311・宮本武蔵「空の巻」「土匪来(5)征夷(1)」


朗読「311空の巻52.mp3」9 MB、長さ: 約 9分 54秒

 死骸しがいながれてき、まだいきのあるものは、水草みずくさにつかまって、きしがった。
 橋杭はしぐいしばられて、のあたりにそれをていた伊織いおりは、
「おらのなわいてくれ。おらのなわけば、かたきってやるぞ」
 とさけんだ。
 られた土民どみんは、きしへはがっても、水草みずくさなかしたままでうごかなかった。
「おいっ、おらのなわかないか。むらものたすけるんだ。おらのなわけ」
 伊織いおりちいさいたましいは、そのちいさいわすれて大喝だいかつした。意気地いくじない土民どみん叱咤しったして、命令めいれいするようにいった。
 昏倒こんとうしたものは、まだそれでもがつかなかった。そこで伊織いおりは、もう一度いちど自分じぶんちから自分じぶん縄目なわめろうとするらしく、懸命けんめいにもがいてみたが、所詮しょせんれるはずはなかった。
「おいッ」
 かれは、からだらして、びるだけあしばし、昏倒こんとうしている負傷ておいかたった。
 どろにまみれたかおげて――土民どみんは、伊織いおりかおを、にぶいた。
「はやく、このなわくんだよ、くんだよ」
 土民どみんは、ってた。そして伊織いおりなわくと、そのまま、こときれてしまった。
てろ」
 伊織いおりは、土橋どばしうえて、くちびるんだ。土匪どひたちは、って百姓ひゃくしょうみな、そこで殺害さつがいしてしまったが、財物ざいぶつせた牛車ぎゅうしゃわだちが、土橋どばしくさったところんでしまったので、それをすのにさわいでいた。
 伊織いおりは、みず沿って、河崖かわがけかげ夢中むちゅうはしった。そして、浅瀬あさせわたってむこがわいあがった。
 かれは、一目散いちもくさんに、けた。はたけいえもない法典ほうてんはら半里はんりけた。
 武蔵むさし二人ふたりんでいるおか小屋こやへやがてちかづいた。ると小屋こやそばだれってそらをながめている――武蔵むさしであった。
先生せんせい――っ」
「おお、伊織いおり
「すぐってください」
「どこへ」
むらへ」
「あのは?」
やまものせてたんですよ。さきおととしもやつが」
やまもの? 山賊さんぞくか」
五十人ごじゅうにんも」
「あのかねはそれをげておるのか」
「はやくって、たくさんなひとを、たすけてやってください」
「よしっ」
 武蔵むさしは、一度小屋いちどこやなかかえしたが、すぐた。足拵あしごしらえをしてたのである。
先生せんせい、おらのあとに、いといでよ。おらが案内あんないするから」
 武蔵むさしは、くびって、
「おまえは、小屋こやっておれ」
「え、どうして」
「あぶない」
「あぶなかないよ」
足手あしでまといじゃ」
「だって、むらへゆく近道ちかみちを、先生せんせいるまい」
「あのが、よい道案内みちあんない。よいか――小屋こやなかでおとなしくっているのだぞ」
「はい」
 仕方しかたなしに、伊織いおりはうなずいたが、いままでの、正義せいぎたかぶったちいさいたましいは、飛躍ひやくのやりばをうしなって、きゅうにぽつねんと、さみしいかおをしてしまった。
 むらは、まだけていた。
 そのほのおに、あかえる野面のづらを、鹿しかのようにけてゆくかげが、武蔵むさしであった。

征夷せいい

 おや良人おっところされ、見失みうしなって、数珠じゅずつなぎにとらわれてゆくにえおんなたちは、オイオイと手放てばなしにきながら、てられてった。
「やかましいっ」
あるかねえか」
 土匪どひたちは、むちって、彼女かのじょらをなぐりつけた。
 ひいイっと、一人ひとりたおれる。つながっているまえおんなうしろのおんなたおれる。
 土匪どひは、つなをつかんで、引起ひきおこしながら、
「こいつら、あきらめのわるいやつらだ、稗粥ひえがゆをすすって、つちたがやしながら、ほねかわばかりになっているより、おれたちくらしてみろ、なか面白おもしろくてたまらなくなるから」
面倒めんどうだ、そのつなを、うまつなぎいでしょッかせろ」
 うまには、どのうまにもかすめて財物ざいぶつ穀類こくるいやまんである。その一頭いっとう数珠じゅずつなぎのつなはしむすびつけ、そして、うましりをぴしぴしった。
 おんなたちは悲鳴ひめいをあげながら、けるうま一緒いっしょした。たおれるもの黒髪くろかみって、
うでけるッ、うでける――」
 とさけんだ。
 わははは、あははは、大笑おおわらいしながら、土匪どひたちは、そのあとから一団いちだんになっていてった。
「やいやい、こんだあすこはやすぎら。加減かげんしろやい」
 うしろからいううちに、うまおんなれもまった。――だがうましりっていた土匪どひ仲間なかまは、うんともすんともこたえなかった。
「あれ、こんだあめてってやがる。ドジめ」
 げらげらわらこえがすぐそれへちかづいてった。嗅覚きゅうかくのつよいかれらは、すぐぷんとのにおいをそこにかんじた。――オヤ? ともいっせいにすくった。
「だ、だれだッ」
「…………」
「だれだッ、そこにいるなあ」
「…………」
 かれらがみとめた一個いっこ人影ひとかげは、のそのそとくさんでむかってた。げている白刃しらはからは、きりのようにのにおいがっていた。
「……や、や」
 まえものからかかと退いて、ず、ず、ず、とうしろへった。
 武蔵むさしは、そのあいだに、ぞく人数にんずうづもりで、ざっと十二じゅうに三人さんにんんで、そのなかにも、手強てごわそうなおとこをつけていた。
 土匪どひたちは山刀やまがたなきつれた。また、おのったおとこよこんでた。猪槍ししやりも、それとともに、ななめから武蔵むさし脾腹ひばらうかがうようにひくくつめってる。
「いのちらずめ」
 と、ひとりがわめく。
「――一体いったいうぬあ、どこから風来人ふうらいじんだ。よくも、仲間なかまのものを」
 いっているあいだに、
「……ぐわッ」
 おのっていた右側みぎがわおとこが、したでもんだようなこえして、武蔵むさしまえをよろよろとおよけた。
らぬかッ」
 と、けむるなかで、武蔵むさしかたな切先きっさききざまにいった。
「おれは、良民りょうみんつちまもる、鎮守ちんじゅかみのおつかいだ!」
「ふざけるな」
 かすった猪突ししつやりてておいて、武蔵むさしは、山刀やまがたなれのなか一刀いっとうをかざして、った。