313・宮本武蔵「空の巻」「征夷(4)(5)」


朗読「313空の巻54.mp3」9 MB、長さ: 約 9分 52秒

 かれらのいでたちや隊伍たいごぶりは、まるで原始時代げんしじだい軍隊ぐんたいみたいだった。かれらのには、徳川とくがわもない、豊臣とよとみもない、やまかれらの天地てんちであり、さとかれらのあらゆるえを一時いちどきたすところだった。
「あ、て」
 先頭せんとう一人ひとりが、あしめて、あとつづくなかまのものせいした。
 二十名にじゅうめいたろうか、れな大鉞おおまさかりげたのや、びた長柄ながえをかかえんだのが、あか火光かこうをうしろに背負せおい、黒々くろぐろよどんで、
「いたか」
「あれがそうじゃねえか」
 すると、なかのひとりが、
「オオ、あれだ」
 と、武蔵むさしかげゆびさした。
 約十間やくじゅっけんほどへだてて、武蔵むさしは、みちふさいでっていた。
 これほどな殺到さっとうに、いっこう無感覚むかんかく様子ようすで、かれっているのをると、この猛獣もうじゅうれも、
(おや、こいつ?)
 と一応いちおう自分じぶん威勢いせいうたがってみたり、かれ態度たいど不審ふしんおこして、あしをとめずにいられなかった。
 ――が、それはわずかなあいだだった。すぐずかずかと三名さんめいすすで、
「うぬか」
 と、いった。
 らんとしたで、武蔵むさしちかづいたものつめた。かれしばせられたように、ぞく武蔵むさしめすえたまま、
「うぬか、おれたちの邪魔じゃま野郎やろうというのは」
 武蔵むさしが、一言ひとこと
「――そうだッ!」
 いったときは、ぶらげていたかれけんが、ぞくこうりつけていたときであった。
 わっ――と動揺どよめいたあとは、もう誰彼だれかれわけもつかなかった。ちいさな旋風つむじなかに、かたまりってかれてゆく羽蟻はありれみたいに乱闘らんとうはじまったのだ。
 しかし、片方かたほう水田すいでんだし、片方かたほう並木なみきどてになっているみちなので、としは、土匪どひどもに不利ふりで、武蔵むさしには絶好ぜっこうだった。それに土匪どひは、兇猛きょうもうではあるが、武器ぶき統一とういつも、訓練くんれんもないので――これを一乗寺いちじょうじさがまつ決戦けっせんときからおもうと――武蔵むさしはまだ生死せいしさかいにふみこんでいる心地ここちはしなかった。
 それとかれは、て、退くことをかんがえていたせいもあろう。吉岡門下よしおかもんか大勢おおぜいたたかったときは、一歩いっぽも「退く」などというかんがえはもたなかったが、いまはその反対はんたいに、かれらと互角ごかくたたかおうなどとは毛頭思もうとうおもっていないのである。ただかれ兵法へいほうの「さく」をもってかれらをぎょそうとしているのである。
「あっ、野郎やろう
げやがったッ」
がすな」
 土匪どひたちは、けてゆく武蔵むさしいつめいつめて――やがて一端いったんにまでさそわれてた。
 は、さっきのせま場所ばしょよりも、ここの何物なにものもないひろ野原のはらほうが、武蔵むさしには当然不利とうぜんふりえたが、武蔵むさしは、彼方あっちげ、此方こっちけ、かれらの密集みっしゅう存分ぞんぶん分散ぶんさんさせてから、突然とつぜん攻勢こうせいかわった。
「かっッ」
 いっさつ
 また一颯いっさつ
 しぶきからしぶきへ、武蔵むさしかげうつってゆく。
 麻幹おがらるという言葉ことばはあながち誇張こちょうではない。られるものが、狼狽ろうばいのあまりなか喪心そうしんしてしまい、ものはいって、るごとに無我心業むがしんぎょうさかいになってゆくのである。土匪どひどもは、物々ものものしいほどもなく、わっと、もとみちした。

「――たっ」
たぞ」
 みちはさんで、物陰ものかげにかくれていた土民どみんたちは、そこへげてぞく跫音あしおとくと、
「わッ」
 と、いちどに蜂起ほうきして、
「こなくそ」
「けだものめが」
 竹槍たけやりぼう雑多ざった得物えものふるいながら、しつつんではなぐころした。
 そしてまたすぐ、
「かくれろ」
 と、せ、やがて散々ちりぢりになってぞくると、ふたたび、わっとつつんで、
野郎やろう
野郎やろう
 いなご退治たいじるようなしゅうちからで、ぞく個々ここを、一人一人打ひとりひとりうちのめしてしまった。
「こいつら、くちほどもねえがよ」
 土民どみんたちは、にわかに、気負きおした。そこらにかぞえられるぞく死骸しがいて、いままでは観念的かんねんてきに、ないとおもっていたちからが、自分じぶんたちにもあるとあたらしく発見はっけんしたのだった。
「また、たぞ」
「ひとりだ」
「やってしまえ」
 土民どみんたちは、ひしめいた。
 けてたのは、武蔵むさしだった。
「おう、ちがちがう。法典ほうてんはら御牢人ごろうにんだ」
 かれらは、しょうむかえる従卒じゅうそつのように、みち両側りょうがわわして、武蔵むさしあけにまみれた姿すがたと、血刀ちがたなまもった。
 血刀ちがたなのこぎりのようにこぼれしていた。武蔵むさしはそれをてて、ちているぞくやりひろった。
ぞく死骸しがいっているかたなやりを、おまえたちもひろってて」
 かれがいうと、土民どみん若者わかものたちは、われがちに武器ぶきひろった。
「さ、これからだ。おまえたちちからあわせて、自分じぶんむらからぞくはらえ。自分じぶんいえ家族かぞくもどしにけ」
 そうはげましながら、武蔵むさし先頭せんとうした。
 もうひるんでいる土民どみん一人ひとりもなかった。
 おんな老人ろうじん子供こどもまでが、得物えものひろって、武蔵むさしあとからはしってった。
 むらへはいると、むかしながらのおおきな農家のうかが、いまさかんえていた。土民どみんかげも、武蔵むさし姿すがたも、みちも、えた。
 いえいた竹林たけばやしえついたとみえ、青竹あおだけ爆裂ばくれつするおとが、パンパンと、ほのおなかすさまじくはねている。
 また、何処どこやらで、嬰児あかごのさけびごえがする。くる牛小屋うしごやうしうなりも物凄ものすごい。――しかし、りしきるなかには、一人ひとりぞくかげえなかった。
 武蔵むさしはふと、
「どこだ、さけのにおいがするところは?」
 と、土民どみんにたずねた。
 土民どみんたちは、けむりにばかりくらんでいたので、さけのにおいをかんじなかったが、そういわれて、
酒甕さかがめさけをたんとめてあるのは、村長おさいえしかねえが」
 と、いいった。
 ぞくは、そこをたむろにしていると武蔵むさしおしえ、一同いちどうへ、さくさずけ、
「わしにつづけ」
 と、またけた。
 そのころ彼方此方あっちこっちからもどってきたむらものは、もう百名ひゃくめいえていた。床下ゆかしたや、やぶなかげこんでいたものも、次第しだいて、かれらの団結だんけつは、強大きょうだいになるばかりだった。
村長おさいえはあれだ」
 土民どみんたちは、とおくからゆびさした。かたちばかりの土塀どべいかこまれ、むらではおおきないえだった。ちかづいてくと、そこらにさけいずみでもながれているように、さけかおりはなってくる。