308・宮本武蔵「空の巻」「この師この弟子(3)(4)」


朗読「308空の巻49.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 37秒

 ると、論語ろんご一冊いっさつである。これもおてらもらったのだという。
学問がくもんをしたいのか」
「ええ」
いままでに、すこほんんだことがあるか」
「すこし……」
だれおそわった」
「お亡父とっさんから」
なにを」
小学しょうがく
「すきか」
「すきです」
 伊織いおりは、そのからだから知識ちしきやしていった。
「よし、わしのってるかぎおしえてやろう。わしにおよばないところは、いまに、学問がくもんのよい見出みいだしてくがよい」
 暴風雨ぼうふううなかに、ここの一軒いっけんだけは、素読そどくこえ講義こうぎ一日暮いちにちくれて、屋根やねはふきんでも、この師弟していは、びくともひざてそうもなかった。
 翌日よくじつあめつぎあめ
 それがやむと、湖水こすいになっていた。伊織いおりは、むしろよろこんで、
先生せんせい今日きょうも」
 と、ほんしかけると、
ほんはもういい」
「なぜ」
「あれをみろ」
 武蔵むさしは、濁流だくりゅうゆびさして、
かわなかさかなになると、かわえない。あま書物しょもつとらわれて書物しょもつむしになってしまうと、きた文字もじえなくなり、社会よのなかにもかえってくら人間にんげんになる。――だから今日きょうは、暢気のんきあそべ、おれもあそぼう」
「だって、きょうはまだ、そとへもられないぜ」
「――こうして」
 と、武蔵むさしはごろりとよこになって手枕たまくらをかいながら、
「おまえも、ころべ」
「おらも、るのか」
きているとも、あしすとも、きにして」
「そしてなにするんだい」
はなしをしてやろう」
うれしいなあ」
 と、伊織いおりは、腹這はらばいになって、さかなのように、あしをばたばたさせ、
なんはなし?」
「そうだな……」
 武蔵むさし自分じぶん少年時代しょうねんじだいむねにうかべ、少年しょうねんきそうな合戦かっせんはなしをした。
 おおくは源平盛衰記げんぺいせいすいきなどでおぼえた物語ものがたりである。源氏げんじ没落ぼつらくから平家へいけ全盛ぜんせいにくると、伊織いおり憂鬱ゆううつだった。ゆき常磐ときわ御前ごぜんに、をしばたたき、鞍馬くらま遮那王しゃなおう牛若うしわかが、僧正そうじょうたにで、ごと、天狗てんぐから剣法けんぽうをうけて、きょう脱出だっしゅつするところへくると、
「おら。義経よしつねきだ」
 と、きて、すわなおした。そして、
先生せんせい天狗てんぐってほんとにいるの」
「いるかもれぬ。……いやいるな、なかには。――だが、牛若うしわか剣法けんぽうさずけたというのは、天狗てんぐではないな」
「じゃあなに?」
源家みなもとけ残党ざんとうだ。かれらは、平家へいけ社会よのなかに、公然こうぜんとはあるけなかったから、みなやまにかくれて、時節じせつっていたものだ」
「おらの、祖父おじいみたいに?」
「そうそう、おまえの祖父そふは、生涯しょうがいときおわってしまったが、源家みなもとけ残党ざんとうは、義経よしつねというものをそだてて、ときたのだ」
「おらだって――先生せんせい祖父そふのかわりに、いまときたんだろ。……ねえそうだろう」
「うむ、うむ!」
 武蔵むさしは、かれのその言葉ことばったとみえ、いきなり伊織いおりくびたままきよせて、あし両手りょうて手玉てだまって天井てんじょうげた。
えらくなれ。こら」
 伊織いおりは、嬰児あかごよろこぶように、くすぐッたがって、きゃッきゃッといいながら、
「あぶないよ、あぶないよ先生せんせい先生せんせい僧正そうじょうたに天狗てんぐみたいだなあ。――やあい天狗天狗てんぐてんぐ天狗てんぐ
 とうえからをのばし、武蔵むさしはなつまんでたわむった。

 五日いつかたっても十日とおかたっても、あめはやまなかった。あめがやんだとおもうと、洪水こうずいみなぎって、容易ようい濁流だくりゅう退かないのである。
 自然しぜんもとには、武蔵むさしも、じっと沈吟ちんぎんしているしかない。
先生せんせい、もうけるぜ」
 伊織いおり太陽たいようしたて、今朝けさから呶鳴どなっている。
 二十日はつかぶりで、二人ふたり道具どうぐかついで、耕地こうちった。
 そしてそこにつと、
「あっ……?」
 と、ふたりとも茫然ぼうぜんとしてしまった。
 二人ふたり孜々ししとして開拓かいたくしかけた面積めんせきなどは、なんの跡形あとかたのこしていない。おおきないしころと、一面いちめん砂利じゃりであった。まえにはなかったかわ幾筋いくすじもできてちいさな人力じんりきわらうがごとく、奔々ほんぽんと、その大石おおいし小石こいしもてあそんでいた。
 ――阿呆あほう狂人きょうじん
 土民どみんたちがわらったこえおもされる。おもったのである。
 おろしようもなく、黙然もくねんっている武蔵むさし見上みあげて、伊織いおりは、
先生せんせい、ここはだめだ。こんなところてて、もっとほかのよい土地とちさがそう」
 と、さくべる。
 武蔵むさしはそれをれない。
「いやこのみずを、ほかけば、ここは立派りっぱはたけになる。はじめから地理ちりあんじて、こことめてかかったからには――」
「でもまた、大雨おおあめったら」
「こんどは、それがないように、このいしで、あのおかからつつみをつなぐ」
「たいへんだなあ」
もとよりここは道場どうじょうだ。ここにむぎぬうちは、尺地しゃくち退かぬぞ」
 みず一方いっぽうみちびき、せききずき、いしころを退けて、幾十日いくとおかあとには、やっとそこに、十坪じゅっつぼはたけ出来できかかった。
 けれど、一雨降ひとあめふると、一夜いちやのうちに、またもと河原かわらになってしまった。
「だめだよ先生せんせい。むだぼねばかりるのが、なにも、いくさ上手じょうずでもないだろ」
 武蔵むさしは、伊織いおりにまでいわれた。
 でも、耕地こうちえて、ほかへうつかんがえは、武蔵むさしたなかった。
 かれはまた、雨後うご濁流だくりゅうたたかって、まえおな工事こうじをつづけた。
 ふゆはいると、屡々しばしば大雪おおゆきった。ゆきけると、また濁流だくりゅうらされてしまう。としえて、翌年よくとし一月いちがつ二月にがつになっても、二人ふたりあせくわからいっはたけうまれなかった。
 食物しょくもつがなくなると、伊織いおりは、徳願寺とくがんじへもらいにった。てらものもよくいわないとみえて、もどってると、伊織いおりかおつきに、うれいがえた。
 そればかりでなく、この三日さんにち武蔵むさし根負こんまけしたか、くわたないのである。ふせいでもふせいでも濁流だくりゅうになる耕地こうちって、終日黙然しゅうじつもくねんなにかんがえこんでいた。
「そうだ! ……」
 ときなにおおきな発見はっけんをしたように、武蔵むさし伊織いおりへいうともなく、
「きょうまでおれは、つちみずたいして、烏滸おこがましくも、政治せいじをするで、自分じぶん経策きょうさくって、みずをうごかし、つちひらこうとしていた」
 と、うめきだした。
「――間違まちがいだった! みずにはみず性格せいかくがある。つちにはつち本則ほんそくがある。――その物質ぶっしつ性格せいかくに、素直すなおいて、おれはみず従僕じゅうぼくつち保護者ほごしゃであればいいのだ。――」
 かれいままでの開墾法かいこんほうをやりなおした。自然しぜん征服せいふくする態度たいどあらためて、自然しぜん従僕じゅうぼくとなってはたらいた。
 つぎ雪融ゆきどけにも、おおきな濁流だくりゅうしよせたが、かれ耕地こうちは、被害ひがいからのこされた。
「これは政治せいじにも」
 と、かれさとった。
 同時どうじに、旅手帳たびてちょうへも、
 ――世々せぜみちそむかざること
 と、自戒じかい一句いっくおぼきしておいた。