腫物できものに、膏薬こうやくってあるところなど――かまなかきずになった陶器やきもの自然しぜん
ともえて、いちだんと、このおとこ風情ふぜいしてえないこともない。
 武蔵むさしは、こみあげてるおかしさを、かおにはせぬほどなごんで、
御主人ごしゅじん
 と程経ほどへていった。
「はい」
 とのないこたえよう。
「――なぜこのかたなは、げないのでござろうか。いでもいのない鈍刀なまくらというわけであろうか」
「うんにゃ」
 と、耕介こうすけくびをふって、
かたなは、持主もちぬしのそこもとさまが、だれよりようごぞんじじゃろが、肥前物ひぜんもののよいかたなでおざる。――ですがの、じつをいえば、れるようにというおのぞみがにくわんでな」
「ほ。……なぜで」
だれかれも、およそかたなってものが、一様いちようにまずいう注文ちゅうもんが――れるように――じゃ。れさえすればいいものとおもうておる。それがわぬ」
「でも、かたなぎによこすからには」
 いいかける武蔵むさしのことばを、耕介こうすけは、おさえるような恰好かっこうをして、
「まあ、まつたっしゃい。そこのところをくとはなしながくなる。わしのいえて、もん看板かんばんなおしてもらいたい」
おんたましい研所とぎどころ――としてござった。ほかにまだみようがござりますか」
「さ。そこでござる。わしはかたなぐとは看板かんばんしておらぬ。お侍方さむらいがたのたましいをぐものなりと――ひとらず――わしのなろうた刀研かたなとぎ宗家そうけではおしえられたのじゃ」
「なるほど」
「そのおしえをほうじますゆえ、ただれろれろと、人間にんげんりさえすればえらいようにおもうているおさむらいかたななどは――この耕介こうすけにはげんというのじゃ」
「ウム、一理いちりあることときこもうした。――してそういうふう子弟していおしえた宗家そうけとは、何処どこだれでござるか」
「それも、看板かんばんしるしてあるが――京都きょうと本阿弥光悦ほんあみこうえつさまは、わしの師匠ししょうでございます」
 名乗なのときは、それが自分じぶんほこりのように、耕介こうすけ猫背ねこぜをのばして昂然こうぜんというのであった。