319・宮本武蔵「空の巻」「入城符(4)(5)」


朗読「319空の巻60.mp3」9 MB、長さ: 約 10分 02秒

 無法者むほうものいかりようも大人おとなげなくおもわれたが、伊織いおり仕方しかた重々じゅうじゅうよくない。――だが子供こどものことであるから自分じぶんめんじてゆるしてくれ、と武蔵むさしかわってあやまると、無法者むほうものは、
あにか、主人しゅじんか、なにらねえが、じゃあおめえのいておこう」
 と、いう。
 武蔵むさしは、ひくく、
名乗なのるほどのものではありませんが、牢人宮本武蔵ろうにんみやもとむさしというものです」
 すると、無法者むほうものは、
「えっ?」
 と、をみはって、しばらく凝視ぎょうししていたが、
「これからをつけろ」
 伊織いおり一言ひとこと科白ぜりふいて、さっとかわすように立去たちさろうとした。
てっ」
 処女しょじょのように柔和にゅうわだったものくちから、こう不意ふいいっかつくって、無法者むほうものはびくっとしながら、
「な、なにしやがんでい」
 つかまれている脇差わきざしのこじりをもぎはらおうとして振向ふりむいた。
なんじもうせ」
「おれの
「ひとのいたまま、会釈えしゃくもなくほうがあろうか」
「おらあ、半瓦はんがわら身内みうちのもんで、こも十郎じゅうろうってんだ」
「よし、け」
 ぱなすと、
おぼえてやがれ」
 と、こもはのめッたままんでった。
 伊織いおりは、自分じぶんのかたきをってもらったように、
「いい気味きみだ、弱虫よわむし
 またとない頼母たのもしいひとのように武蔵むさし見上みあげて、そのそばへくッついた。
 まちへと、あるしながら、
伊織いおり
「はい」
いままでのように、野原のはらんで、栗鼠りすきつね隣近所となりきんじょのうちはよいが、このようにおおくのひとんでいるまちなかへたら、礼儀作法れいぎさほうたねばならぬぞ」
「はい」
ひとひととが円満えんまんんでゆければ地上ちじょう極楽ごくらくだが、人間にんげんうまれながらかみせいと、悪魔あくませいと、だれでもふたっている。それが、ひとつ間違まちがうと、この地獄じごくにもする。そこで、わる性質せいしつはたらかせないように、ひとなかほど、礼儀れいぎおもんじ、体面たいめんとうとび、また、おかみほうもうけて、そこに秩序ちつじょというものがってくる。――おまえが先刻さっきしたような不作法ぶさほうちいさいことだが、そういう秩序ちつじょなかではひとおこらせるのだ」
「はい」
「これから、何処どこへどうたびしてくかれぬが、先々さきざきおきてには素直すなおに、ひとには礼儀れいぎをもってむかうのだぞ」
 んでふくめるようにいいかせると、伊織いおりは、何遍なんべんもこっくりして、
わかりました」
 と、早速さっそく言葉ことばもていねいになったり、ってけたようなお辞儀じぎもしてから、
先生せんせい、またおとすといけませんから、これを、みませんが、先生せんせいのふところにっていてください」
 と、さっき渡船わたしなかわすれてしまうところだった襤褸つづれ巾着きんちゃくを、武蔵むさしあずけた。
 それまでは、かくべつにもめなかった武蔵むさしいまにしてふとおもした。
「これはおまえちちから遺物かたみにもろうたしなではないのか」
「ええそうです。徳願寺とくがんじあずけておいたら、今年ことしになって、お住持じゅうじさんが、だまってかえしてくれた。おかねももとのままはいっているよ。なにかときには、そのおかね、先生せんせいつかってもかまわないよ」

「ありがとう」
 武蔵むさしは、伊織いおりへそういった。
 他愛たあいもない言葉ことばながら、伊織いおり気持きもちうれしいものだった。かれ自分じぶんかしずいている先生せんせいが、いかにまずしいかを、子供こどもごころにもつねあんじているふうなのだ。
「では、りておくぞ」
 おしいただいて、武蔵むさしは、かれ巾着きんちゃく懐中ふところあずかった。
 そしてあるきながらおもうには、伊織いおりはまだ子供こどもだが、幼少ようしょうから、あのせたつちわらなかうまれ、つぶさに生活せいかつ困窮こんきゅうめてきたので、童心どうしんなかにもおのずから「経済けいざい」というものの観念かんねんが、つよくやしなわれている。
 それにくらべると、武蔵むさし自分じぶんながら、自分じぶんには「かね」を軽視けいしし、経済けいざい度外視どがいししている欠点けってんがあることにづく。
 おおきな経策きょうさくには関心かんしんをもつのであるが、自己じこちいさい経済けいざいには、ほとんど無関心むかんしんなのである。そしておさな伊織いおりにさえその「わたし経済けいざい」には、いつも心配しんぱいわずらわしている。
(この少年しょうねんは、自分じぶんにはない才能さいのうっているようだ)
 武蔵むさしは、じむほど、伊織いおり性格せいかくなかに、次第しだいみがかれてくる聡明そうめいをたのもしくおもった。それは彼自身かれじしんにもまた、わかれた城太郎じょうたろうにもないものだとおもった。
「どこへとまろうな、今夜こんやは」
 武蔵むさしには、あてがない。
 伊織いおりは、めずらしげに、まちばかり見廻みまわしていたが、やがて異郷いきょうなかに、自分じぶん友達ともだちでもつけたように、
先生せんせいうまがたくさんいるよ。まちなかにも馬市うまいちつんだね」
 とかる昂奮こうふんをしてゆびさす。
 博労ばくろうあつまって、博労茶屋ばくろうぢゃや博労宿ばくろやど無秩序むちつじょえだしたので、近頃ちかごろ「ばくろちょう」とばれているつじあたりから――うま無数むすうならんでいる。
 いちちかづくと、馬蠅うまばえ人間にんげんがわんわんいっている。関東かんとうなまりの、あらゆる地方語ちほうごわめいているので、なんの意味いみやらわからない騒音そうおんになっている。
 従者じゅうしゃをつれた武家ぶけものが、しきりと名馬めいばさがもとめていた。
 世間せけん人材じんざいとぼしいように、うまなかにも、名馬めいばすくないものとみえ、そのさむらいは、
「もうかえろうわえ、一匹いっぴき殿とのへおすすめできるようなうまはおりやせん」
 こういいはなって、うまあいだから大股おおまたらしたとき、はたと、武蔵むさし正面しょうめん出会であった。
「おう」
 と、そのさむらいは、むねらし、
宮本みやもとうじではないか」
 武蔵むさしもそのかおつめて、おなじように、
「おう」
 と、かおほころばせた。
 それは大和やまと柳生やぎゅうしょうで、したしく新陰堂しんいんどうまねかれたこともあるし、一夜いちや剣談けんだんかしたこともある――柳生やぎゅう石舟斎せきしゅうさい高足木村助九郎こうそくきむらすけくろうであった。
「いつから江戸表えどおもてへござったな。意外いがいところで、おにかかったのう」
 と、助九郎すけくろうは、武蔵むさしのすがたをて、武蔵むさしいまなお、修行しゅぎょうにまみれている様子ようすったようにいった。
「いや、たったいま下総領しもうさりょうからたばかりです。大和やまと大先生だいせんせいにも、そのあと、おすこやかでおられますか」
「ご無事ぶじでござる。したが、もう何分なにぶん、ご高齢こうれいでな」
 といって、すぐ、
「いちど但馬守様たじまのかみさまのおやしきにも、おしがあるとよい。お紹介ひきあわせもしようし……それに」
 と助九郎すけくろうは、なん意味いみか、武蔵むさしおもてつめながら、にっとわらった。
貴公きこううつくしいおとものが、おやしきとどいておるぞ。ぜひ一度いちどたずねてござらっしゃい」
 ――うつくしいおともの
 はて? なんだろう。助九郎すけくろう仲間ちゅうげんれてもう往来おうらいむこがわへ、大股おおまたうつっていた。