312・宮本武蔵「空の巻」「征夷(2)(3)」


朗読「312空の巻53.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 49秒

 土匪どひが、自分じぶんらのちから過大かだい盲信もうしんし、ただ一名いちめいだというてんに、てきあなどりきっているうちは、武蔵むさし苦戦くせんであった。
 けれどのあたりに、その一名いちめいのため、仲間なかま多数たすうらされ、ばたばたとたおした事実じじつると、土匪どひどもは、
(こんなことが一体いったいあることか)
 と、錯乱さくらんはじめ、
(おれが)
 と、気負きおってすすものから、次々つぎつぎに、みにく死屍しかばねを、さらしてった。
 って、一当ひとああたってみると、武蔵むさしにはおよそ当面とうめんてき力量りきりょうがもうわかっている。
 かずではなく、一団いちだんちからをである。多数たすうせいする剣法けんぽうは、かれ得意とくいとはしないまでも、かれにとっては、生死せいししたなかにのみまなおおきな興味きょうみではあった。個々ここ試合しあいには体得たいとくないものを、多数たすうてきからおしえられるからであった。
 で――かれはこの場合ばあい最初さいしょ、ここをはなれた彼方あちら場所ばしょで、数珠じゅずつなぎのおんなたちをうまかせていた一人ひとり土匪どひまつりにてたときから、てき山刀やまがたなうばってもちい、まだ、自分じぶんびている大小だいしょうは、使つかっていなかった。
 こんな鼠賊そぞくるのに、自己じこのたましいともするかたなけがすまでもない――というような高踏的こうとうてきかんがえからではなく、もっと実際的じっさいてきな、武器ぶき愛護あいごねんとするからであった。
 相手あいて得物えもの雑多ざったである。それとたたかえばたちまこぼれをしょうじる、かたなれるおそれも勿論もちろんある。また最後さいご絶対的ぜったいてき場合ばあいに、びるものがないために、不覚ふかくをとるようなれいはいくらもある。
 だからかれは、容易ようい自分じぶんものかない。これはいつの場合ばあいでもである。てき武器ぶきうばっててきる。その神速しんそくわざに、かれらずらず練磨れんまんでいた。
「うぬ、おぼえてろ」
 土匪どひは、げはじめた。
 約十名余やくじゅうめいあまりが六人ろくにんになって、元来もときほうはしってった。
 むらには、まだ沢山たくさん仲間なかまのこって、狼藉ろうぜきかぎりをつくしている最中さいちゅうであろう。おもうに、そこへもどって、ほか猛獣もうじゅうどもを糾合きゅうごうし、捲土重来けんどちょうらいしてにものせてやろうというつもりとみえる。
 武蔵むさし一応いちおう、そこで自分じぶん一息入ひといきいれた。
 そしてあとへもどって、数珠じゅずつなぎにされて、たおれているおんなたちのいましめをりほどき、まだてる気力きりょくのあるものに、てないもの介抱かいほうさせた。
 彼女かのじょらは、もうれいをいうくちさえうしなっている。武蔵むさしのすがたをあおいで、ただくちがきけないように、こもごもをつかえてくばかりだった。
「もう安心あんしんするがよい」
 武蔵むさしはまずいって――
むらには、まだおまえたちのおや良人おっとのこっているのだろう」
「ええ」
 と、彼女かのじょらはうなずく。
「それもすくわなければなるまい。おまえたちだけがたすかって、いたものや、たちがたすからなかったら、おまえたちはやはり不幸ふこうだろう」
「はい」
「おまえたちは、自分じぶんまもり、ひとすくちからっているはずなのだ。そのちからをおまえたちは、むすびあうことも、すこともらないので、ぞくにいたされるのだ。わしが手伝てつだってやるから、おまえたちけんて」
 とかれは、土匪どひがそこらへおとしてった武器ぶきひろあつめ、彼女かのじょらのにめいめいたせて、
「おまえたちは、わしにいてればよい。わしがいうとおりになっておれ、ほのおぞくなかから、おや良人おっとすくいにくのだ。みなうえには、鎮守ちんじゅ神様かみさま加勢かせいについている。おそれることはない」
 と、いいきかせ、土橋どばしわたって、むらほうちかづいてった。

 むらけている。しかし、民家みんか散在さんざいしているため、一部いちぶらしい。
 みち火光かこうあかえて、影法師かげぼうしにうつるほどだった。武蔵むさしが、彼女かのじょらをひきいて、むらちかづいてゆくと、
「おう」
「われか」
「いたのか」
 と、そこらの物陰ものかげひそんでいた土民どみんたちが、次々つぎつぎあつまりって、たちまち、何十名なんじゅうめいかの一団いちだんになった。
 彼女かのじょらは、わがおや、わが兄弟きょうだい、わがなどの姿すがた出会であうと、って号泣ごうきゅうした。
 そして、武蔵むさしゆびさし、
「あのおかたに」
 と、たすけられた仔細しさいを、なまりのひどい言葉ことばに――しかしこころからのよろこびをあらわしてげるのだった。
 土民どみんたちは、武蔵むさして、はじめはみな異様いようをした。なぜならば、法典ほうてんはら狂人きょうじん牢人ろうにんよと、常々つねづね自分じぶんたちが、口汚くちぎたな嘲笑あざわらっていたひとだからである。
 武蔵むさしは、そのおとこどもへも、さきほど、彼女かのじょらにげたときおな言葉ことばをもっておしえ、
みな得物えものれ。――そこらにう、棒切ぼうきれでも、たけでも」
 と、めいじた。
 ひとりもそむものはなかった。
むらあらしているぞくは、すべてで何十人なんじゅうにんぐらいいるか」
五十名ごじゅうめいばかしで」
 と、だれこたえる。
むら戸数こすうは」
 とくと、七十戸ななじゅっこほどはあるという。まだ大家族的だいかぞくてき遺風いふうのある土民どみんであるから、一戸当いっこあたすくなくも十名以上じゅうめいいじょう家族かぞくはあるとみていい。すると約七やくしち八百名はっぴゃくめい土民どみんんでいるわけで、そのうち幼児ようじ老人ろうじん病人びょうにんをのぞいても、男女五百名以上だんじょごひゃくめいいじょう壮者そうしゃはいるであろう。それが六十名ろくじゅうめい土匪どひのために、としごとの収穫しゅうかく掠奪りゃくだつされ、わかおんな家畜かちくなど、蹂躪じゅうりんつくされても、
「しかたがない」
 と、あきらめなければならない理由りゆうが、武蔵むさしには発見はっけんできない。
 それは、為政者いせいしゃ不備ふびにもあるが、またかれ自身じしんに、自治じち武力ぶりょくのないせいもある。武力ぶりょくのないものかぎって、ただ漫然まんぜん武力ぶりょく絶対ぜったい恐怖きょうふをもつが、武力ぶりょく性質せいしつれば、武力ぶりょくはそうこわいものではなく、むしろ平和へいわのためにるものである。
 このむらに、平和へいわ武力ぶりょくたせなければ、この惨害さんがいつまい。武蔵むさしは、今夜こんや土匪どひつことが目標もくひょうではなく、それがすぐ意図いとされていた。
法典ほうてんはら牢人様ろうにんさま。さっきんでったぞくが、大勢おおぜいほかの仲間なかまんで、いまこっちへやってるだぞ」
 けて一人ひとり土民どみんが、武蔵むさしむらものへ、って、きゅうげた。
 得物えものっても、やまあばものおそろしいと先入主せんにゅうしゅになっている土民どみんたちは、すぐごしになって、動揺どうようしはじめた。
「そうだろう」
 武蔵むさしは、まずかれらに安心あんしんあたえ――そして命令めいれいした。
みち両側わきへかくれろ」
 土民どみんたちは、われがちにかげはたけにかくれた。
 武蔵むさし一人残ひとりのこって、
「やがてぞくは、わし一人ひとりむかえてたたかう。そしてわしは、一度逃いちどにげる」
 かれらのかくれた左右さゆうまわしてひとごとのようにいう。
「――だが、おまえたちはまだなくともよい。そのうちに、わしをいかけてぞくが、反対はんたいにまたここへ、散々ちりぢりげてるにちがいない。そのときは、おまえたちがわっとこえをあげ、不意ふいよこからけ、あしはらえ、こうなぐりつけろ。――そしてまたひそんではかくれては一匹いっぴきあまさずちのめすのだ」
 いっているあいだに、もう彼方かなたから一群ひとむれ土匪どひが、魔軍まぐんのように殺到さっとうした。